贖罪の時 序章3
時
ガンッ!
「おい、ジラス。お前このままの状況で満足なのか?」
ドゲンッ!
「親分はなんか不満なんすか?」
ぎーこ、ぎーこ
「いいかぁ?俺たちゃもともと裏の世界に生きていたやつらだぜ?それなのに、何でこんな
ところでおとなしく子守りだの、店番だの、修理だのをやらなくちゃなんねぇんだよ?!」
ガガン!ドン!
「おいらは別にいいっすけど。なんたって、姐さんは命の恩人だし、ヴァル様はヴァルガー
ヴ様だし」
ズガガガガン!
「それなんだがよう。ヴァル様は本当にヴァルガーヴ様なのか?俺達のことなんて覚えてね
ぇしよぅ」
カン!カン!カン!
「だからぁ、それは間違いないですって。おいら、この目ではっきり見たんでさぁ」
ダダダダダン!!
「だったら、ヴァル様だけ連れて逃げりゃぁいいじゃねぇか?!!なにも、あんな女なんか
の言うこと聞く必要なんか!!!」
「何言ってるんすか、親分!!だいたい俺達ヴァル様になつかれてさえいないんっすよ(泣)!!連れ去っても、ぜったい途中で泣かれます!!それに…・」
ばん!!!!!(扉の音)
「うるさいわよ!!もうちょっと静かにやりなさい!!!」
『はい!すいやせん!!』
扉と床の修理をどうやって静かにしろと…・・。なんて言う不満を口にしようものなら、間違いなくメイスでドつかれる。彼らの直感がそれを告げていた。
本人達に自覚はないのだが、立派に調教されてしまっている。
ぎぃぃぃぃぃ…、ぱたん。
ことさらゆっくりと(嫌がらせにしか思えない)扉を閉め、フィリアが奥へと引っ込んだとき、ジラスが小さな声でグラボスに耳打ちした。
「それにおいら達が、ヴァル様をさらったら、無事でいられると思えませんしね」
泣き出しそうな顔でグラボスが頷いた。
「まったく、もぅ。人が見てないとすぐに手を抜くんだから」
「いや、しかし、大工仕事を静かにやれと言うお前にも問題ありだと思うぞ」
扉を閉め、戻ってきたフィリアに、小さくゼルガディスが突っ込む。が、ものの見事にその発言は無視されてしまった。
「……リナに似てきたな(ぼそっ)」
これはきいたらしい。肩が小刻みに震えている。
「自覚もあるんだな…・(さらにぼそっ)」
ああ、肩が落ちた。が、恐るべきスピードで精神的復活を果たす。
さすが、竜族!人よりも立ち直りが早い。
「ヴァル、いらっしゃい」
フィリアがちょいちょい、とヴァルを手招きすると、子犬のように彼女の前に駆け寄っていく。
「さて、改めて、ゼルガディスさん、このこがヴァルです。ヴァル、ゼルガディスさんにご挨拶なさい」
「うん。んと、はじめまして、ヴァルです」
やや、舌足らずな口調で言うと、ぺこりと頭を下げた。その仕草が、なんとも子供らしくてかわいらしい。
ゼルガディスはヴァルの前で片ひざをつくと、視線をあわせた。
「ああ、ゼルガディスだ。よろしくな、ちっこいヴァル」
くしゃり、とその頭をなでてやる。
途端に、ヴァルの顔から緊張した色が消え、喜びでいっぱいになる。
(愛されているんだな)
ゼルガディスはそう感じた。素直な反応が、見ているものの心までも和ませる。
その様子が、今は遠くにいる少女を彷彿とさせ、少々心苦しくもあったが・…。
そんな二人を、母のような、姉のような顔で見ていたフィリアが、ぱんっ、と手を打ち鳴らした。
「さぁ、挨拶は終わりましたね。ゼルガディスさん、お茶はいかがですか?この間とっても良い葉が手に入ったんです」
「ああ、しかし、ちょっと急いでいるんだが・・…」
「お茶も飲めないくらい?ですか」
「いや…・、そうでもないが」
「じゃ、掛けて待っていてください。今、お茶とお菓子を持ってきますから」
くるり、と振り返ると台所へと姿を消してしまった。
ゼルガディスが、顔に苦笑いを貼り付けたまま、立ちあがり、歩き出そうとした時、ふいに背中に抵抗を感じた。
振り返ってみると、ヴァルが彼のマントの端を握っている。ゼルガディスと視線が合うと、にぃっと笑った。どうやら、相当気に入られたらしい。
その笑顔を見たとき、彼の頭の中で何かが疼く。
(なんだ?)
ほぼ無意識と言っても良いほどの状態でヴァルを抱き上げる。
更に強い既視感。
(前に…。どこかで・…?)
