
「食事の本質って・・・。」
2月8日、出張で高松へ向かう車中で安部司氏の講演がこの日曜日にあることを知った。安部氏については【食品の裏側】・・・東洋経済新報社から出版され話題のある人物とのことだった。
私は、氏について認識がなく食品に対する知識を増やそうとしていた妻から氏についての情報を得ることになった。それまでは、特に食品の安全性ついて興味はなかった。・・・、とはいっても【ほんものの酒を!】・・・日本消費者連盟編著の本には興味を10数年前に持ち、その当時としては、食品の安全性というよりも本物の酒に強い好奇心と興味をいだいていたように思う。その時知ったヱビスビール、純米酒、ウィスキーは、今でも私の判断基準であり、時には浮気?をして第三のビールや発泡酒を飲んだりもしたが、結局ビールに帰ってきている。
話は逸れてしまったが、妻から「講演会には私よりあなたに行ってきて欲しい」と訴えられ2月11日にサンポートホールまで聴きに出掛けた。
講演中、氏は経験を踏まえ人々を煽ろうと思えばいくらでも煽ることができるし不安に落としいれることができる。けれど人々は、20年も前から言われているのにもかかわらず添加物から逃れられていない、それは@安い、A簡単、B便利、C美しい、D美味しい、という日本人の購買条件上位6位以内にこの5項目が全てランクインしており・・・どんな量の砂糖
、塩分が入っていても風味を最後に付ければいくらでも食べられますとのこと・・・。
又、消費者は添加物が危ないからといって全ての添加物を理解しようとする必要はない、意味がないから・・・、それなら添加物を食品に何故使用するのか、どうしてこの商品にこれを使っているのかといった疑問を持って欲しいといわれていた。
日本の食品は矛盾だらけ、日本人は安い農薬まみれの中国産の冷凍野菜を好んで輸入し消費者は購入する。どんなひどい野菜でも店頭に並ぶときは、薬品で洗浄、漂白され出てくる、味も調合済み!逆に中国人は日本の有機野菜を求める・・・高いのにも関わらず、それは安全だからです!
本当に矛盾してますね!
こうして安価、味、便利さを追求しトラブルがあると国、行政、メーカーの責任にするけれど、全ては消費者のため、表示してもそれを承知して買ったのではないのだろうか?高いものには高いだけの理由がある。1リットル1,000円の醤油と1リットル198円の醤油にはそれだけの理由があることを考察して欲しい。
また天然着色料だから化学合成よりよいのではと錯覚しないで欲しい!
あかね色素は15年間使用され発がん性があるから使用中止に最近なったが、騒がれることもなかった。誰が悪いわけではない。単品の添加物の実験はできても添加物が組み合わせたことによる化学反応の実態まで把握できていないのが実情であり、組み合わせによりベンゼンが抽出された報告もあるくらいである。
ちなみに天然色素(コチニール)は虫の死骸からとり、ある色は蚕の糞から抽出されています。その無果汁ジュースを喜んで飲む子どもがいます!
誰が悪いのではなく誰の責任でもありません。自分で考え感じてください。
ある子が言っていました。「なぜカップラーメンは、3分でOKなのに素麺は10分もかかるの?」と、子どものほうがまともです。そういう疑問がでるのですから・・・。
実際添加物
を0にするのは難しいでしょう。でも出汁などは、顆粒な出汁の素を使わず使わず、いりこや鰹からとる、そういうことで料理する姿勢をみせることが、子どもへの食に対する食育にもつながっていくのではないか・・・、またそのだしの素に何故、食塩が入らなければならないのかも考えてみてください。
安くて、手間のかからないものを食べさせていると食べ物のありがたみがわからないと思います。物を粗末にしていくでしょう。一緒に台所に立つなり親が料理をする姿勢をみせて欲しいですと最後に締めくくっていました。
講演を聴いての感想は、
【頭の良くなる食事】という本にも書いていましたが、様々な食に関する本で書かれているのは@手間を惜しまない、A昔の食事、B形にとらわれない、C旬、D命をいただく、ことがほとんど共通項です。
人間の根幹をなす食事、添加物に警鐘を鳴らしているのでしょうが、本質は将来の子どもへ食の大切さを説いていたように思います。
コンビニ弁当が、毎日手付かず10食が廃棄されているがもったいないと豚の飼料にしたら、死産、流産、奇形が増えたという事実!世間では大きな問題にもならず、何かあればどこかへ責任転嫁する。
養鶏業者が、卵の黄身を業者に合わせて色13種類に飼料を配合し作れること・・・、飼料まで遡らないといけない。卵の黄身が盛り上がれば新鮮は迷信で普通に黄色を求めましょう。
みんなたまには良いでしょうが、楽ばかりを求めすぎず、たまには商品の裏をみて考察してみよう!何も感じなくなった人が多くなったと言われたのが印象にのこった。
実験で、目の前にある白い粉で(添加物)とんこつラーメンスープに『まさにあのラーメン』なり、ジュース『まさにあのジュース』なった。実際自分の舌で確かめ理解したときは、翌日の宿直用カップラーメンが買えませんでした。(本当です!)
本当にあの袋に入っているスープと同様でからくりが見え、チーズ味の菓子などチーズは入っていない。ペットボトルのお茶もすべて添加物入り(変色防止)です。
氏の2時間30分の講演は時間が短すぎるくらい素晴らしく食に対する考え方を改めさせられました。
妻は、0でいく気持ちですが、私は勤めもあり家庭では0に向け、外ではなるべく控えるよう心がけていこうと思いました。
玄米食万歳!
ただ、なかなか帰省できない利用者が不憫におもえてきました。
最後にカップラーメンをなどにどれくらい塩が入っているか伝えておきますので参考にする人はしてください。
ラーメンカップ、袋にNa(ナトリウム)と書いてありますので、○○g×2.5≒X とはじきだされます。
塩分一日摂取目安10gにしようといっていますから、ラーメン一個で何グラムになるか・・・是非お試しください。
(平成19年2月13日 火曜日)
「隔世の感が・・・。」
阪神・淡路大震災から12年が経ったやな・・・。
あの頃の自分は卒業直前の学生で、朝まで騒いで昼頃に起き出しTVを観て驚いた。また、やんとロボも学生でアパートで試験勉強をしていたそうである。そんなころを今の自分から振り返るとずいぶんと経ったような気がする。
ずいぶんと経ったという気分からすると韓国に対する気持ちもずいぶんと経ったような気がするのだな。
最近は、レンタルショップを覗いてみても韓流コーナーがあって、DVDになった映画やTVドラマを借りられるしCDもレンタルや新譜も買うことが出来る。あの頃の自分からしたら本当に隔世の感があって悔しいような、面白いようななんともいえない気分になってしまうな。
さかのぼること今から13年前の夏に博多港から高速船に乗り釜山港に上陸したことから韓国と縁が出来たのだ。
当時の韓国は、まだまだ今のよう感じで世間から認知されていなかったようにおもう。
韓国に興味を持ち、何度も足を運んでも「買春ツァー」という目で見られていました。別に買春をするというのではなく一人で出掛けてはあちこち歩いていたので、ちょっと怖い目にあいそうにはなりましたけど・・・、実際僕が興味を持っていたのは音楽、TV,CM,本、鉄道、酒でした。後は普通の生活の中の人々。
縁あって仲良くなった韓国の人に連れられお宅訪問やお酒を屋台で飲んだときは感動的でした。
そんな生活でしたから韓国が面白くて面白くて仕方がない状況で、日本へ帰国した後も韓国に関したTVがあると録画しCDを探したりしました。TVは地上波に限定でしたが韓国に関しての特集はたまにあり興味深く視聴しました。
それでもCDやビデオとなると現在と比較するのもなんですが、非常に困難を極めました。
CDは、当時『カン・スジ』、『SOS』、『キム・ゴンモ』などなどの音楽を渡韓するたびに買い集めました。日本で韓国人のCDを買うとなると、分厚い本ででも購入不可で(韓国人が日本語で歌っているのは当時もあった。)、大阪や東京のコリアタウンに行って購入するとかしないとダメだった。CDは現在でも持っていますが今でも時々聞いています。面白半分に当時のCDをオークションに出してみようかな?
