贖罪の時(3) 回-1
血色

dream
by絹糸様 
現在・過去・未来・幻想
全てを映し出す 色のない硝子
この世ならざる世界の扉
それが 夢の本質  

    



 はじめて人を殺したのは、13の時だった。

 月の明るい夜だった。
 自分の故郷の隣国にある、深い森の中。
 そこにある、小さな泉の涌き出ている、小さな広場のような場所。
 そこは、裏世界に生きるもの達の会合の場所であった。
 今日、彼はある人物に会うためにここに来ていた。
 あの日以来、ずっと捜し求めてきた、ある男。


 目を閉じて、思い出すのは彼が7歳の頃の、深紅の思い出。
 あの日は、その土地で祭られている神の誕生祭だとかで、親戚が一堂に会していた。
 様々な料理と、にぎやかな音楽。
 騒がしい子供たちの声と、緩やかな大人達の談笑。
 誕生祭の意味は、良くわからなかったが、楽しみではあった。
 仲の良い、近所の子供やいとこ達と、夜遅くまで遊んでも怒られない。
 その日に、あれは起こった。

 そのとき、彼は両親の所に向かっていた。
 特に仲の良かった二人の年下の子供を引き連れて。
 二人の手を引いて、両親に駆け寄ったとき、いきなり二人が倒れこんだ。
 両手で胸をかきむしる。
 赤い、赤い血が、口から溢れ出す。
 苦しみに、とめどなく涙を流しながら彼らは自分を抱きしめた。
 両親の吐いた血が、彼の服を深紅に染める。
 驚愕に、そして恐怖に、心が悲鳴を上げていた。
 彼の目の前で、両親の息が浅く、そして短くなっていく。
 彼らは、最後の力を振り絞って、一言だけ残した。
「愛している」と。
 訳がわからなかった。

 何故、彼らはこんなに血を吐いているんだろう?
 何故、自分を抱きしめたまま目を閉じてしまうのだろう?
 何故、苦しんでいたのだろう?
 何故、こんなに冷たくなっていくのだろう?
 何故・・…。誰も答えてはくれない。

 彼らを取り囲んで、ただ眺めているだけ。
 その瞳の中に、一つだけ違う感情の瞳を見つけた。
 それゆえに、彼は7歳でありながら事実の一端をつかんだ。
 けれど、それを実証するものも、手段も彼には無かった。
 彼は、今は両親を無くした、哀れなるただの子供になったから。
 けれど、心は決まっていた。
 それを成す為に…。
 呆然と、その冷たくなっていく体を抱きとめながら、ゆっくりと、自分の感情が凍っていくのを感じていた・・。

 
 かさり、と茂みをかき分ける音に目を開ける。
 目の前に、中年の薄汚れた男が立っていた。
 目だけが異様に輝いている。
 男が、彼の前に立った。値踏みするように、彼を観察する。
「やれやれ、今回の依頼人がこんなガキとはね。毒ガラスも落ちたもんだ」
 大きく息をついて、肩をすくめた。耳障りなかすれ声を聞きながら、彼は心が踊るのを感じていた。
「まぁ、いい。坊主、依頼の内容は?」
 問う声に、にやりと口元が歪む。
「坊主?」
「依頼は・・…。あんたの命」
 スラリ、と腰にさしてあった剣を抜いた。刀身が泉の光に反射して、冷たく輝く。
 その不気味な輝きに毒ガラスが一歩、退きかけた。しかし、それを持っているのが子供とあって、鼻で笑いながら、逆に一歩踏み出した。
「お前みたいな子供が何を言っている。さぁ、早くそれをよこすんだ」
「断る」
 ぎゅっと、柄を握り締め、毒ガラスに向かって構える。その構えに、冷酷な殺気が溢れ出すのを感じて、今度こそ男は顔色を変えた。
 そして、腰にあった短剣を抜き放つ。飾り気の無い、けれど何人もの血を吸ったであろう、短剣だ。
その切っ先を油断無く彼に向けながら、男が尋ねてくる。
「坊主。殺す前に聞いておこう。目的は何だったんだ?」
 過去形で聞いてくる、相手の愚かしさについ、口元が弛む。
 その様子を、恐怖から、ととったのか、男はさして気にした風も無く横に移動する。
「どうして俺を狙ったのか、知らないが、自分の腕を過信し過ぎだったな」
 自身たっぷりの態度に、つい喉をならして笑ってしまう。怪訝そうな男に、大きなヒントを与えてやろう、と思った。
「…・分からない?では、この名は覚えているか?………グレイワーズ」
「……!!あの時のガキか!!ちっ、一緒に殺しておけば・・!!」
 よかった、と最後までいう事はできなかった。
 予想よりも遥かに速いスピードで、彼が踏み込んできたからだ。
 強烈な斬げきを紙一重ではじき返す!が、返す刃でその短剣を弾き飛ばされてしまった。
 勢い良く、その場に転倒する。
「くぅ!!」
 跳ね起きようとして、それは叶わなかった。目の前に鈍い光を放つ切っ先が突きつけられていたからだ。
 その、恐怖に歪んだ顔がおかしくて、つい笑ってしまう。
 何を勘違いしたのか、男がつられて笑顔を作った。
「な、なぁ、坊主。お遊びはここまでにしようぜ。ほ、本当の依頼は何なんだよ?」
「……6年前の事件の首謀者」
「あ、ああ…・。教えてやる、教えてやるから、これをどけてくれないか?」
 切っ先を凝視しながら、震える声で懇願してきた。すいと、剣を横に下ろす。
 男がほっとしたように胸をなでおろした。
「ふぅ。冗談きついぜ、坊主。さて、事件の首謀者だったな。本当は極秘なんだが、自分の命には代えられんからな。6年前の首謀者は―――」
 その答えに彼は、再び口元を歪ませた。

