贖罪の時(3) 回-3
初見
一人目
「初めまして、アメリア姫。私と一緒に正義について語りませんか?」
「では、ヒロイックサーガ列伝、13巻の第8章についてどう思いますか?」
「………………分かりません(泣)」
二人目
「やぁ、アメリア姫!僕と一緒にセイルーンの歴史を創ってみませんか?至上最強の仲良し夫婦として」
「あそこにいるリナさんを倒せたら、考えます」
「…・・ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
三人目
「アメリア・…。俺と一緒に夜明けの太陽を見に行かないかい?」
「朝は苦手なんです」
「…・・いや、そうじゃなくて・・…」
「?…・どういうことですか?」
「ふっ。君には早すぎたようだね(涙)」
四人目……
五人目……
…………・
"大見合いパーティ"2日目。
アメリアは、昨日の騒ぎで声をかけそこなった貴公子達に、次から次へと声をかけられていた。
なんだか良く分からない台詞で彼女の気を引こうというもの。
感情など欠片もこもっていない告白をするもの。
彼女の好きなものを調べて、そこに話題を絞ろうとするもの。
誰も彼もが自分を偽って話しかけてくる。
うんざりと、気付かれないようにため息を漏らした。分かっていたこととはいえ、こうもあからさまに"セイルーン第二王女"として口説かれるのは、はっきりいって辛い。
あふれる美辞麗句は王女のため。
誰も、彼女は見ていない。彼女の後ろにあるセイルーンだけを見つめている。
(そういえば、偽者さんは素で話してたなぁ。特にリナさんたちについて)
今日会って、リナ達を紹介すると告げたときの、彼の顔が脳裏によみがえる。
瞳を大きく見開いて、そして、後ろに現れたリナとガウリィを見つけて……。子供のように歓声を上げた。
その様子が新鮮で、この憂鬱なパーティの中で、唯一、本当に笑顔がでる。
くすり、と笑いがこぼれた。そして、その視線を横にすべらせる。
視線の先には、リナとガウリィを紹介されて夢見るような瞳で二人と話している"ゼルガディス"がいた。
「は、はじめま、まして!!お二人の噂はかねがねお聞きしていました!うわぁ、本物だぁ!!あ、あの!握手してくださいませんか!!!」
初めて会ったときの第一声が、それだった。
あまりにも、突拍子の無い台詞に、リナが思わずよろめいた。ガウリィまでもがぽかん、としている。
「なぁ、えっと、グレイワーズ、だっけ?なんで、俺達のファンなわけ?」
珍しく、戸惑ったようにガウリィが尋ねた。
「なんで?て。お二人は強いですし、自分の意思がとてもお強くて、それに、とても自由で。私の憧れなんです!何にも縛られず、自由に世界を旅する、お二人が・…。そ、そりゃ、いろんな噂を耳にしますが、その全てが悪いこととは私には思えないんです。一方的に攻撃するときもありますけど、大きな事件の時には、必ず何か裏があって…・」
「ちょ、ちょっとまってよ」
アメリアが、彼を悪だと思いたくない、と感じた意味がわかった。彼は純粋過ぎるのだ。
では、何故そんな純粋な人間が、他人の名を語り、セイルーンに忍び込むなどと言う危険を犯したのだろう。
ただ、じっと立っていれば、そこいらへんにいる貴族のお坊ちゃんにしか見えないのに・…。
思わず、そのぼんやりした顔を見つめてしまった。ガウリィがリナの横に立って、同じような瞳で"ゼルガディス"を見つめている。
そのとき、彼らの横合いから唐突に声がかけられた。
「何をやっているんだ!お前が相手にするのは、そんな貧乳の小娘じゃないだろう!!」
その声と内容に、リナの片眉がぴくんとはねた。頬が目に見えて引きつる。
その様子に、ガウリィと"ゼルガディス"が、数歩下がった。前者は長年の経験から、そして後者はその追っかけ精神ゆえに、そのリナの様子が危険なことを悟った。
「ゼルガディス!!早くアメリア王女の所にでも行かんか!」
そんな二人の様子にまったく頓着せずに、"ゼルガディス"に詰め寄った。
「……お、叔父さん。その前に、リナさんに謝ったほうが・…」
迫ってくる顔を、両手で押さえるようにして、彼はリナのほうを顎でさした。
その先には、怒りで全身を小刻みに震わせ、両拳を握り締めて、必死で怒りを押さえているリナがいた。
「何じゃ、この頭の軽そうな小娘と男は。どこぞの者の護衛か何かか?」
ぶち!!
リナが、ジャベルの前に、ずいっと身を乗り出した。
怒りで、目が据わっている。
「あ〜ら、あなたの方こそ、どこの樽のお化けなのかしら?最近の樽は変わってるわねぇ。服着て、おまけに喋ってるんだから」
ぴき!!