ビデオはCD同様に困難で、レンタルショップに行ってもあるのは、韓国版のアダルトビデオ?『桑の実』『桑の実2』とかでした。
そんななかでも当時、愿起苑前にキャプテンビデオというお店があってそこに『恐怖の外人球団』というアン・ソンギ出演の映画があリ狂喜乱舞で借りた思い出があります。内容はたいしたことはなかったのですが、韓国映画が借りられたことにものすごい喜びを感じたものでした。
今から思えば実に面白かった。
少しでも韓国の状況を知りたいとRKI(韓国放送公社「KBS」国際放送)を21時から周波数1170MHzに合わし韓国の状況を聞き、歌や風俗を感じていました。今でも時々聞いてはいますが、以前のようには聴く機会が減っています。いつかまた熱心に聴きたいとは思っていますが、今は少し無理なようです。
そんな韓流を横目で見ているうちに多分今の状況では、当時からこういった韓流があれば韓国に興味を持たなかったと思います。近い国なのに情報が皆無で、互いにあまりいい感情を持っていない国(韓国、日本)など様々な状況下であったので逆に面白く興味を持ったのかもしれない。
今は、新婚旅行で訪れたアイスランドに興味が出はじめていますが、いかんせん遠いので、韓国ほどは熱を上げていない自分がいます。
今は休憩期間で再び、韓国に再好奇心をと思うのは世間が韓流といわずに定着し普通になった後にとおもっています。
韓国に皆さんもお尋ねの際には、【ドンドンジュ(ドンドン酒)】をお飲みください。幸せになりますよ!
(平成19年1月17日 水曜日)
「初めての家族旅行」
昨日初めて家族で神戸旅行に行ってきました。千裕が生まれてからというもの嫁さんの抵抗?が、あって遠方へ行くことがありませんでした。精々半径30q圏内に出掛けるといったものでした。
ですから、高松へはまだ行ったことがありません。
そんな家族がいきなり神戸しかも片道200qはある場所へと向かうものですからちょっと興奮気味の私がいました。
朝、6時起床し準備を整えガソリン、朝食を摂り7時40分ごろにアパートを出発!途中休憩を挟みながらゆっくりと10時45分頃、神戸元町駅前に着くことができました。
話は逸れるのですが、実は出発前に私がミスを犯してしまい。険悪なムードでの出発となりました。
このミスというのが、ガソリンを入れに出掛けた際に妻から「2,000円分のガソリンを入れてな」といわれ、セルフのガソリンスタンドで給油していたのです。千円札が1枚、5千円札が1枚の計6千円が財布の中にあり、仕方がないので5千円札を投入!給油が済むと帰ってくると思っていたのですが、結果返ることなく別に挿入しておいたプリペイドカードに残金3,000円が記載されてしまったのです・・・・。
焦りましたが仕方がないので自宅に帰り妻に侘びを入れると意外と結構怒っていました。
そこからいろいろと派生した喧嘩になり・・・楽しい旅行になるはずがのっけからトラブルに見舞われてがっかりです。
話は元に戻り、険悪な雰囲気もそこそこ戻り目的地の『神戸市立須磨水族園』に行く前に神戸元町で、昼食!
やんとロボに教えてもらった。『丸玉食堂』で汁そばと炒飯を注文して食べました。中の雰囲気は韓国やその他のアジアの食堂的な感じで、値段も安い上に味もよいので家族みんな満足のいく食堂でした。
場所は、JR元町駅高架下にあり、パチンコmarutamaの隣にあるので直ぐにわかると思います。
また、駐車場へ向かう前に、中華街により豚マン6個(一個80円)を買い、食べながら須磨方面へ向かいました。
13時頃に目的地の水族館に到着し、イルカショー、ペンギンショー、ラッコの餌やりなどを鑑賞しました。自分が期待した以上の反応は千裕には見られなかったけれど、楽しんでくれたのかな?
でも一番、千裕が喜んだのは中にある遊園地でアンパンマン列車に2回乗ったことでしょうか・・・。アンパンマンカードも手に入れることができたし大満足のようでした。
この須磨水族園では、知的障害者の一団も来ていてついつい自分の所とどんなんやろか・・・、と見てしまいました。
また、この水族園では障害者も雇用しているようで作業着を着て園内を掃除をしたりと忙しそうに動いていました。神戸市立ですからか結構な数の方が働いていた印象を受けました。
16時30分ごろに水族園を出て、垂水JCTまで国道二号線を走りました。神戸市中央区から垂水区までを横断した形になりましたが、神戸の一部を走っただけの印象で言うと、広島市内、高知市内を走っているような感じでした。
あと、神戸は大都会ですね・・・とにかく駐車場が高くて田舎と時間料金の単位が違うことを改めて感じました。
途中、善通寺市でお好み焼きを食べて20時過ぎには自宅に無事帰ることができました。
また何かの機会があれば本州などに乗り込みたいものですね。
千裕は、自宅に到着したときはすでに夢の中で、翌朝私と一緒にシャワーを浴びました。
いい夢をみているのかな?
(平成18年9月22日金曜日)
「ちょっと昔が懐かしい」
他の人の状態はわからないけれど最近、昔が懐かしく感じる。
今が34歳だから昔を懐かしむというには、まだまだ歳が若いといわれるだろう。でも懐かしいといっている対象物が胃袋というか空腹感だからある程度は勘弁してもらって、この話を聞いて欲しいのだ。
昔、自分がまだ10代後半から20代前半にかけては飯を喰いながら腹が減っていたのだ。あの感覚が気持ちよくてたまらなくご飯が美味しく感じられたものだ。
そんな話をしてもみな一様に「そんな感じは経験したことがないわ」と誰もかれも否定され続けたが、唯一一人は「あるある!」と笑顔で答えてくれた。嬉しかった!