ヴァルがうれしそうに彼にしがみついてきたとき、頭痛と共に過去の情景がフラッシュ・バックする。
そのあまりの激しさと急速さに、意識が暗闇に落ちそうになった。耳に響く声がなければ彼はその場でうずくまってしまっていただろう。
「ぜ・・る・らです、さん」
ヴァルが一生懸命、彼の名を呼ぼうとしていた。しかし、彼の名前は難しい。しかも覚えずらい。三歳程度の幼児には酷と言うものだろう。
くすり、と小さく笑うと一生懸命名前を言おうとしているヴァルの、泣きそうになっている顔をのぞきこんだ。
「呼びにくいんだったら、ゼル、でいい。男の子がこんなことくらいで泣くんじゃない」
こつん、と指先で額をつつくと、ヴァルは「うん!」と返事をしてにっこりと笑った。
「ゼル・・にィ」
ずるっと足を滑らせかけた。まさか、記憶がなくなっているとはいえ、あのヴァルガーヴに兄ちゃん呼ばわりされるとは思わなかったのだ。
が、ヴァルはその呼び方が気に入ったらしく、耳元で何回も「ゼルにぃ」と繰り返している。
「やれやれ。まぁ、いいか」
溜め息をついて、ヴァルをおろそうとしたがくっついて離れない。まるで、蛸のように両手両足を絡ませて、ぴったりくっついてくる。どうも、“離れない”というルールの彼なりのゲームらしい。子供は、時に自分ゲームを創るものだ。
何とか引き剥がそうと試みたが、小さいとはいえ古代竜(エンシェントドラゴン)の末裔である。キメラではあるが、腕力は普通の人間のゼルガディスに引き剥がせるはずがない。
諦めて、ヴァルをくっつけたまま椅子に座る。
そのとき、湯気の出ているティーカップ三つと、ポット、クッキーの入ったお皿をお盆にのせたフィリアが帰ってきた。
「お待たせしました・・…。ぷっ」
ゼルガディスとヴァルを見た瞬間、小さく吹き出した。
「フィリア、笑ってないで何とかしてくれないか?」
ちょっと自分が情けなくなって、ゼルガディスがフィリアをじろりとにらむ。が、フィリアは鼻でふふん、と笑うとちょっとからかう目になった。
「良いじゃないですか、ゼルガディスさん。親子みたいですよ。いつか、アメリアさんとの子供ができたときのための予行演習ということで、ねぇ(はぁと)」
「ねぇ(はぁと)、ぢゃない!ど、どうして俺とアメリアに子供が…・」
速攻で否定したのだが、その顔はすでに耳まで真っ赤である。
「そんな、真っ赤になるほど照れなくても良いじゃないですか。お二人はすでにラブラブなんでしょう?」
「な、な、ななななな(混乱中)」
「リナさんからも色々と聞いてますよ」
「き、き、えええ、あ?なななん、ななななにを…(錯乱中)」
「冗談です(はぁと)」
………・ぷちっ(リミットブレイク!)
「フィぃぃぃぃぃリぃぃぃぃぃアぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁ!ちょっとからかっただけじゃないでしかぁ!!(滝汗)お、落ち着いてください。ヴァルが怪我しちゃいますぅぅぅ!!」
ちらり、と横を見ると、肩にしがみついて、困惑したように二人を見比べている。
仕方なく、椅子に座りなおす。
「ちっ。本当に性格がねじ曲がってきたな。まったく、巫女と言うのは性格が特有じゃないとなれないもんなのか?」
「うっ。そこまで言います、普通?」
「思ったことを言ったまでだ」
ツーん、と横を向く。よほど根に持ったらしい。
(ちょっと、調子に乗りすぎたかしら)
何とか気まずくなった空気を取り戻そうと、明るい声を出す。
「そういえば、ゼルガディスさん。あれから他の皆さんはどうしてるんですか」
「さぁな」
短い返事に一瞬ひるむ。
「さぁな、って。本当に知らないんですか?」
「ああ、あれから会ってないからな。でも、リナとガウリィは一緒に新しい魔法剣を探すとか言ってたから、今もいっしょに行動してるんだろう」
「アメリアさんは国に帰ったんですか?」
「…・・ああ」
むっつりと答える。さっき冷やかされたのがかなり答えているようだ。
「えっと、一緒にセイルーンに行くんじゃなかったんですか?」
あの、最後の戦いのさなかの約束。短い会話。
彼らは確かに約束をしていた。しかし。
「行ったさ。すぐに出てきたけどな」
「どうしてですか?私はてっきりお二人はいっしょに行動するものと思ってましたのに」
わけがわからないと言う顔でたずねるフィリアを、横目で見ながらゼルガディスが大きく溜め息をついた。
他人に説明するのは面倒だが、彼女は聞くまで引きそうにない。内心、やりたくないと叫
んでいる言葉をおし殺し、自分でも考えたくないことの説明にかかった。
zelgadis&firia
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by絹糸様
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昔話の花が咲く
白くて綺麗な花があり
斑で醜い花もある
咲くまで色はわからない
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