贖罪の時 序章6
旅立ち
「この本は降魔戦争以前に書かれたものなんですが、この頃、竜族はある研究をしていました」
「ある研究?」
こくりと、フィリアが頷く。
「魔族の本体が精神世界にあることはご存知ですよね」
「ああ、高位の者になるほどあっちから来るのは容易らしいな」
「そうです。そして、その精神世界にある本体を攻撃するためには、こちらにきている分身を、ちまちま攻撃しなくてはなりません。そこで、竜族は考えました。"もし、その精神世界に自由に行き来できるようになれば。そして、本体に直接攻撃できるようになれば"と。理由は単純ですが、これにより研究が進められました。精神世界に関するあらゆる研究が」
「・・…しかし、失敗した」
「そうです。成功していれば今ごろ魔族なんていませんから。しかし、その研究は思わぬ成果をあげたんです」
「思わぬ成果?」
怪訝に問い返すゼルガディスに、フィリアはゆっくりと頷いた。
「それは、魂に関係することです」
「魂・…」
「そうです。この本によると過去に亡くなった者の魂を呼び出し、会話することが可能になったと言うんです」
「なるほど。それで、レゾを呼び出し、俺の体を変えた方法を、あわよくばその解除法を聞き出そうと言うのか」
フィリアが頷いた。
(しかし、あのレゾが素直に教えるだろうか?性格の悪さは超一級品だったからなぁ)
ぼんやりと、昔レゾと過ごしていた頃のことを思い出していると、フィリアの困ったような声が聞こえてきた。
「それで、ちょっと困ったことがあるんですが・・…」
「困ったこと?」
問い返すと、フィリアが困ったように頷いた。
「ええ、一つは呼び出すものに連なる血縁者の血が少々必要なんですが、彼の血縁者がどこにいるのか分からなくて…」
「俺がいる」
「え?」
首をかしげるフィリアに、ゼルガディスは薄く笑った。
「調べられなかったのか?俺はレゾの子孫だよ」
「……えええぇぇぇぇぇぇ!!そうだったんですか!」
身をのけぞらせつつ驚いている。
ここまで大きく驚かれると、かえって面白いな、と思いつつ、再び頷いて見せる。しばらく、何やらぶつぶつ言っていたが、納得したのか、同意のしるしに頷いて見せた。
「もう一つあるんですが・……」
「なんだ?」
そういうと、フィリアはしばらく黙り込んでしまった。
こちらの顔色をうかがうように、ちらちらと見る。
「言え」
ことさら冷たく言うと、フィリアが溜め息をついて口を開いた。
「そのぅ。これに載っている地図が古すぎて、位置を特定できないんです。私の知識ではちょっと分かりかねるんです」
申し訳なさそうに言うと、目の前の本を開いて、地図の乗っているページを示す。
確かに、現在の地図とは違う。おそらく、降魔戦争の影響で地形が変わったり、結界内、外の変化の度合いが違ったりしたためだろう。今の地図とはかなり違うが、資料があれば自分でもわかるだろうと思った。
「大丈夫だ。これくらいなら自分で調べられる」
「ええ!!分かるんですか!!じゃぁ、早速……」
資料を探しに行きましょう!と言いかけるのを、ゼルガディスが手で押しとどめた。
「いや、いい。急な用ができたんで、調査は後回しにする」
その意外な言葉にフィリアが目を見張った。
彼の目的は、何事にも優先されることだったはずではなかったのか?
それを後回しにする用とは、一体?
瞳だけで問い掛けると、ゼルガディスが、ゆっくりと空を見上げた。
「セイルーンに行く」
「何かあったんですか?」
脳裏によみがえるのは、ゼロスの言葉。
『また会いましょう』
背筋に冷水を流されたような悪寒が走る。
zelgadis
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by絹糸様
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希望のはずの言葉は今は心に入らない
頭と心に響くのは
不穏な響きの闇の声
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「……アメリアが危ない」
呟かれた言葉は、鉛のように彼女の心を重くした。
「一体何があったんですか?ゼルガディスさん」
もくもくと旅装を整えているゼルガディスに、フィリアが問いかけた。横で、ヴァルが名残惜しそうな顔をしてゼルガディスを見つめている。
そんな二人に、目もむけず返事を返す。
「ゼロスがアメリアを狙っている」
「どうしてですか?!」
「わけは言えん」
そっけなく答えながら、あまり多くない荷物を担いだ。
ここからだと、セイルーンまでは半月近くかかるかもしれない。そう思いながら立ちあがる。
「そんな!せめて理由くらいは…!!」
今のも出て行きそうなゼルガディスのマントを掴む。何せ、フィリアは竜族だ。ゼルガディスの力では引き剥がせない。
「離してくれないか?フィリア。本当に時間がないんだ」
不機嫌な顔を隠そうともせずに、フィリアをにらみつける。かなり、本気でいらだっているようだ。
「一人で行くつもりですか?」
「ああ、これは俺の問題だ」
冷めた口調で言いきると、フィリアの手が弛んだ隙にマントを奪い返す。
そしてそのまま玄関をでようとしたとき、
「待ってください!!私もいきます!!」
決意を秘めたフィリアの声が響いた。驚いて振り返ると、興奮のため尻尾を出してしまっているフィリアが、目を輝かせている。
「何をいっているんだ。今回の相手はゼロスなんだぞ?竜族が束になってもかなわなかった、獣神官なんだ。おまえはおとなしくここにいろ!」
ちらりと彼女の横に目をやる。ヴァルが驚いたようにフィリアを見上げている。
「おまえには守るものがいる。無茶をするべきじゃない」
フィリアが、ヴァルを見下ろす。その瞳に迷いの色があらわれる。
しかし、次の瞬間にはもう一度、ゼルガディスを正面から見つめた。
「私は神に仕えるもの。生きとし生ける者を守ると言う使命があります。それに・…」
「それに?」
「あなた達から教わりました。仲間を守るという事の大切さを・…。だから、止めたって無駄です。私、もう決めちゃいましたから!」
firia
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by絹糸様
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知らないところで
全てが始まり終わっている
あんな思いは
もうたくさん
何も教えてくれないなら
私が自分で知りに行きます
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「しかし…・」
何とか説得しようと、口を開きかけたときには、すでに彼女は行動を開始していた。
隣にある店の方に駆け込んで行ってしまったのだ。
「グラボスさーん。ジラスさーん。私しばらく出かけてきますから店番よろしくお願いしますねぇ」
『え!お出かけですか、姐さん!!』
「……何でそんなにうれしそうに言うんですか?」
「いいえ!!そんなことないっす!なぁ、ジラス!!」
「へい!別に姉さんがいないと、いつでもサボれるなぁなんて思ってやいません!!」
「へぇ?まぁ、いいでしょう。私が帰ってくるまでしっかりやっておいてくださいよ。……もし、何か問題を起こしたら、そのときの覚悟はしておいてくださいね(はぁと)」
『へい!!』
とか言うやり取りが、扉越しに聞こえてくる。何とかこの隙に出て行こうと、玄関に手をかけた瞬間。足が動かなくなった。
下を見ると、ヴァルが両足にしがみついている。ゼルガディスと目が合うと、にっこりと笑った。
「竜族の、無言の連携プレイか……」
その笑顔を、悪魔の笑みだ、と思いながら、ゼルガディスが呟いた。
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