30歳を過ぎて食べる量は減り代謝も悪くなった今日では、そのような感覚を感じることは少なくなった。
寂しい限りである。
学生スポーツの選手たちをTVで見ていると「こいつら飯が旨いんやろの」と思ってしまう。
喉を米が通過する瞬間、ご飯が喉に詰まりそうになってお茶で流し込んでは「フーッ」と一息つくあの瞬間が懐かしく、若き日の喰いっぷりにいささかの回顧主義に陥ってしまう。
昔の胃袋に思いをはせながら、自分の少し出はじめたお腹をさすっているのであった。
(平成18年8月21日月曜日)
「夢があるって・・・。」
ご存知のように昨年の11月21日に私たち夫婦に子どもが授かりました。
私たち夫婦は以前同じ老人保健施設に勤めていていわゆる職場恋愛、結婚をしたものですからなんとなく感じていたことを実感することになったんです。
それは、老人保健施設(以後:老健)で勤めていると面会者や育休に入っている同僚が赤ちゃんを連れてくることがあるんですね。そんな時は大抵、職員以外にも入所老人にも見せるのですが決まってお年寄りは赤ん坊に対してかわいいという視線より羨望の眼差しで見ることの方が多いことを感じていました。
感じ方の違いかもしれないが「夢があってええな」「若いな」などと人生の先輩方にこういう科白をもらったことは無いだろうか、つまり良い方向か悪い方向かはわからんがいろんな意味で『可能性がある』て事なんです。お年寄りからしたら7〜80年以上離れた次々世代が、自分の今の現状からしたらとてつもなく可能性を秘めた者に見えるんだと・・・。
漠然と感じていたことだが、子どもが生まれて30年程度の違いがあるがそれでも大いなる可能性を秘めていると感じた。「親馬鹿」という向きもあるが、いっぺん親になったら大小の違いはあるが感じるのじゃないかな。
以前、恩師の家に子どもを連れて行くと恩師が「何でもできるな」といっていた。つまりは今自分が言わんとすることと同じじゃないのか、子どもって夢があるというコピーも親になり実感した。
若い頃は「天下取ったる」と思っていた若人の感覚とは微妙にこの感覚は違うんです。
【夢があるって素晴らしいし生まれ来る者に対して敬意は持たねばならんが、寿命で負けても気持ちで負けないような心構えを持ちたいと思う。】
その為にはまだまだ人生の修行を積まんといかんし、夢を持ちたい。今の自分の夢はとりあえず『世界征服』とでもしておきましょう。
(平成17年7月25日月曜日)
「アイスランド紀行 其の九」
朝5時、目覚ましの音で目覚める。昨日フロントで確認したように朝五時に起床し、1階にある食堂へ行きアイスランドでの最後の朝食を摂る。美味かった魚の酢漬け、オレンジジュース、パン、バターなどなど数えるときりが無いのでと
にかくアイスランドの味だと思って味わって
食べました。妻は少し遅れて食堂へ、機嫌が悪いのか?調子が悪いのか?口数も少ない。二人は食べるものを食べ、荷造りを済ませバス待合所であるホテル玄関前に集合した。そこでホテルの支払いをカードで終えるとあとは、バスを待つのみ何故か寂しくなった。
6時30分、バスがホテルに到着、それに乗り込むとケフラビーク国際空港に向かうだけである。途中、レイキャビック空港など国際空港行きバス停留所に停車、8時10分にケフラビーク国際空港に到着。搭乗手続き荷物預けなど細かな手続き終了後、出国審査へ入国審査に比べ自分も落ち着いたのか特に問題なく通過できた。通過後は税金の払い戻しを受け9時発ロンドン・ヒースロー空港行きFI450便に搭乗した。
なんも無いけど豊かな国アイスランド、妻にとっては余りいい感想を持った国ではなかったが、自分にとっては本当に
豊かな国を目の当たりにすることが出来た上、人の豊かさを改めて教えてくれた土地であった。
いつの日か必ずこの国を再訪することを誓って飛行機はアイスランドを離陸した。
ロンドンまでの機内では、簡単な朝食が配られた。客室乗務員に何か言われたが意味がわからず相手もあきらめられ、彼女は何を自分たちに伝えようとしたのか未だに謎である。
12時、三時間のフライトを終え無事、ヒースローに
到着。関空行きに乗り換えるまで約6時間の乗り換え時間がある、最初にロンドンに到着したときは気がつかなかったのだが、妙に空港で働いている人の中の多くの人が頭にターバンを巻き雰囲気もインド出身だと思わせる人が非常に多いのです。これも東インド会社の影響やろか?と一人妄想に浸っていました。
インドの雰囲気もいいのですが、乗り換えとはいえ英国ロンドンに来ているわけですからパブの空気を持った飲み屋でギネスビールを飲んでみたかったのです。丁度うまい具合に飲み屋があり盛況していて、飲み屋としてはいい感じの店があり二人で入りました。私は、ギネスビールとフィッシュアンドチップスで妻は紅茶とサンドイッチを注文、そこでお釣りをもらう際に店員さんから「ミスター」と呼ばれたときは嬉しかったですね!本場の人にミスターなんて呼ばれるとええもんやなと感動して
いました。
食事を終え6時間も待ち時間があると眠たくなりバックを枕に長椅子に体を預け二人の背中を合わせ眠ってしまいました。1時間ほど眠ると自分は起き空港内を散策してみました。オイスタ
ーバーがありましたが少しお高いので眺めて通り過ぎました。日本の空港とは違うロンドンの空港の過ごしやすさに異国の空港はこうも違うものかと非常に快適な時間を使うことが出来ました。
17時45分日本航空422便関西空港行きに搭乗、長いようで本当に短い新婚旅行が終わりに近づきます。妻は「寒いところはもうええ」と言っていましたが、自分はいつの日にかもう一度アイスランドの地を踏んでみたいと思っています。
最後にこのアイスランド紀行もこの回を以て終了となります。好評であったならいつの日かボリュームを加え再連載をしたいと思いますが、一応今回で終了です。
また楽しい文を気分に任せて、ここのコーナーで思ったことを長々と書いていきたいと思っています。
余談ですが、妻の機嫌が旅行中悪かったのは、妻のお腹に赤ちゃんが居たからではないかと旅行終了後2週間経って、わかりました。今月11月に出産予定です。非常に楽しみです。
誕生したら、またこの場でお知らせしたいと思います。
(平成16年11月6日 土曜日)
「アイスランド紀行 其の八」
七時半起床。
妻はまだ眠っており按配を聞くと「だいぶようなったわ」と言っており顔色は、ぼちぼちといった感じであった。妻の様子だとまだ
まだ眠よるんやろな・・・と思い一人朝食に1階へ降り、パンを食べながら今日一日の行動を思案していました。妻と行動は今日一日無理かもしれないので、買い物をしたりするついでに食料を買ってきたほうがええやろな、あいつは何を食べるんかな等考えながら食事も済ませ、妻に行ってくると伝え外出しました。
向かった先は観光目的で国立博物館。折角来たのだ
からアイスランドの歴史をと意気込んでいったのですが残念!改装中で閉館、またの機会となってしまいました。それならレイキャビック空港へと方向転換したのですが、ここも現地に着いたまでは良かったが、飛行機は見当たらないインフォメーションも想像するようなカウンターでなくガッカリ。これではいかんと思い今度は、昨日買い物した中心部に向かいそこでお昼まで過ごしました。
チョルトニン湖は凍結し固まり地図を置いても問題ないし、靴で割ろうとしても固く壊れそうにありません。一部溶解しているところがあり、アイスランドも着実に春が近づいていることが分かりました。中心部を散策していて思ったのは治安がいいのでしょうか?それとものんきなのか、首相執務室と目と鼻の先に中学校がありそこは柵や壁で覆うよう
なことをせず非常にオープンな印象を受ける建物でした。実際、アイスランドは治安がヨーロッパでトップクラスの状況なのですから、そんな印象を持ちつつスーパー
マーケットに立ち寄り、妻にヨーグルトやチョコレート、パンを買ってみました。その後本屋、CDショップ、文房具店など市民が立ち寄る場所を覗き、文房具では消しゴム、ボールペンなど日本製で日本語で箱が書かれたままのものが多数目につきました。自動車など目立つもの以外にも日本製てあるんやな、と納得していました。
買い物も納得したところで、妻の按配も気になるのでタクシーを使って戻ると、部屋はもぬけの殻。そういえば出かける際に「今日が最後の日やから、ようなったら出かけるきん少しお金置いとってな」と言っていたのを思い出しました。
妻が帰ってくるまで1時間ほど、アイスランドの国会中継を視聴して過ごしていたんですが帰ってこないので出かけることにしました。『ヨーグルトは冷蔵庫に入れています。チョコ、パン食べてください。ちょっと出かけてきます。』と書置きを
