贖罪の時(2) 騒-1




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by絹糸様 
本日の天気
晴れ 時々 咆吼。
所によって黄金竜が降るでしょう。
皆様、壺や鈍器の類をお忘れなく 

    


 頬を切る風が冷たい。眼下には、永遠に続くかと思われるような海が広がっている。青く、澄んだ命の源。
 空が近い。下に流れていく雲が、この空の高さを物語っている。
 竜の姿に戻ったフィリアがゼルガディスとヴァルを乗せて飛んでいるのだ。
 フィリアは、ちらりと背中を振り返った。
 彼女の髪に固定されたヴァルがゼルガディスに寄り添うような形で眠っている。さっきまで、空を飛ぶ、と言うことに興奮して騒ぎすぎたためだろう。
 ゼルガディスは、フィリアが見つけた本を真剣に見ている。しかし、あの本は竜族の文字で書かれているから、彼には読めないだろう。恐らく、地図でも見て位置の見当をつけているのではないだろうか。しかし、その落ち着いた様子が、フィリアには気になった。
 アメリアの命が狙われていると、知ったときのあのあせりようはなんだったのか。
「ゼルガディスさん。何でそんなに落ち着いているんですか?」
「そう、見えるか?」
 本から視線を上げもせずに答えた。特に表情は変わっていないし、声も落ち着いている。
「とっても、そう見えます」
「俺がセイルーンにつくまで、アメリアは無事だからな」
「……………・ええええええええええええええええ!!!!」
 空をつんざくフィリアの叫び。この間のより大きかったかもしれない。
 しかし、ヴァルは目を覚ます気配もない。
 ゼルガディスはそのエルフのような耳から耳栓をとると、皮袋にしまった。どうやら、ヴァルにも耳栓を施しているらしい。
「ど、どうしてそんなこと知ってるんですか!!?」
 動揺で声が震えている。が、さっきよりもいくらかは静かだ。
 ゼルガディスは見ていた本を閉じると、それも落とさないようにしっかりと腰に結びつけた。
「ゼロスの目的は俺だからな。俺の目の前でアメリアを殺そうとでも思っているはずだ」
 淡々とした口調で、呟いた。
「だから、俺がそこにつくのを待っているんだろうな」
「じゃ、じゃぁ。どうしてあの時あんなにあせっていたんですか?なんだか一刻の猶予も無いみたいなこと言ってませんでした?」
 不信に目を据わらせてゼルガディスを睨みつけた。
 しかし、ゼルガディスはそんなフィリアの視線を受け流すと、さらりと答えた。
「2週間以内にセイルーンにつけなかった場合、ゼロスがアメリアを俺の前までつれてきて殺す可能性が強かったからな」
「え!じゃぁ、結構余裕あるんですか?」
「今のところな」
 平然と答えた。
………………ぷち!
「じゃあ、何で移動の半分は飛ばなきゃいけないんです!!飛ぶのって結構体力使うんですよ!!それなら、下を歩いても一緒じゃないですかぁ!!!!!!」
 目に涙をためながらフィリアが叫んだ。
 移動すること3日目。これまで、日中の半分はフィリアが飛んでいた。下に降りれば、彼女は体力のほとんどを使っているのでそのまま宿へ。と言う感じだった。そのおかげで、ゼルガディスが考えていたのよりも二倍のスピードで移動できている。
 そのかわり、働いているのもフィリア一人だけだった。
 今までの苦労と、疲労は一体なんだったのか。悲しくてむかついてくる。
「一体あなたは私のことなんだと思ってるんですか!!!」
「・・…便利な乗り物(ぼそ)」
 がくんっと、高度が一気に落ちた。フィリアの目が死んじゃっている。
「………じょ、冗談だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 急激な高度低下に、必死でフィリアにしがみつきながらゼルガディスが叫んだ。
 その言葉に、フィリアの目に生気が戻った。何とか体勢を立て直すと、再びゆっくりと上昇する。
 先程まで飛んでいた高度に戻ると、フィリアとゼルガディスは大きく息を吐いた。二人とも目にはすでに涙がたまっている。
「こんな時に、妙な冗談言わないでください!」
「悪かった」
 肩で息をしているゼルガディスが素直に謝った。空の上では彼女に逆らわないほうがいい。
 ゆっくりと呼吸を整えると、今の騒ぎでも目を覚まさないヴァルの髪をそっとなでる。
「フィリアには感謝しているさ。おかげで、予定以内に行けるかどうかの博打をしなくて済んだんだからな」
「博打?」
 首をめぐらせてゼルガディスを見てみる。ヴァルの髪をなでながら妙にぼんやりとした目をしている。
 なんだか、自殺を覚悟した人みたいだ、と思って、ぶるぶると首を振る。
(彼には生きる目的があるんだから、そんなこと有るはず無いわよね)
 しかし、巫女の予感が告げている。彼は何かをするつもりだと。
 そんな物思いを立ちきるかのような、静かなゼルガディスの声が聞こえてきた。
「セイルーンは白魔法国家だ。あの国自体が一つの結界になっている。あそこなら、魔族の力は半減する。そこなら、まだ望みはあるかもしれん」
 ほら、彼は諦めてなんかいない。
 その思いに安心する。同意のしるしに頷いて見せると、彼は安心したように微笑み小さくあくびをした。このところ、寝不足らしい。
「悪いがちょっと眠らせてもらうぞ」
 そういうと、ヴァルと同じように体を固定すると、小さく寝息を立て始めた。
 その様子にフィリアが小さく笑った。
「ゼルガディスさんって、寝顔がかわいい」
 視線の先には、ヴァルと一緒に丸くなっているゼルガディスの子供のような寝顔があった。


