贖罪の時 序章4
誘い



「あのなぁ、あんた一応、俺達の身辺調査をしたんだろぅ?」
「はい。結構皆さん調べやすい経歴の方達でしたので、助かりました」
「調べやすいって・…。まぁ、そうだな。で、アメリアの調査結果は?」
 まだわけがわからない。が、とりあえず記憶を頼りに列挙してみる。
「アメリアさんは、結界内でも最大の白魔法王国セイルーンの第二王女。婚約者なし。珍しいですね。現在、王位継承権は第三位。白魔法と精霊魔法、そして少々の黒魔法の使い手。父譲りの体術を使い、素手で魔族をぶっ飛ばす正義おたくの超絶プリンセス。愛らしい顔からは想像できないが、正義のためならすべてを破壊できる、使用法厳重注意の爆弾娘・…」
「もう、いい。」
なぜかぐったりした様子で、ゼルガディスがさえぎった。
「で、俺は?」
「えぇ!!聞きたいんですか?!」
「いや、さっきのを聞く限り気は進まんが、とりあえず言ってくれ」
「わかりました。ゼルガディスさんは、通称"白のゼルガディス"。それ以前は"レゾの狂戦士"。"邪妖精"と"石人形"のキメラ。赤法師レゾ(結構有名らしいですね)の片腕と言われ、彼の目的のためなら手段を問わない。はむかう者には女子供でも容赦はしない、残虐非情な魔剣士。高度な精霊魔法と黒魔法の使い手で、剣の腕も一流。しかし、赤法師の噂が途絶えてからは、彼もまた消えた。最近では、どこかの塔でぬいぐるみを着ていたとか、女装コンテストに出ていたとか、怪しい噂しか聞こえてこない。立ち入り禁止の根暗魔剣士・・…、って、ああ!!ゼルガディスさん、しっかりしてください!!」
 ふと気がつくと、小刻みに震えながらテーブルに突っ伏している。かなり、ショックが大きいようだ。
「……えええと、結局どうしてなんですか?」
 首だけが持ち上がった。
(こわひ!!)
「本当に、わからんのか?」
 その不気味な声に、内心かなりびびりながら大きく頷く。
 ゼルガディスはゆっくりと体を起こし、お茶を一口すすった。
「アメリアの現王位継承権は?」
「えっと、第三位?」
「そう。で、現国王は病弱。彼が死ねばアメリアの父であるフィリオネル王子が国王になる」
 こくり、とフィリアがうなずいた。
「そうなると、アメリアの王位継承権も自動的にあがり、第二位になる。ここで問題なのが、そのときに第一位になる予定の第一王女だ。彼女は元々放浪癖があるようで、めったに国に帰ってこない。そうすると、国民の期待はアメリアに注がれることになる」
「あ……!」
「わかっただろう。次期女王、もしくは国王の妃の周りに、俺みたいな後ぐらいところがある男がいると、政治が乱れる。しかも、俺は見ての通りだしな。そこを魔族に付け込まれたらセイルーンはおしまいだ」

 他人事のように言いきる。その様子があまりにも冷静なので、逆にフィリアのほうがいらいらしてきた。
「そんな!!あなたはそれで良いんですか?!アメリアさんが、あなたを嫌っているわけじゃあないんでしょう?」
 ばんっ、と机をたたいて立ちあがった。瞳が興奮できらきらと輝いている。そんな様子を、冷めた目で見ながら、驚いて目をみはっているヴァルに机の上のクッキーをとってやる。
「もう一つ理由がある」
「もう一つ?何ですかそれは?!」
 ずずいっとみをのりだす。その口調には、半端な答えを許さない強さが現れていた。
「……俺は成長しない。いや、一応してはいるんだが普通の人間に比べると、ひどくゆっくりだ」
「だから!!」
 フィリアがいらいらと両手を組む。腕の中でまどろみ始めたヴァルを抱きなおし、ゆっくりとした口調で言った。
「今はいい。だが、いつか俺の知っているやつらは死んでいく。そのとき、俺はほとんど変わっていないだろう。それがわかっていて、特定の誰かといようとは思えないんでね」


zelgadis
by絹糸様
手に持っている灯火を
ほかの灯りと交わさないのは
その灯りが消えたとき
はっきり自分だけが光るから
闇を独りで照らすから 

       