して出かけました。
昨日から利用しているミニスーパーでメイドイン アイスランドの魚の燻製、乾物、チョコレートパンにジュースとビールを購入、ホテルに近い場所にあったので重宝させてもらいました。
アイスランドに来てタバコの看板、箱は見当たらないのに吸殻は落ちている、みんなどこで買いよんやろ?と思いミニスーパーの女主人に尋ねてみるとレジの上に小さな棚があり、それをまたカーテンで見えないようにしていたのです。客からの注文があればそのカーテンを手で開け販売するといった。子供の目に触れさせず、年齢制限も厳しいよ!とタバコに関する販売、広告規制が強く国民にも徹底して浸透しているのだなと痛感しました。
ミニスーパーで買ったチョコレートパンとジュースを飲みながらホテル近くを散策、そこで
電気店、家具店の中をお邪魔させてもらい。ヨーロッパのデザインを見学しました。日本人でもヨーロッパの家具や台所用品を好む人がいますが、見学していて好むのが分かるような気がしました。うまく表現できませんが、なんというかセンスがとにかくいいと感じます。舶来思考というより
洗練されているのですから好むのも仕方ないのかもしれません。
17時過ぎに雨が降り出してきたので、ホテルに戻りました。ホテルに戻ると服を着たままでベットにもぐり込み眠っている妻がいました。パン、ヨーグルトは食べていたようで、妻も買い物に出かけたときに何か買って帰ってきていたようです。テレビを点けしばらくすると妻も目覚めたようで、「だいぶよくなった」と教えてくれました。最後の夕食ということもあり体調も良くなってきたようなので、レイキャビック中心部のレストランへ出かけることにしました。
レストランは、シーフードの名店でロブスターがお勧めの店でした。同じものを注文し、私は
白のグラスワインを追加注文しました。メニューは分かりませんでしたが、この店のお勧めであるだけあり非常に美味しく病み上がりの彼女もニコニコ顔で食べていました。人間美味しいものを食べるといい顔をするもんだと妻の顔を見ながら思いました。
食後は、ホテルに戻り帰国に向けた準備をはじめました。ザックに詰めている最中、あるものがないのに気がつきました。それは、このホテルに最初に着いた時にホテル内レストランで貰ったグラスが無くなっていたのです。たぶん室内を整えてくれるキーパーのかたが、片付け忘れと思いもっていってしまったようです。折角、給仕の人が私に思い出としてくれたのもを此処に忘れて日本に帰ることが、彼に対して悪いことをしたと思ってもう一度レストランへいき、そこにいた人に交渉を試みました。うまく伝わるかどうか分かりませんでしたが必死で伝えると、あっさり同じグラスをくれた上に、ワイングラス風のグラスをもう一つ加えてくれました。あまりにもあっけなかったので、また申し訳ないとおもいスタンドで、アイスランド名物どくろマークのスピリッツ「ブラックデス」を一杯いただきました。強く美味しいスピリッツでした。
アイスランド人のなんともいえない温かさにほだされ、その後すぐには戻らず少し外の冷気で心を落ち着けました。本当に素敵な国なのだろうなと改めておもいました。
明日は、5時起床。寝坊すると大変なんで早めに風呂に入り、最後のビールを飲んで23時には布団に入りました。妻は既に休んでおり長いようで短かったこのたびも終演に向かいます。
明日に向かって、おやすみなさい。
「アイスランド紀行 其の七」
昼食はメインストリートから少し外れた路地裏の食堂でフィッシュ・アンド・チップスを味わってきました。味はなかなかなものでしたが、ボリュームが多くて残してしまったのが残念!
食後は腹ごなしに散策してみることにしました。一度首相執務室まで戻りそこから大西洋が見渡せる港まで出てみると、そこは今ま
で見た景色の中で町の中心部でありながら非常に美しい景色だと感激したのを良く覚えています。なぜならそれは、空と海の青のコントラストが素晴らしく心囚われた一瞬だったからです。
景色を堪能した後、妻が「帰らんの?」と不機嫌そうに訴えてきたので『仕方がない帰るとしょうか』とスーパーに一旦立ち寄り、ホテルの部屋で食べるものや日用品を買って帰ることにしました。やっとそこでビールと対面することができ感激しきり、私の気分も盛り上がってきました!ガイドブックにもアイスランドでは酒を購入するのは困難かもと書かれていたので本当に嬉しかったです。酒と同様にタバコを店内で販売しているところがあるのでしょうが、タバコの看板はもちろんタバコの箱を見ることがなかったのです。アイスランドでは外に自動販売機がないのにタバコの吸殻はある。みんなどんなところでタバコを買いよんやろか?と疑問に思ってしまいました。(タバコは後日分かるのですが驚きました)
メインストリートに出てタクシー乗り場へ、「グランドホテル・レイキャビック」と伝え宿泊ホテルに向かいました。ホテルに向かう最中会話が非常に少なく車内の空気が重くなるのを感じてきました、異国の運転手さんにこの空気は伝播してくれただろうか?
そん
なこんなで5分ほどでホテルに到着、部屋に入ると妻は歯を磨きそのまま眠ってしまいました。音のない空間で、しばらくいるとあまりにも退屈・・・。現地のラジオを聴いたりテレビを見たりしたんだけど、一つの部屋で片や本を読んで退屈している、片や調子が悪くて眠っている、そんな状況でいると息が詰まりそうになってきたんで地図を見ながらアイスランド最
大のショッピングモール「クラングラン」を覗いてみることにしたんです。歩いていくことにしたので、途中すれ違うであろう誰かに挨拶しようとアイスランド語のこんにちは「ダイイン」を覚え部屋をでました。
やはり覚えただけのことはあってこちらから「ダイイン」と挨拶すると「ダイイン」と返事が返ってきました。一人うまくいくと調子に乗ってだれかれとなく「ダイイン」の連呼をしながら30分かけクラングランに到着しました。店内は高松市にある「ゆめタウン」のような構成で一つの街のようになって買い物客が行き交っていました。レイキャビック中心部のスーパーにしてもここの食品売り場にしても、総じてお菓子のボリュームが一個がデカイ!子供のお菓子やガムなどは小さいのですがチョコスナック、ポテトチップスなどはボリュームがあり日本人との胃袋
の差を見せ付けられた気がしました。
1時間ほどショッピングモールを散策した後気分転換もできたんで、ホテルに戻ることにしました。途中、レイキャビック大学、ヴァイキングビール前を歩きホテルに到着。部屋に入ると妻はパジャマに着替えて眠っています。「どしたんな」と聞くと「なんでもないけど熱があるみたい・・・。」とスーパーで買ってきたパンやヨーグルトジュースが開いています。『気分が悪いなら悪いで正直に言うてくれたらええのに』と思いながらも薬を渡そうとすると薬を拒
否、「一日寝たら治るは、日本出るときからちょっと調子が悪かったんや」と言われ、なんともがっかりで腹も立ちそうになりましたが、なんとて今は妻の状態が大事「食事は一人でどっかでしてきてな」と言われ素直に従うことに、「帰りになんか買うてこうか」と言ってもまだスーパーで買ったのがあるのでいらんと言われ一人食事に出かけました。
食事に出かけたとき、ホテルのそばにミニスーパーらしきものがあるのを発見し立ち寄りビール一本購入、飲みながら歩き一時間近くかけてマクドナルドに入りました。本当はマクドナルドに入るつもりはなかったのですが自分が選んだ道のコースは中心部から離れていくコースで、食堂がなくなってきたので仕方なく入ったマクドナルドでした。でもヨーロッパのマクドナルドは初めてで若干の興味はありました。閉店時間が21時で外はやっと暗くなってきたところです。
自分としてはハンバーガー2個とコーラMサイズと注文したかったのですが、出てきたのはハンバーガー2個、コーラーMが2本、ポテトMが2で焦りました・・・。仕方がありません言葉ができんのでハンバーガーとコーラーを飲んだだけで出てきました。ハンバーガーも普通のサイズでも結構ボリュームがあり腹いっぱいになりましたね、ただうまく言葉が通じず思ったものと違ったものがでてきたのには帰りの道中可笑しくなりました。いい勉強になりましたね。
ホテルに到着し部屋に入ると、スースーと寝息を立てて眠る妻を横目に着替え、汗を流したあとはアイスランドのテレビを見ながらビールを2本開けました。ビールはアルコール度数が低く軽い感じで美味しくなかったですが『これが、アイスランドのビールの味やで』と一人納得しつつ完飲!