 予想通りの答えだったのだ。おかしくて、笑いが止まらない。ついでに、涙まであふれてくる。口元を押さえて、収まらない笑いの衝動に身を任せる。
 その様子に、安心したのか、男がゆっくりと立ちあがった。
「さてと、依頼は終了だな。俺はこれで帰らせて、もら・・う…・ぜ?」
 男が、自分の胸元を凝視している。否、自分の胸につきたてられている白刃の刃に、だ。
 彼が、男が立ちあがったのと同時に貫いたのだ。
 ごぼっ、と赤黒い血を吐いた。ずるり、と剣が引きぬかれる。男のからだが、支えを無くして大きく傾いだ。
「な…ぜ・…だ・…?」
 血にぬれた手を彼のほほに沿わせて、すがるように男が呟いて、そして倒れた。
 ゆっくりと、死が彼を包んでいく。瞳が、徐々に光を失っていく。
 そんな男の胸の傷を、靴で踏みにじりながら彼は囁いた。
「最初に言っただろう?俺の依頼は、貴様の命だ、と」
 その声が聞こえたのか、確認することはできなかった。
 男は、ひときわ大量の血を吐くと、そのまま動かなくなったからだ。
  
        

 その様子を確認して、彼は剣を鞘に戻した。そして、ゆっくりと泉に向かう。
 泉には、その左ほほに血の模様をつけた、端正な顔をした少年が映る。
 まだ、あどけなさを残した、けれどその瞳は子供というには冷めすぎている。
 泉の水をすくい、一口すする。途端に、異常なほどののどの渇きを覚えて、顔を泉に突っ込んで、むさぼるように水を飲んだ。
 顔を上げたとき、水とは違う水分が頬を伝うのを感じた。そっと、それをぬぐって、苦笑する。
感情なんて、あの時に捨てたはずだったのに。まだ、流せる涙があったなんて・・。

zelgadis
by絹糸様
彼が声を上げて笑ったのは その名前を聞いたから
彼が涙を流したのは その正体を知ったから
凍った心に狂気が灯る
今 少年は
修羅の道を歩み始める 


  
 そう思って、もう一度水を飲もうと身をかがめたとき、唐突に後ろから声がかかった。
「いけませんね。人を殺したあとに、その傍でのんびりとしていては」
 軽い叱責を含んだ声は、彼の最も信頼する人のものだった。
「レゾ様!」
 振りかえり、その傍に駆け寄った。レゾが、優しく微笑みながらその頭をなでる。
「復讐は果たせたようですね」
 汚らわしいものを見るように、死体のほうに顔を向ける。その目は見えないのだけれど、血のにおいで分かるのだろう。
「私の直系に手を出して、無事でいられるなどと、馬鹿な男ですね」
 冷たく言いきると、その手のひらに魔力で生み出された火球が現れる。
「骨のかけらまでも焼き尽くせ。ファイヤーボール」
 レゾの手を離れた火球は、男の体を包むと、瞬く間にすべてを焼き尽くした。
「レゾ様、まだ終わってません。首謀者がはっきりしました」
 その昔、バラのようだと思ったマントの端をつかみながら、彼はレゾを見上げた。
 ゆっくりと、レゾがうなずく。
「分かっています、ゼルガディス。しかし、今はまだそのときでは無い。彼が、何か決定的な失敗をするのを待つのです。そのときこそ、彼にとっての生き地獄を見せてやりましょ
う」
 そう囁いたレゾの顔に、彼は一瞬だけ悪寒を覚えた。残酷な愉悦の表情を漲らせて、彼はゆっくりと身を翻した。
 彼の異名の元である赤い法衣が風にゆれる。
 いつの頃からだろう。その法衣の色を、バラではなく血の色だ、と感じるようになったの
は。



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