 最近、眠ると夢を見る。
 遠い、昔の夢。
 いつの頃か覚えていない。
 まだ、両親が生きていた頃の夢。
 世界のすべてが新鮮で、そのすべてがなぞに包まれていた時代。
 彼は、その夢の中で過去を思い出す。

 ざわざわと、大人たちが騒いでいる。
 家で一番大きな部屋を使って、パーティが行われているのだ。
 今日は自分の誕生日。確か、4歳になるはずだ。
 しかし、大人たちの興味は主役であるはずの彼には無く、今日来るはずのある人物にあるらしい。
 父も、母も、その人を歓迎するために忙しい。
 彼には面白くない。
 今日は、彼が主役のはずなのに。
 ふてくされたまま、ぶらぶらと中庭に出る。
 一面の赤いバラが、夕闇に染め上げられて、いっそう妖しく輝いている。
 その、バラの放つ香気にやや酔いながらてくてくと歩いていく。
 目的は無かった。
 ただ、自分を無視する大人たちに中にいづらかったのだ。
 しばらく、ぼんやりとそのバラを眺めていた。
 ふっと、気がつくと、傍に誰かが立っていた。
 赤い色の服が目に飛び込んできた。
 バラの色だ、と彼は思った。
 ゆっくりと視線を上げると、そこには穏やかな微笑を保った、二十代半ば頃の青年が立っていた。
 その瞳は硬く閉じられたまま、けれど顔は彼のほうに向いている。

        

 彼を見たとき、少年はなぜだか分からない親近感が沸くのを感じた。
 だから、青年が家へと向かおうとしたとき、思わずそのマントの端を掴んだ。
 青年が、驚いたように振り返る。
 自分に関心をもってくれたことが嬉しくて、にっこりと微笑みかける。
 青年が、静かに彼を抱き上げた。
 青年の顔が近くにある。
 嬉しくて、その首にしがみついた。
 一瞬、彼の表情が凍りついた。
 その全身が硬直する、が次の瞬間にはもとのやわらかな物腰に戻った。
 遠くのほうで、彼らに気づいた大人たちが何かを言っているのが聞こえる。
 恐れ多い? やはり身内? 信じられない?
 よく分からない。
 怪訝な顔を青年に向けると、青年は彼を安心させるように微笑んだ。
 そして、周囲に群がってきた大人たちに言ったのだ。
「はじめまして。この子の曽祖父にあたるレゾです」
 ざわめきが遠くに広がる。
 彼は、自分の曽祖父?と言う人物を見つめた。
 やっぱり、よく分からない。
 けれど、その名は耳に残った。
「れ・・ぞ・・?」
 それが、初めての出会いだった。

 ずきんっ!どこかが痛む。
 心かもしれない。
 ただ純粋にレゾを慕っていたあの時代。無垢であり、幸せだった遠い昔。
 この間、ヴァルを抱き上げたときにフラッシュ・バックした記憶の数々。
 懐かしくて、でも思い出すのが辛くて、心の奥深くにしまっていた記憶。
 彼の慕ったレゾはもういない。
 その身に魔王を宿し、心までも食い尽くされた男。
 ずきんっ!痛みがひどくなる。
 ゆっくりと目を開けると、目の前には金色の髪。
 ここは、フィリアに背中の上。
 眠っている間に夢を見たのだ。
 頭を振りながら体を起こすと、また、ずきんっ!
 今度は間違い無い。心ではない。
 痛むのだ。前髪に隠れている右の瞳が。何か異物が入り込んだように、ずきずきと断続的に痛む。
 そっと、右目に手を当ててみる。特に腫れている様子は感じられない。
 夢を見始めた頃から、少しづつ痛みがひどく、間隔が短くなってきている。原因はわからない。あるいは、ゼロスの言っていた"枷"に関係しているのかもしれない。
 押さえた右目から、涙が一滴零れ落ちた。
 その涙が、痛みのせいなのか。それとも、失われた過去に対するものなのか、彼には分からなかった。ただ、流れ落ちる涙をぬぐいもせず、見つめる先は一つだった。
―セイルーン―
 そこにいるはずの少女。
 明るく、ひたすらに自分を信じてくれた少女。彼女の天真爛漫さにどれだけ救われたか分からない。水筒につけたブレスレットを取り出す。別れのとき、泣きながら渡された彼女のトレードマークの一つ。
 彼女を救うためならば、魔族でさえもたばかれる。かけがえの無い少女。
「・………アメリア」
 呟きは、風にかき消されて流れていった。

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by絹糸様
彼との出会いは嬉しかった
別れは虚しく寒かった
少女との出会いも嬉しかった
悲しい別れはしたくない

   
 


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