アイスランドに来て一番の夜更かし1時を過ぎて布団に入りました。妻は寝ています。日本は同じ日付の朝10時かと考えながら眠りにつきました。明日はゆっくり一日過ごせる最後の日!楽しむぞ
では、おやすみなさい。
(平成16年9月23日木曜日)
「アイスランド紀行 其の六」
7時、暖かい布団の中で目覚める。
普段であればもう少し眠っていたいと思うところなのでしょうが『ここはアイスランド』!旅行に来ているのですから少しでも現地の風を感じたいと思って布団から這い出、カーテンを開けると夜は明け自動車が市街地方面へ向け走っています。まだラッシュ時間ではないのか交通量もそんなには多くなかった。
朝食の時間は既に始まっていたので二人で朝食を摂ろうと1階に降りたのですが、妻の顔がイマイチなのです。 なんというか、機嫌が悪い!付き合っていたときからそうなのですが、なんかこう機嫌や体調が悪いときは一緒にいて空気が淀んでくるのが分かるのです。そういう時はあえて話しかけない、自然を装います。しかし話をしなくちゃいけないときに妻の乗りが悪い時はがっかりしてしまいます。それでも自分の体調が良いときはつつがなく進みますが、悪い時は喧
嘩になりしばらくは冷戦状態、白旗を私が振ってみても妻の体調が戻らなければ効果はないのです。だから「今日は喧嘩になりませんように」と祈りながら食事を摂りました。
本格的なホテルの朝食はボリュームがありヨーグルト、副食品の種類の多さに感激しました。一人美味しくもりもり食べても妻はいつも以上にクールです。
食後は日本へのお土産も兼ねレイキャビック中心部へ買い物に出
掛けることにしました。今日は待ちに待った月曜日で銀行も今日から営業です。カードでも買い物は出来るのですが、折角アイスランドに来たんだしアイスランドの硬貨も使ってみたかったのです。実は、ホテルのフロントで両替を日曜日に試みていたのですが、両替の金額が足らなくて断念した経緯もあったので歩いていける銀行へ、ここは大きなホテルの1階に間借りをしていてタクシーの発着所となっているので両替後中心部に向かうには非常に便利な銀行でした。
両替は「エクスチェンジプリーズ」と話した後は、パスポートを見せ必要事項を記入したら特に面倒なこともなく、すんなりとアイスランドクローナに両替をすることが出来ました。ここにアイスランドクローナの画像を載せようと思ったのですが、スキャナーで取り込んで後で面倒になってはいけないのでやめておきます。
無事に両替終了後は、タクシーに乗り中心部へとタクシーを走らせました。
アイスランドは、自動車を生産していないので全てが輸入車となります。初めて乗ったタクシーはオペル、次はトヨタ アベンシス、ベンツと面白いように自動車の試乗ができました。
そのオペルで最初に向かったのは首相執務室、元来は監獄として建てられた執務室で民主主義と平等を大切にする国だけに誰でも気軽に訪れることができるのです。また市街地メインストリート沿いにあり不慣れな旅行者が目印とするにも便利がいいんです。
到着したのは10時くらいで市街地の商店も開店しはじめたころでした。10時で快晴といってもまだ少し寒く
海が近いせいか、海の匂いが鼻をかすめる前に少し寒さを感じたので、国会議事堂、チョルトニン湖を見物したあとカフェーでコーヒーとドーナツを食べ体を温めました。寒い国のせいなのかチョコレートは非常に甘くまったりとしており寒さに克つ秘訣がこれとスピリッツかな?と一人思ってしまった。
ついでと言
っては何なんだが、カフェーでトイレを借りました。これが感動ものでやはり西洋人は足が長いんやなと感じる出来事があったのです。それは小便器なんですが、日本のようにオールラウンダー便器ではなくここでしてよ便器なんです。私は足が短いほうなんでおしっこする時、ほんの少しだけ大丈夫かなと思った程度で済みましたが、私より小柄な日本人は苦労するかもしれない。つきますよあれが!