「ふん。口の悪い小娘じゃな。どうせ、口にばかり栄養がいって、重要な所までまわらんかったんじゃろ」
「ふ・・ふん。そっちは頭に栄養がいかずに、体についてるようじゃない?」
「他人を非難するのは一丁前か?体の方は子供サイズのくせに」
「体だけ、牛サイズよりましだわ」
「牛の方が、まだ、もめるだけましじゃ」
「………・おやじな発言」
びきびきびきびき!!!!
目に見えない火花が両者の間に飛び散っている。
その様子を横目に見ながら、ガウリィと"ゼルガディス"が顔を見合わせている。
「ど、どうしたらいいんでしょう?ガウリィさん」
「う〜ん…。俺に聞かれてもなぁ」
困ったような顔で、再び睨み合っている二人に目を向けた。
(こういう時はゼルとアメリアが何とかしてくれてたんだがなぁ・…)
しかし、今彼らはここにいない。一人は貴公子達に囲まれて身動きが取れなくなっているし、もう一人にいたっては、どこで何をしているのかさえ見当がつかない。
仕方なく、二人の間にわって入った。
「ちょっと!ガウリィ!!そこどいてよ!!このくそジジィに一泡吹かせちゃる!!」
「…・・今度騒ぎを起こしたら、絶対強制退場(ぼそぼそ)」
「うっ!!」
耳元で囁かれた言葉に、リナが言葉を詰まらせた。さすがに、こんなおっさんのためにご馳走を見逃す気にはなれない。
全身を小刻みに震わせながら、ぐっとこらえる。
その様子を、面白そうに眺めていたジャベルだが、目の前に立った"ゼルガディス"の台詞にあからさまに顔色を変えた。
すなわち、この二人は"あの"リナ=インバースとガウリィ=ガブリエフであるという事に。
ジャベルが呼吸するのを忘れたように、数回口をパクパクさせると、見苦しい顔がさらに見苦しくなった。
「で、では、あの、どらまたで魔王の分身の一人で魔王の便所のふたと呼ばれる・…」
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!それはもういい!!」
リナの叫び声に中断されたので、顔をしかめて口を閉ざした。そして、しばらくの間ぶつぶつと独り言を呟いて、何かを考えていたようだった。が、唐突ににっこりと笑顔を作った。
その不気味な笑顔に、その場にいた者全員が二歩下がった。しかし、ジャベルはそんなことなど気にせずに、二人に向かって一礼をした。
「こんな所で、あなた達のような有名人に会えるとは思ってもおりませんでした。光栄です。私はル・アース公国補佐役ジャベル・グレイワーズと申します」
その、あまりの態度の違いに、二人がぽかんと口を開けた。丁寧な物腰、笑顔は不気味だが喋り方もまったく違う。
「いやはや、そのようにご高名なら早くおっしゃって下されば良かったのに。お二人も人が悪くていらっしゃる」
がっはっはっはっは、と大口を開けて笑う。その耳障りな笑い声に、リナは思わず片耳を押さえてしまった。
そんなリナの様子などまったく気にも止めないで、ジャベルはとうとうと喋りつづけていた。
国のこと。最近の貿易のこと。それにまつわる不満。
誰も聞いてもいないのに、国のことを喋りつづけている。
口を挟む余裕さえ無い。というよりも、隙を見せないようにしているのでは無いか、と思った。
何とか、口を挟む隙をリナが狙っていると、どこからかジャベルを呼ぶ声が聞こえた。会場の方から、どこかの外交官が手を振っている
「おお、わしのことを呼んでおるようですな!それではこれで失礼します」
やっと開放される…。
そう思って、リナ達が息をついた瞬間。会場に向かって歩いていたジャベルが振りかえった。
「そうそう、お二方」
「な、なによ」
気を抜いた瞬間に声をかけられたので、ちょっと声が上ずってしまった。
「ゼルガディスのことはどう思われます?」
「は?まぁ、普通の子です」
「それだけですか?」
何かを含んだような瞳。それが気に入らない。
だから、つい、本音が出そうになる。
−ええ、私の知っているゼルガディスとは大きく違って、目を見張る思いだ―と。
その言葉を、のどの手前に押し込めて、代わりににやりと笑って見せる。
「ええ。あなたに似ていなくて、本当に良かったわね」
リナの皮肉に、ジャベルはもっともだ、とうなずいて、会場へと消えていった。その顔に、満足げな笑みを浮かべて・・……。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!何よ!!何なのよ!!あのくそじじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
ジャベルが完全に視界から外れた後、リナはその場で思いっきり地団太を踏んだ。
何せ、言いたいこともいえないまま我慢していたので、いらいらいらいらするのだ。
「誰が貧乳よ!自分はでっかい樽のくせにぃ!!!」
「どうどう、おい、リナ。グレイワーズが引いてるぞ」
ぽんぽんと、頭を軽く叩くガウリィが気に入らなかったが、確かに"ゼルガディス"が青ざめた表情で俯いている。
「すみません。リナさん、ガウリィさん。叔父が大変無礼なことを…」
泣き出しそうな声で、それだけをいうと俯いてしまった。その様子に、なんだか悪い事をしたような気分になった。
「…・・いいわよ、あんたがあやまんなくても。私も大人気無いかなぁ、てちょっと思うしぃ」
「……ちょっとなのか?」
「うるさいわね!!!」
すぱしぃぃぃぃぃぃぃん!!
