2009年にフランスの方から「山童」の注文を受け、作品を送ったところ後日BritishBlades.comにて紹介していただきました。
その後、師匠のご家族に、翻訳していただいたのが下記の文です。
文の内容はもとより、写真がとてもすばらしいので、かなり重くなりますが大きな画像のまま掲載させていただきます。
カスタムメイドのヒゴノカミの世界には、2種類のものがある:一方は「都市型のヒゴノカミ」、他方は「農村型のヒゴノカミ」だ。
前者は都会人や学生のための、鉛筆削りや切り紙、時には果物のスライスなど、どちらかと言えば繊細な切削作業のためにデザインされた折りたたみナイフだ。これらは細工が凝っていて洗練されており、どちらかと言えば小型のものが多く、多くの場合とても作りが良い。片手だけの優雅な動作で簡単に開くことができ、ポケットの中によく馴染む。
それに比べると、後者の「農村型のヒゴノカミ」は、武骨にして堅牢、強靭であり、はるかに大きく、ずっしりしている。
機能の障害となり得る洗練的な細工や装飾加工を省いたこれらのナイフは、現実の生活における本格的な切削作業を想定した、妥協のない刃物であるということが出来よう。
余分なものを省いた結果、刃物としての基本要素だけに還元されたこれらのナイフには、堅牢な持ち手と、恐ろしく鋭利な切先を持った刃のみが残された。
これらは、つつましく、安価で、実用的なナイフとして、庶民の間で伝統的に受け継がれてきたものである。
にもかかわらず、見る目を持つ者には、これらのナイフが持つ裸のままの素朴さの奥底に、本物の道具だけが持つ、ある種の内的な美のほとばしりを見て取ることができるのである。
それは、とても日本的な美だ──「ガイジン」の得てして戸惑うところであるが、日本人は、極められた洗練性や細部へのこだわりを愛する一方で、始原的で基本的なものについても同じくらいに賞賛するのである。あたかも最後まで加工がされていないような醜いナイフの、何がそんなに優れているのか?
このように武骨な金属片に、なぜ驚嘆の声が上がるのか? これらを理解するには、外観でわかる以上にものを深く見てやらなければならない。
写真:化粧箱2個の上に山童2本
ここに掲載する2本の「農村型のヒゴノカミ」は、日本の田園地帯の懐、幾多の川が流れることで知られる四国の、南東に位置する高知県からやって来た。1948年生まれの元冶金技術者にして、後に自作刃物の鍛冶師となった岡田光紀氏と、その弟子の林信哉氏からなる「工房くろがね」すなわち「黒い鉄の鍛冶場」が、その製造元である。
自然に取り囲まれたこの工房では、伝統的な精神と方法により、ナイフや道具が製造されている。彼らは、地域の鉄鉱石と手作りの木炭、特製の「タタラ」を使って、自分たちが使う鋼鉄そのものまで作っているのだ。
写真:化粧箱2個の中に山童2本
この獣のような刃物たちは、墨と筆により製作者の銘が入れられた木箱に入れられて来た。華奢な木箱と、その内容物が持つ武骨さのギャップが好対照だ。宝石箱の中に納められた、本物の野獣だ!
製作者は、このナイフを「山童(山の子供)」と呼ぶ。たぶん工房の近くにあるであろうその山には、精霊たち、すなわち太古より崇められてきた神々がきっといて、製鉄の様子をつぶさに見守っているのだ──そして、砂や水、木などを与えながら、ナイフの製作を支えて来たのだ。これは私の勝手な想像に過ぎないが…
これらは、本格的なナイフである。
これらのナイフは共に、鋼鉄を折り曲げて作ったツヤのある黒塗りの持ち手と、鋼鉄のカシメと真鍮の座金からなる、素朴な外観を有している。
片手で刃を開こうとしてはならない──両手を使わなければ、上手く行かないだろう。これらは、使いたい時だけに開くためのナイフであって、遊ぶためのものではないのだ。
ひとたび刃を開けば、まるで刃が持ち手に固定されたような手応えがある。レバーに親指をかけるのを忘れたからといって、指の上に刃が閉じ落ちてくるような危険は無い。刃と持ち手の間の摩擦が大きいために、刃を閉じる際にも両手を使う必要がある。
既に言ったように、これらはポケットナイフなどとは異なる、野獣そのもの、生の鍛造品なのであって、むしろ道具箱や工場の作業台こそが置き場としてふさわしい代物だ。
写真3枚:山童外観
これら2本のナイフは、細部で異なっている。
1本目のナイフはより刃幅が広く、刃を開いた際には掌中に程よく収まる、大きなレバーを備えている。さながら手動のロック機構といったところだ。2本のうち、こちらの方は大工か庭師が使う道具のような案配である。
刃渡りは85ミリ、刃厚は4ミリで、刃幅は一番広いところで20ミリある。持ち手の長さは114ミリある。
写真3枚:山童外観
2本目のナイフは、より薄い刃と小さな「チキリ(刃のレバー)」を持ち、刃鋼には製作者の署名が漢字で彫り込まれるなど、かなり文明的な外観を備えている。刃渡り8ミリ、刃幅は17ミリで、刃厚は3.5ミリ、持ち手の長さは112ミリ。
写真6枚:山童外観
刃は、部分的に鍛造されたままの面が出ている。精巧かつ対称に研がれた研磨面からだけ、鋼の構造と伝統的な「三枚畳み」の3層を見る事ができる。
錆を防ぐために、刃にはワニスがかけられている。
カラスのくちばしのような形をした刃は、標準的なヒゴノカミのそれとは異なっている。しかし、私の知るところでは、刃型については決まったルールがある訳ではなく、このように異型の刃は常時存在したもので、ただ一般的では無いというだけのことである。
写真4枚:山童外観
私は、これらのナイフが持つ武骨な性質と、つつましい素朴さが好きだ。目を楽しませるようなものは何も無い。これらのナイフは、我々を、モノがもつ基本的な価値へ、道具やナイフが持つ本来の定義へと立ち返らせる。我々は、このナイフを通して、現代人が経験する事の無い、老いし者たちだけが覚えているようないにしえの時代に、思いを巡らせるのだ。道具が必要となれば、デパートに行くのではなく、地元の職人に製作を頼みに行っていた時代に。
写真1枚:山童外観
ヒゴノカミについてインターネットで情報を漁っていたときに、私はほとんど偶然に近い形で、日本のサイトでこれらのナイフを見つけた。私が日本語で書かれたページをクリックしていると、突然に1枚の写真が現れたのだ。あまり期待をせずに電子メールを送ってみると、驚いた事に、英語で返事が返って来た。彼らは翻訳に多少の時間を要するようなので、もしも貴方にご興味がお有りなら、忍耐強く返事を待ってやって欲しい。なぜ私が2本も買ったのかって?
それは、送料を除けば、日本円にして6500円、つまり48ユーロと、とても安価だからだ。本物のカスタムナイフとしては、まさに大安売りといえよう。
以上はBritishBlades.comより本文および画像を引用転載したものです。
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