お茶を楽しんだ後は市内を散策、本屋、スーパー、国会議事堂周辺を歩くうちにアイスランドは国と国民が非常に近い距離で生活しているんだなと感じてしまいました。
こういう感激を胸に教会へ、アイスランドは福音ルーテル教会派でメインストリートを上がっていくと、その頂にレイキャビックでもっとも目立つ建物『ハットルグリムスキルキャ教会』があります。教会内部のステンレス製パイプオルガンがまた見事で、観光には一度は訪ねておきたいスポットです。地上70メートルからの眺めは最高なはずだったのですが、タイミング悪く眺めることはできませんでし
た。
教会の帰りにアイスランド名産、セーター、手袋など羊製品を購入したらもうすぐお昼、正午じゃないか。どこかで腹ごしらえをしないとお腹が、何か食わせろと訴えている。仕方がないどこか手近なところで食べるとしよう。
真に急で申し訳ないのですが、午後から「アイスランド紀行 その七」を始めたいと思います。すみませんがちっと今から飯を食ってきます。45分の休憩です。その後またお会いしましょう。
(平成16年9月15日水曜日)
「アイスランド紀行 其の伍」
起床する
と外は横殴りの風、だけどコテージの中は非常に暖かく寝汗をかくほど快適でした。
朝食は昨夜済ませたレセプションのレストランで、初日のホテルと同様のバイキング方式の食事でした。味はそれほど変わらなかったけど、ボリュームはゲイシールのほうがあるような気がしました。ここでのお気に入りは付
け合せの林檎で、日本とは違う素朴な味でついつい手が伸びてしまう小さく美味しい林檎でした。
バスの迎えが15時の予定なんで、今日の昼過ぎまでゲイシールで過ごします。昨日観光した間欠泉しか周囲にはなく、ドライブインで買物か再度間欠泉を見物するしかない状況です。散歩がてら遠くに歩いて行こうとおもってもこの寒さですからなるべく暖かいところでとなってしまいます。
寒のでチェックアウトをぎりぎりの11時にして、その後4時間を買い物か間欠泉観光に当てることにしました。
それにしても今日は本当に寒くアイスランド滞在中一番の寒さで、風も強い上に時おり雪が舞いながら吹き付け立って歩くのが辛かった。防寒は万全のつもりでしたが寒くて寒くてたまりません・・・現地の人は自分たちより薄着のような気がしましたが、寒さも慣れるものなのでしょう・・・たぶん。
今日一番の印象深い光景は、チェックアウトに行く途中、荷物もろとも吹き飛ばされそうな妻の姿が印象に残りました。助けに行きたくても風が強く自分も飛ばされそうな中の光景でしたから・・・。
チェックアウト後、買い物をしようと計画していたが『レイキャビックでも買えるわ』と考え買いものをすることなく、コーヒーを飲んだしてゆっくり過ごしました。
ここで、勉強になったのは、コーヒーを注文する際、日本でいう『ホットコーヒー』は、『コーヒー』だけで通じるのですね。「ホットコーヒー」と注文すると「
What's?」と逆に質問され焦りました。コーヒーは、コーヒーでよいのでしょがアイスコーヒーを外国では何て言うのだろう?案
外、冷たいコーヒーてないのかもしれない。もし知っている人がいたら教えてほしいくらいです。
そんなやりとりをしながら15時を過ぎてもバスは着ません、私たちが乗るバスは昨日乗っていたゴールデンサークルツアーのバスですからグトルフォスの滝を観光してこちらにくる段取りなんですが、ここより標高がある上にこの天候だからバスは遅れているハズ!!という結論になり妻を一人ドライブインに残し、コテージ周辺と間欠泉を再度見物にいきました。コテージ周辺に池と川が流れていて、ただの池なんですが透明度は抜群で飲めるのかもしれないと思ったほどです。
※アイスランドは他の諸外国と比較しても環境は抜群に良く、普通に蛇口をひねって水が飲めるほど水が綺麗な国なんです。私も飲みましたが水道水でも美味しく、お腹を壊すことはありませんでした。そんな国なんで国産のミネラルウォーターも飲んでみましたが、これも美味しく2本日本に持ち帰ったほどです。

話は元に戻り、池の向こうには地平線が見え、その遥か彼方には雪山が見える。視界のよさに驚かされました。地平線に感激、間欠泉見物を終えてもバスはまだやってこない。仕方がないので、ドライブインを出てレセプションで大き目の椅子にゆったりと座って待つことにしました。待つこと30分、バスは2時間遅れで到着、バスのバンパーには雪が積もり山はまだまだ寒そうです。
バスに乗り込み
、次の目的地首都レイキャビックに向かいます。途中、地熱を利用した温室栽培で有名な[クビラゲルディ]に立ち寄り19時[グランドホテル レイキャビック]に到着。
※アイスランドは地熱利用した温室が多く、そこで花など温室で育てています。
首都レイキャビックは風こそないものの空気は冷たく、湯気の昇った配管は結露し凍っていました。そこから温度の差関係で流れ出た湯気が凍り、固まり氷が大きくなっていました。四国ではまずお目にかかれない光景なんで私は見入ってしまいました。
チェックインを済ませ部屋に入ると、19時を過ぎているのに外は明るく自動車はライトが必要なさそうであった。しばらく夫婦ともども、今日の寒さと疲れでベットに横たわりお腹が空いたと合図をお腹が送ってくるまで眠ってしまいました。
20時を過ぎると空腹感を覚え、外に出るにも疲れて億劫でどうしたものかとガイドブックを眺めていると、最終日までお世話になるこのホテルのレストランは料理が美味しく、高級レストランであることが書いてあり早速1階レストランへ向かいました。
アイスランドは、海産物が有名ですが、羊も有名で総人口の数倍の羊を飼っていて中でもラム肉は絶品とのこと・・・それを読んじゃ注文するしかないと夫婦同じラム肉を使った料理を注文しました。それと一緒に地元アイスランドのビール[オーグル]を注文し喉を潤しながらラム肉を頬張る。なんともいえない至福の時間を過ごしました。
私たち夫婦はこ
のレストランで思いもかけないプレゼントをこのレストランで贈られることになりました。
それは、私たち夫婦の給仕をしてくれたウェイターは下手な英語を四苦八苦しながら話す私たち嫌な顔ひとつせず対応してくれた上、快適な時間、空間を過ごせるよう配慮してくれた。あまりにも素敵な時間を過ごしたので、精一杯の感謝の気持ちを伝えると、「オーグルビールは美味しかったですか」と尋ねてきたので「非常に美味しかった」と言うと彼は
、オーグルビールのグラスをアイスランドに来た記念にプレゼントしてくれたのです。一期一会とはこういうものなのか、言葉が上手く伝わらずとも何か共有できる何かを一生懸命に相手に伝えることなのかもしれない。何となく分かった気がした。清清しかった。今日の疲れが吹っ飛んでしまった。
部屋に戻り余韻を楽しみながらグラスを眺めてみた。アイスランド、国は寒い場所にあるが、人は純朴で温かいのかも知れないと思うと嬉しくなった。
それから少しだけ外に出て首都の空気を思いっきり吸った。22時、外は完全に暗くなった。明日は何をして過ごそうかと考えながら部屋に戻りシャワーを浴びた。「!そうだ買い物にでも出掛けて中心街を見てみよう」妻に伝えると「OK!」ということで、23時心地よい気持ちで休むことにする。TV鑑賞は明日に使用かな・・・では、おやすみなさい。
(平成16年9月4日土曜日)
「アイスランド紀行 其の四」
朝8時起床。少し眠いが旅の興奮からか早く目が覚めてしまった。服に着替え朝のホテル周辺を散歩してみた。風はなく気持ちの良い空が私に『おはよう』の挨拶で迎えてくれ、これからの旅を予感させてくれます。昨夜はよく見えなかっ
た景色も実は岩ばかりで火山の国アイスランドを象徴していました。
ホテル近くに水蒸気が立ち上る場所があり、そこは地熱を利用した何かをしているところだと思われました。
