贖罪の時 序章5
脅迫
「こ、これは・……」
手元にある資料に再び視線を落とす。
「間違いないわ。これなら、もしかして……」
そう呟くと、その資料を持ち下へ向かうべく、扉を開けた。
「ゼルガディスさん。魔族のお仲間になりませんか?」
「断る」
「ああ!そんな身もふたもない!!」
まだ、宙を飛んでいるゼロスが、ゼルガディスの返事に再び情けない声を出した。
「もし、今仲間になってくれたら洗剤一年分!さらに某有名ホテルの特別ご優待券!!その上、あらいずみ○い先生のイラスト付きサイン色紙!!!を、お付けしますよ」
「お前は、新聞の勧誘員か」
洗剤も、ホテルの優待券も、魔族になってしまったらたいした意味を持たないのではないか、とも思ったが、面倒くさいので黙っていた。
「まぁ、そうなんですけどね。うーん、じゃぁ、どうしたら仲間になってくれますか?」
「ならん!!」
誠心誠意を込めて否定したのだが、ゼロスは無視と決め込んでいるらしい。
「ああ、そうだ!要するに、あなたが人間であることにこだわる原因をなくせば良いわけですね」
「……なぜそうなる」
なんだか、異常にうれしそうに言われて背筋に寒気が走る。嫌な予感がする。体にはしる悪寒を押さえながら、ゼロスを睨み付ける。
「何をするつもりだ?」
「アメリアさん…」
「!!!!」
「やっぱり、顔色が変わりましたね。あなたもずいぶん甘くなったものだ。昔は誰がどうなろうと、あまり気にしないようにしてらしたのに・・…」
愉快そうに笑うゼロスの裾を乱暴に掴むと、もどかしげに引き寄せた。
胸倉を掴み、にっこり微笑んでいるゼロスに、低い声をかける。
「何のつもりだ」
「ご想像の通りですよ。彼女が死ねば、あなたの人間に対する思いも少なくなるでしょう?」
こともなく言いきる神官魔族に、ぎりっと、唇をかみ締める。胸倉を掴む腕に更に力を入れる、が、ゼロスは特に苦しそうでもない。
「あいつに何かしてみろ。どんな手を使っても貴様を殺してやる!」
「それこそ、望むところです。私を殺せるほどの力がほしいのなら、魔族の仲間になるしかありませんよ?」
xellos
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by絹糸様
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お役所仕事も楽じゃない
あの手この手の勧誘法
時には強行手段も使う
僕も結構つらいんです
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「貴様・…!!」
怒りで目の前が真っ白になる。今、彼を殺すことのできない自分の力がもどかしかった。人にあらざる体を手に入れても、魔王の手下の、その部下さえも倒せないことの苛立ち。
心の中で、彼を変えた人物への怒りも湧き上がってくる。
(レゾ!!こんなになっても、人間は魔族には勝てんのか?!)
「今、お仲間になってくださるんでしたら彼女は殺しませんけど・…?」
悪魔の誘惑。
断れば彼女の命なく、受け入れれば二度と会えない。
zelgadis
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by絹糸様
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二者択一は運命そのもの
思考の迷路の袋小路
二つの答えが全てとなる
ほかの道が見えなくなる
道は二つじゃないのにね
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迷いは一瞬。
願うのはただ一つ。
「俺は……」
ゼルガディスが答えを返そうとした瞬間・…
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!生ごみ魔族ぅぅぅぅ!!!!!」
空をつんざくフィリアの叫び声が響いた。女性の金切り声は耳に響くものだが、竜族のは更に特別らしい。
二人して耳がキーンと鳴ってしまった。くらくらする頭の上に、更にフィリアの声が響いてくる。
「何をやっているんですか!はっ!またヴァルを魔族にでも引き込もうなんてことを考えてるんじゃあ!!いいかげん諦めなさい。ヴァルは、今やれっきとした竜族!!生ごみ魔族ごときの、三文勧誘になんてなびきませんわ!!」
「…・・な、生ごみ」
未だ、フィリアの金切り声のショックから立ち直れないのか、ゼロスが弱々しく呟いた。
「そもそも、あなたヴァルに思いっきり嫌われているんだから、いいかげん諦めたらどうなの?!大体あなた達魔族と言うのは……」
さらに、フィリアが畳み掛けたとき、ゼルガディスの腕の中で眠っていたヴァルが目を開いた。
『!!!』
フィリアとゼロスが同時に固まった。
さっきの勢いもどこへやら、顔面蒼白で脂汗をだらだら流して、ゼルガディスの腕の中のヴァルを凝視している。
そんな様子を気がついていないようで、ヴァルは眠っていた目をこすった。
そして、ゆっくりと視線をめぐらせる。その視線が、フィリアの上を素通りし、ゼロスの上で止まった瞬間!ヴァルの顔が思いっきりゆがんだ。
目に涙が盛り上がってくる。すでに鼻を鳴らし、泣ける準備はいつでもOK!!という感じだ。
「ヴァ。ヴァル君も起きちゃったみたいですし、今日はこの辺で失礼します!!ゼルガディスさん、また会いましょう!!」
慌てて言うと、宙にかき消えた。
「お、おい!ゼロス!!」
まだ、返事をしていないのに!!
彼の消えた宙を見つめ、何度も名を呼んでみるが空しく響くだけだった。
そんな様子をフィリアとヴァルが呆然と見つめている。が、そんなことを気にかけている余裕はない。
「くそっ!」
がんっ、と机を叩く。
このままではアメリアの命が危ない。
身を焼きつくほどの焦燥感に駆られながら、頭はめまぐるしく働き出している。
アメリアを守ること。
それが第一。そうすると……
「ゼルガディスさん・…?」
ゼルガディスの、異常なあせり方を見て怪訝な表情を浮かべている。
「また会いましょうってどういうことですか?まさか、あんな生ごみ魔族と、何か契約でも結ぼうとでも?」
フィリアの顔に疑惑のまなざしが浮かんでる。ゼルガディスのあせり方を、何か別のものと重ね合わせてしまったらしい。
「まさか、そんな馬鹿なことじゃないさ」
安心させるように、そして、少々自嘲気味にゼルガディスが呟いた。
その視線が、フィリアの持っている本のうえで止まる。かなり古く、そこに書かれている文字はゼルガディスにさえ読めないほど古い。
「それは?」
「え?ああ、今調べていたんですけど。もしかしたらこれであなたがキメラにされた過程が。上手く行けば解除法も見つかるかもしれません」
「何!!どういうことだ!!」
思はぬ答えにゼルガディスが声を荒げた。
腕の中のヴァルが驚いてゼルガディスを見上げている。
そんなゼルガディスに、フィリアは満足げに微笑むとゆっくりといすに腰掛けた。
そしてぬるくなったお茶を入れなおすと、一口すする。
「はぁ。叫んだ後のお茶はおいしいですわね」
その、のんびりした様子に、今度はゼルガディスがいらいらと声をかける。
「フィリア。今俺はそんな悠長な気分じゃないんだ。さっさと説明してくれないか」
「まぁ。落ち着いて座ってください。チョット長くなりそうですから」
座るまで、話すつもりはないらしい。
仕方なく、腰を下ろすと半眼になってフィリアを睨み付ける。
「座ったぞ。話せ」
「そんな睨まなくても。どうしてアメリアさん、こんな短気な人がいいのかしら?」
「ふぃぃぃぃぃりぃぃぃあぁぁぁ」
「はいっ!ごめんなさい!しゃべりますぅぅぅ!」
我慢の限界が近いらしいゼルガディスの気迫に、やや逃げ腰になりつつ、目の前の本について語り出した。
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