ぼそっと呟いたガウリィに、きっちりハリセンで突っ込んでから、"ゼルガディス"に向き合った。
「ああ!もう、あんたもそれぐらいで落ち込まない!!いちいち気にしていたんじゃ、体が持たないでしょうが!!もっと、前を向いて歩きなさい!!!」
「リナは、気にした方が良いんじゃ……ぶべ!!」
倒れていたガウリィが、顔を持ち上げて呟いた。が、それを最後まで言いきることは叶わなかった。リナが、持ち上がったガウリィの顔を上から踏みつけたからだ。
ガウリィの頭を、丹念に踏みつけながら、器用に顔だけはにっこりさせた。
「とにかく!別にあんたのことを怒ってるんじゃないんだから、堂々としていなさい!!!」
「・………はい!」
苦い笑みを貼り付けながら、それでもさっきよりは明るくなった顔で頷いた。
パーティの夜はふけていく………。
「なぁ、リナ。やっぱり、やばくないか?」
「なにがよ」
パーティは予定通り、真夜中に終了した。現在、出席している貴族たちは、いくつかの迎賓館にわかれて宿泊している。
セイルーンにある迎賓館の一角を、リナとガウリィは歩いていた。二人とも、既にいつも通りの格好に戻っている。なぜか、ガウリィはでっかい袋を下げている。
なんだか不機嫌そうなその顔を、リナが下からぎろり、とにらみつける。
「いやな、確かにあのおっさんが気に食わない、てのはわかるぞ。しかしなぁ…・・」
「うるさいわね!ここまで来てから、うだうだ言わない!!絶対に、あのおっさんが怪しいんだから、情報を集めるしかないでしょ!!」
二日目のパーティが終わった後、リナが達した結論は、以前アメリアが出したものとあまり変わらなかった。
すなわち、偽者よりもあの"ジャベル・グレイワーズ"が異常に怪しい、ということだ。
根拠を挙げてみろ、とガウリィに言われてあげた根拠は、曰く。
「その1・偽者が、彼に対して不信を持っている。これは互いの協力関係ではなく、脅し、もしくは強要によって手伝わせている可能性が高いから。
その2・"ジャベル"の外交面での能力は二束三文の芝居ではなく、幼いころから仕込まれてきたも のだ。つまり、このパーティに出席するための家柄を持っていると思われる。
その3・似合ってはいないが、彼の身につけている貴金属や、装飾品の数々は間違い無く本物である。ゆえに、その財力も相当なものである。」
ということらしい。確かに、それだけで十分に怪しいのだが、多分に個人的感情が含まれているのは否定できない。
その証拠に、この後約一時間ほど、アメリアと"ジャベル・グレイワーズの嫌な所"について、白熱した論述を繰り広げていた。
女性のこういう、陰口の嵐は男のガウリィにとってはうんざりするものだったが、いつも通り途中で寝てしまったので、あまり関係無いだろう。
しかし、その後リナに蹴り起こされ、聞いた言葉が、
「さぁ、ガウリィ!情報収集に行くわよ!!」
である。なんだか知らない間に、大きな荷物を担がされ、アメリアから教えてもらったというル・アース一行が泊まっている部屋に向かっているのだ。
ちなみに、アメリアは
「こんな時間に、私が他人の部屋になんか行くと、痛くも無いお腹をつつかれそうですから、遠慮します」
ということで、部屋で休んでいる。
「でもなぁ…・・」
ちらり、と担いでいる袋に視線を向ける。歩くたびにガチャガチャとガラスの触れ合う音がしていた。
そんなこんなで、歩いているうちに、扉の前についてしまった。
「さ!行くわよ、ガウリィ!!」
なぜか明るい声を出し、扉に手をかけるリナを見て、ガウリィはため息をついた。
長年の経験が告げている。こんなに楽しそうなリナは、誰にも止められまい、と。
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