アイスランドは今も言いましたが、火山国で高温度地熱地帯と高低温度地熱地帯がありそこで加工されたものが首都圏の室内暖房用熱水を供給したり地熱発電によるエネルギーでアルミ製錬、マグネシウム産業、非鉄金属や研磨産業などエネルギー集約型産業も盛んなんです。だから空気を汚さず大気が綺麗なんですね。
そんなことを考えながら歩いているとお腹が空いてきたのでホテルへ戻り朝食を、朝食はバイキング形式で食堂で摂りました。食事は質素で何種類かのパンを
自分で選び、焼くなりそのまま食べるなり思い思いでエネルギーを補充。なかでもハム、魚の酢漬けやスモークサーモンは美味しくヒットでした。食の充実が予想されます。
腹ごしらえ終了後は10時チェックアウト!温泉へ出発です。
ブルーラグーンへ向かう人たちがフロントで待っています。日本人が自分たちを含めて七名おり日本人の中で、関西空港から来たのは自分たちだけでありました。
メンバーが集まったところで出発、昨日ホテルへ連れてきてくれた人とは違う人が温泉へ送ってくれましたがこの人もなかなかのスピード狂で、ブルーラ
グーンへは5分で到着しました。
ブルーラグーンに入場する際、昨日渡されたバウチャーを渡し入場です。
そこから水着に着替えた後は、広大な温泉であり、湖のようであり、風呂であるブルーラグーンの中へ、外は寒いのですが中は温かく底
には白い泥がありそれを顔に塗るとお肌に良いとのこと、当然私はたっぷり顔に塗りたくり大いに満足!水着に着替えたセクシーな妻は風呂自体は気に入っていたのですが「外が寒くて我慢できんかった。」と寒さが辛かったようでした。
風呂から上がり水分補給をしようとしたのですが『お金は空港で両替していないから使えない、カードは鞄の中で今ホテルにあるから使えない』結局、迎えのバスがくるまで何も買えない。二人とも何か飲みたくて・・・我慢しました。口に何か入れることが出来たのはグトルフォスの滝に到着してからでした。
12時バスが温泉まで迎えに来てくれました。私たちの荷物は既にバスの中に積んでいるので、ホテルに立ち寄ることなくそのままゴールデンサークルツアーへ参加となり、このバスに乗る時はバウチャーを一枚手渡し大柄な運転手のおじさんは少し怖そうでしたが受け取ってくれました。
ツアーはスタートし、しばらくバスは走り続けました途中、バスを乗り換えさせられた時は何がなにやらわからず英語ができる日本人がいてくれたお陰でよかったのですが二人だけでは不安でしたね・・・。やはり英語は大事だな
とこの時改めて思いました。
それから1時間後、地球の割れ目[ギャウ]に到着。ここは広い地球に二箇所しかないポイントで、もう一つの割れ目はアフリカの大地溝帯になるのだ。
[ギャウ]とは名前こそ、可愛いののですが実際は岩でごつごつしていて『あーここが地球の割れ目で、昔観たアニメの中で悪い人が落ちて行ったところやろか』と想
像していました。
ギャウ見学後は、黄金の滝[グトルフォス]ここは、アイスランド最大級の瀑布でもとは氷河から溶け出した1滴の水が大河となり、白い水煙を上げながら流れ落ちる様は圧巻であり1月から3月にかけ凍結した滝を見る
ことができるといわれていましたが、私たちが訪れた時は幸か不幸か滝は流れていました。
白い水煙は風に触れ雪となり、滝周辺を雪化粧で大地を白で覆っていました。ここは高地となるので寒くやっとのことで駐車場近くの茶店でコーヒーとサンドウィッチをカードで購入しました。非常に美味しく冷えた身体をコーヒーが暖めてくれます。こんな小さな店でもカードが使えることに驚きと、西洋諸国は進んでいるなぁと感心させられました。 日本の田舎ではスナックでもカード使用が出来ないのですからね。
そして、この日最後の訪問地、英語の間欠泉(geyser)の語源にもなっているゲイシール間欠泉を訪ねました。数分に一
度高温の湯柱を勢い良くあげています。自然の不思議さを感じさせてくれる場所でした。卵でも中に入れておけば温泉卵よろしく美味しいものが出来上がるのじゃないかと何となく見て思いました。
このゲイシールを見学後、私たちはゴールデンサークルツアー一行と離れ、ここで今日宿をとります。ホテルはゲイシールと道を挟んで向かい合い、チェックイン
した後も時折り蒸気が上がるのを見ることが出来ました。
今日の宿は、ホテルというよりコテージを借りそこで自炊も出来るといった小さな家といった感覚です。
土曜日ということもあり17時には売店が閉まるといわれチェックイン早々に買物へ、カードでビールと飲み物の他にお菓子を買い込みました。夕食は19時頃にチェックインをしたレセプションといわれる場所にあるレストランで済ませました。アイスランドの
レストランは夕食時店内の電燈を使用せず蝋燭のみの幻想的な中で食事をするそうです。メニューを見せられ注文したんだけど意味が分からず食事内容は運に任せました。結果すごくむつごいこってりしたもので胸焼けしてしまいました。でも現地の人には美味しい料理なのだろうなと納得していました。
夕食後はシャワーを浴び、明日に備えます。
現地のテレビは、チャンネル数が少なく(アイスランドの総人口28万人)仕方がないのでしょうがもう少し面白いものがあればなとCM,番組には不満でした。
気分転換にオーロラを期待して外に出たのですが残念!今回も不発明日に期待だ。
さて、寝ますかね次回は第五弾で・・・、おやすみなさい。
(平成16年8月27日金曜日)
「アイスランド紀行 其の参」
乗り換え時間が約5時間あり、到着した第三ターミナルから出発する第一ターミナルへ移動した後は、待合所で水を飲んだりサンドイッチを食べたりしながら過ごしました。時間を快適に使うために本を持ってきていたのだけど、疲労の波、何波目かが来ていて読む気にもなれませんでした。
疲れた身体を待合所のソファーに預けしばらくした時、日本で見たことある顔が私たちの前を通り過ぎていきます。「誰やろか?」・・・、と考えやっと思い出したのが『数学者の秋山 仁さん』その人でした。
ちょうどその頃、元ダイエーホークスの秋山 幸二さんと間違われ秋山 幸二さんが講演をしたという話を聞いていたので顔を何となく覚えていましたが、まさかロンドンまでやって来てテレビで見たことがある人と会えるなんて・・・、一人ささやかな感
動に浸っていました。
そのことを妻に言ってもあまり興味を持つことはなく残念でした。
しかしまぁなんというか、秋山 仁さんもあの風貌では目立たなくしようとしても目立つ気がします。知人の『植見屈指のメガヒットプロデューサー』G.Yさん所有の自動車みたいなもので目立ちます。
話は元に戻し現地時間20時50分、憧れのアイスランド航空にようやく乗り込む時がきました。(ちなみにアイスランド航空の2レターコードはFI、JALはJL)普段、私は飛行機に乗り込む際、機体をポンポンと叩いて『頼むぞ!俺を彼の地まで連れてってくれよ』という儀式的習慣があります。いつもであれば、日本から現地へ直接行くので一回で済むが(ソウル、ホノルルなどは)ロンドンを経由してアイスランドですから2回これをしないといけない、それが日本を離れ異国で乗り換え、異国の匂いがする機体でしたから儀式をする時はまさに興奮状態、痺れました。
21時、ヒースロー空港離陸し飛行機は私たち夫婦をアイスランドへ導いてくれます。フライト時間約3時間、飛行中疲れもあり眠ってしまったことで機内食を食べ逃してしまったことが、この飛行最大のミスでした。
23時45分
、無事アイスランド(ケフラビーク国際空港)到着。
入国審査時、審査官に何か質問され焦りましたが特に問題もなく無事クリア!ついに夢にみたアイスランドに上陸しました。手荷物を受け取り外に出ると、小さな紙切れを持った現地係員と対面。制服を着た旅行社の人を想像していたのだけど、今日私たちが泊まる宿の主人が出迎えに来ていたのです。