 その、静かな口調に強い悲しみが混じっているのを感じ取り、フィリアは罪悪感にうちひしがれた。
「…・・すみません。勝手なことばっかり言って。私ったら、なんてデリカシーのないことを…」
 椅子に座りなおし、ゼルガディスの腕の中で完全に眠りに落ちてしまったヴァルを見る。
 ヴァルガーヴ。一人で生きていく辛さはきっと彼のほうが良くわかるに違いない。だが、今は彼にはフィリアがいる。ほぼ、同じ寿命を持つ、同じ竜族のフィリアが。しかし、ゼルガディスには?まさか、好きな相手にキメラになってくれなんて言えないだろう。彼の、孤独願望にはれっきとした理由があったのだ。
 ふと、気がついた。最初に彼を見たとき、なんだか焦っている様に見えたのはアメリアや仲間の年齢だ。ガウリィは元々年上だが、リナやアメリアとはもうすぐ同い年になってしまう。そうなるのがどんなに怖いのか、竜族のフィリアにも分かる。彼女もまた、永きを生きるものだから・・・・・・・。

「それでだ、フィリア。頼みたいことがあるんだが」
「あ、はい。何ですか」
 物思いにふけっていたのを、呼び戻される。目の前には真剣な目をしたゼルガディスがいた。
「俺はこの9ヶ月、いろんなところに旅をしてきたが、こちらの世界には魔法に関する研究もお粗末で、全く役にはたたん。しかし、竜族の遺跡には何かあるかもしれん」
「そうですねぇ。ず〜と、昔に放置された研究とかもあるらしいですから」
 神殿で習った知識を呼び起こしつつ答える。
「そこで、頼みなんだが。そう言う神殿の位置と、あと分かればでいいからその研究内容。分かる限りピックアップしてくれないか?」
「なるほど。時間短縮になりますね。分かりました、すぐにリストを作ります!!」
 勢い良く立ちあがると、紙とペンを出すべく階段を駆け上がっていく。
「お、おい、フィリア!ヴァルは?!あの二人に預ければいいのか?!!」
「すいませんが、しばらく見ていてください!!ジラスさんとグラボスさんが近寄ると、そのこ泣いちゃうんです!!!」
 早口に言ってしまうと、二階へと引っ込んでしまった。そして、なんだかすさまじいほどの本が落ちる音が聞こえてきた。恐らく、昔の資料でも探しているんだろう。
 腕の中のヴァルを見ると、そんな音にはお構いなしですやすやと寝ている。さすが竜族というしかない。
「子守りは俺かぃ・…」
 なんだか利用されているような気もしたが、寝ている子供を見ているとどうでも良くなってしまった。

「…・・子供か」
 自嘲気味に呟いたとき、ちくり、と胸を指す記憶がよみがえる。
 さっき、急激によみがえった記憶。
 あれは…・・、何だったのか、ゼルガディスが思い出そうとした瞬間。
「おやぁ、ゼルガディスさん。いつの間にお子さんなんて作ってたんです?アメリアさんに言っちゃいますよ?」
 背後からのんびりした声が聞こえてきた。
 気配のなかったところからいきなり声をかけられて、驚いて振り返ると、やっぱりあいつが立っていた。
 おかっぱ頭の、万年笑顔のお役所魔族。黒い神官服に身を包んだ神出鬼没の獣神官!

         
「ゼロ(むぐ)!!!!」
 思わず叫びそうになった口を、両手でふさがれてしまった。
「やめてください!ヴァル君が起きちゃうじゃないですか!!私、彼に嫌われているんですから!!」
 そっと、両手を離した。
 ゼルガディスは、一つ息をつくとじろりと、下からゼロスをにらみつけた。
「誰が俺の子だ。しっかり名前まで知っているくせに」
「あれぇ、ばれちゃいまいた?もうちょっとからかえると思ったのに」
 ぺろり、と舌を出す。相変わらずふざけたやつだ。
「で、何のようなんだ?フィリアなら二階にいるぞ」
 あごで階段を指しながら、冷たく言い放つ。
 が、ゼロスは一向に消える気配がない。ゼルガディスがいぶかしんでいると、ゼロスがにっこりと笑った。
「いいえ、今回はあなたに用があるんです」
「俺にはない。失せろ」
 すっぱりと言うと、ゼロスが泣きそうな顔になった。
「そんなぁ、せめて聞いてくださいよう」
「ヴァル・…。起こすぞ?」
 ゼルガディスが小さなこえでおどしをかけると、ゼロスが「ふぇぇぇ」という、妙な声を出して宙に逃げた。
 ゼルガディスが見上げる。一瞬彼と視線があった。その顔は、いつもの笑顔ではなく、魔族の顔だった。
「あなたにかけられている、ある枷が外れかかっています」
「……枷?何の事だ?」
「それは、秘密です(はぁと)」
 はじめて聞くことに、少々驚きながら宙のゼロスはにらみつける。が、ゼロスは人差し指を口に持っていくと、おなじみに台詞を言っただけだった。
「ただ、それが外れればあなたの力は飛躍的に伸びます。ですから…」
 すい、と宙を降りてきてゼルガディスの目を覗き込む。
「ゼルガディスさん。魔族のお仲間になりませんか?」

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