明日は土曜日なので両替を空港でしておかなければならなかったのだけど舞い上がって忘れてしまい、これが結果としてクレジットカードて凄いなと感じさせてくれるきっかけとなる失敗となるのです。
空港の外に出ると自分が想像していたほど寒いとは感じなかったんだけど、刺すような凛とした心地よい刺激的な寒さが私たちを歓迎してくれました。
現地係員の運転するワゴン車に乗りホテルへと向かいます。係員は猛スピードで車を飛ばし20分ほどでホテルに到着しました。ホテルといってもインのような雰囲気でありペンションのような雰囲気を兼ね備えたホテルでした。
チェックインしここで、今後の旅行に必要なバウチャー(クーポン券)を数枚渡され、ここからが本当の旅のスタートなのです。
バウチャーの説明中も何とか理解しようと努め、妻の助けもあり理解完了後、部屋へ移動。部屋は、小さなベットが二つある清潔感のある室内でした。シャワーを浴び疲れを取りつつ日本を発って23時間後に到着、『30時間は起きとったんやろな』と考えていました。シャワーを終え、気持ちを落ち着かせるためホテルの外に出てみたのです、すると外は風もなく非常に気持ちがよく夜空は田舎に住む自分たちが見ている空よりずっと澄んで綺麗でした。残念ながらオーロラを見ることは出来ませんでしたが、道中何度か機会があるだろうと思い部屋に戻りました。
明日から本当の旅のスタート、夜空を見ながらワクワクしていました。妻は疲れもあって「もう寝る」といって寝てしまいましたが『温泉 ブルーラグーン』は気に入ってくれるだろうなと考え私も眠ることにしました。
明日、正確には今日、ホテルフロント10時集合です。
おやすみなさい。
(平成16年8月21日土曜日)
「アイスランド紀行 其の弐」
出発前日は新大阪駅近くのビジネスホテルに宿泊、私一人ワクワクしていたものです。妻は仕事の疲れか何か知りませんが少し疲れ気味で、明日になれば治るのかと思い期待していたのですが、改善されずそのままの出発となりました。
翌日、関西空港を発ちロンドン経由アイスランド(ケフラビーク国際空港)着というルートで我々は彼の地へ向かいました。今でも忘れない・・・。JAL421便、B747-400に搭乗。これがまたええんです。空港滑走路を端から端まで走りきり離陸する感覚がなんともいえません。搭乗している自分は「まだ離陸せんのやろか?やっぱりロンドンまでノンストップで飛ぶんやったら翼にめい一杯燃料入れとって、ほんでそれが重いきんある程度加速がつかんと飛べへんのやろな」といろんなことを考えめぐらせていましたが、妻は相変わらずクールに座席に座っていました。
421便はロンドン行きでしたが、思ったほど乗客が居らず一人3シート分取ることが出来ました。よってゆったりリラックスしたフライトになり妻は私の前の座席に座っていたので様子が良く分かりました。
ロンドン到着までのあいだ、機内食、ビール三本、ミネラルウォーター、おにぎりとスナック菓子などなど13時間のフライト中、喰っては寝、起きては喰うという繰り返しでした。(太ることを考えるより籠の鳥ですから何もすることがなくただ食べるしかなかったのです。)
GMT午後3時、ヒースロー空港到着。
ヒース
ロー着陸直前、ロンドンの街並みを眼下に眺めることが出来ました。緑と街が調和して非常に心地よさそうな風景が大変気に入りました。
話を元に戻すと、午後3時にロンドンということは日本は午前零時・・・・、目の前はアフタヌーンティーの時間だが身体は夜中になっておりたぶん疲れていたはずなんだけど旅の興奮でそうでもなかった。
さてここからアイスランド向け乗り換えです。
午後8時発のアイスランド航空、空港内で5時間の乗り換え待ちです。アイスランド着は午前零時前ですからこれは堪えるなと、疲れた頭を振り絞って考えました。
この時「あぁ〜ロンドンにしとったらよかったな」と疲れた勢いで妻にこのせりふを聞かせてしまった事が後に喧嘩の火種になるとはこの時夢にも思いませんでした。
次回からアイスランド編の突入です。
(平成16年8月12日木曜日)
「アイスランド紀行 其の壱」
今年三月待ちに待った新婚旅行に行ってきました。
目的地は、「アイスランド」です。アイスランドと聞いて場所が分かる人は、なかなかなもんです。大抵の人は「あの辺やろ」と身振り手振りで位置を説明してくれ、それが結構楽しく会話のネタになったりします。逆に「アイスランドにやなんがあるんな?」と質問をされると弱ってしまいます、なぜなら私は大学時代になんとなくアイスランドを知り、なんとなくアイスランドに惹かれていただけでこれといって知識を蓄えていたわけではないんです。なんとなくアイスランドに惹かれていた自分も大学4年の時のゼミ旅行で韓国へ旅行して以来、韓国にはまってしまい、その後結婚するまでの10年忘れてしまっていたのです。むごいもんですね。いずれは、韓国についても書いてみたいものですが、あまりにも素敵な国アイスランドについての紀行文を感情の赴くまま、個人的偏見、主観でアイスランドを褒めちぎっていきます。
では、本編の始まりです。
(平成16年8月8日日曜日)
「カーナビゲーションとトキメキ考」
昔、恋をした男と女は、相手にどのような方法で自分の気持ちを伝えたんだろうか。手紙、電話、もしくは友達に恋の告白を依頼したとか?そういった場合たいてい依頼した人と相手が出来てしまうことが良くありました・・・、懐かしい思い出です。
IT社会という言葉、環境が整備されつつある今日、無性に恋の告白に関心を持ってしまう自分が存在します。というのもつい10年ほど前は携帯電話はありましたが、自分が持つには高く手が出ない存在でした。かといってポケットベルは性に合わず所持することなくこれが不便かといえばないならないで、気にならなかったものです。
では、当時の学生以前の世代はどのように恋の告白を実践し恋の成就を目指し努力していたかと申しますと、コンパで知り合う、友達の紹介または、商店街を歩いていたら付いてきたというパターンに分類されます。そのような形態の中でやっと相手に不審人物じゃないと自分が認知された時、次はやっと・・・「電話番号教えてくれんやろか?」と第二ステップに行き着きます。嫌でなければ電話番号を教えてくれ親密な関係に持ち込む段階が出来上がります。そして!いよいよ電話をかける段階になるとダイヤルを回す指に祈りを込めます「どうかお父さんが取りませんように・・・、悪くてもお母さんが・・・でもあいつが出てくれますようにアーメン」と唱えながら受話器を取りダイヤルします。後は運しだい神のみぞ知るといったところでしょう^^:
が、最近は携帯電話が普及し直接相手に繋がります。ドキドキ感は若干残りますがトキメキ感は、薄れているのじゃないかなと思うのです。個別に何でも人の知らないところで実践できることは良いことなのですが、何か物足りませんそれは、恋の世界だけでなく、買物、旅行いたるところに及んでいると感じています。自分で考えなくてもある程度は打ち込めばプランを立ててくれる。面倒な人にはそれで良いのでしょうが自分は嫌ですね!特にカーナビゲーションは何か命令されているようで感心しません。「お前の知識より俺の知識の方が上じゃい。」と云いたくなることもあります。道に迷いながら目的地に着く、分からないと現地の人に尋ねるという交流や手段を忘れている気がします。
迷いながら目的地に着く、ふれあいや人の優しさに気が付く、この道でええんやろかとドキドキ、トキメキ感を持ちつつ進んでいく。まるで人間の縮図のよう?^^そんな環境が徐々に薄れていく。私はカーナビゲーションを所持したくない。でも機械が好きだから所持したいそんな葛藤の中で今日を邁進しているのだ。
(平成16年8月6日金曜日晴れ)