贖罪の時(2) 騒-6
対面
『うぎょうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
意味不明の叫び声を発しつつ、3人が同時に飛びのいた。
「いつからそこにぃ!!」
リナの大声に、きょとん、と立っていた"ゼルガディス"が、びくぅと身を強張らせる。
「え、ええ?つ、ついさっきですけど……」
「なんか、聞いた?」
「えっと、私の名前が聞こえたんで、来てみたんですけど」
「……何も、聞いてない?」
「はぁ、えっと、アメリア姫の大声の部分しか・…」
「絶対に!!」
念を押すようにリナが睨みつける。
そんな様子に、まじでびびったのか、"ゼルガディス"の顔が心細そうに歪んだ。
「あ、あの……・(汗)。どうかなさいましたか?」
何故だか分からないが、身構えてしまっている3人におずおずと声をかける。目が、途方にくれて、泳いでいる。
その様子に、なんだか構えたのが馬鹿らしくなって、3人は思いっきり嘆息した。
そして、こそこそと"ゼルガディス"に背をむけると、3人で円陣を組んだ。小声で、互いに囁き合う。
「……どうも、本気でただのお坊ちゃんみたいだぞ?」
「まだ、そうとは決めらんないわ。演技かもしれないし」
「でも、その割には堂に入ってませんか?」
ちらり、と"ゼルガディス"を振りかえる。
なんだか、取り残された子供のような目をして、こちらをうかがっている。
「何にしても、チャンスよ。アメリア」
「はい?」
「向こうからやってくるなんて、ちょうどいいじゃない。行ってこい!」
「ええええ!!いきなりですかぁ?!な、なに話せばいいんですかぁ(泣)」
「そんなの、自分で考えなさい!ほら!GO!!」
「ご、GO!!って……・うきゃぉ!!」
いきなり、リナに背中を突き飛ばされて、"ゼルガディス"と向き合う形になってしまった。
つつ、と視線を上げると、困ったように笑っている"ゼルガディス"と目が合った。
「さてと、アメリア!!私達、ちょっとご飯食べてくるねぇ!!ほら、行くわよ!ガウリィ!!」
「おお!!めしだ、めしだ!!」
「やめてよね!はづかしい!!じゃぁ、アメリア。がんばるのよ!!」
「が、がんばるって、リナさ〜ん、ガウリィさ〜ん」
すがるような声で呼んでみたのだが、二人は振りかえりもせずに料理に向かって駆けていってしまった。そして、どぎゃっ、とか、がちゃがちゃ!とかいう、激しい音とともに、いつもの二人の食事風景が繰り広げ始められてしまった。ああなっては、誰にも止められない…。
「ふたりとも〜。あんまり荒らさないでくださいよう!!(泣)」
一国の王女としては控えめに、ほほに一筋の汗を流し『聞かないだろうなぁ』と思いつつ、リナ達に向かってささやかな意思表示をして見せる。が、やっぱり聞いてはいないようだ。
大きくため息をついたとき、自分に注がれている視線に気がついた。
振りかえってみると、"ゼルガディス"が自分を見つめていた。その瞳はなぜか分からない、不思議な感情がゆれている。なんと言えばいいのだろう。不安そうで、それでいて、何かを狙っている狡猾な光も宿している。そんな感じだ。
やはり、何か目的があって、このセイルーンにもぐりこんだのだろうか?
そんな不安が一瞬頭を掠めたが、次の瞬間には頭を振って、その考えを打ち消した。
(まだ結論を出すのは早いって、リナさんが言っていたじゃない。それに、私の観察だと、きっと主観も入ってるだろうから当てにできないな)
そう、思って。いや、思うようにした。
そうしないと、今すぐにでも、この人当たりのよさそうな青年をたたき出してしまいそうだった。
ゆっくりと、セイルーンの王女らしく、彼のほうを振りかえりにっこりと微笑んで見せた。
「初めまして、ル・アース大公。セイルーン第二王女アメリアと申します。先程は、お見苦しい点をお見せしました。どうぞ、ご容赦ください」
丁寧に頭を下げると、"ゼルガディス"が、恐縮したように両手を振った。
「や、やめてください!アメリア王女!いきなり後ろから近寄った私のほうが悪かったのです。どうか、頭を上げてください」
その言葉に陰湿さがないのを感じとって、なんだかほほえましい気分で頭を上げた。
目の前には、照れくさそうに笑っている"ゼルガディス"。
その様子が、唐突に8ヶ月前の"彼"とだぶる。
amaria
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by絹糸様
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ここにいるのは偽りの彼
なのにどうして「彼」が重なるのか
名前のせい?
仕草のせい?
それとも・・・・・
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「えっ…・・?!」
驚いて、思わず声を出してしまった。面影は一瞬で消えてしまったけど、ひとみには、その様子が焼き付いている。、
「あの、…・。私の顔に何か・・…?」
不意に"ゼルガディス"が、怪訝そうな声を返してきた。思わず凝視してしまっていたようだ。
「あ…。いいえ、何でもありませんわ、ル・アース大公」
慌てて視線をはずし、何事も無かったように微笑んで見せる。ここいら辺、幼少の頃からつちかわれてきた宮廷作法の見せ所である。
そのうわべの微笑みを信じたようで、"ゼルガディス"が安心したように息をついた。
「そうですか。私のことはゼルガディス、で結構です。アメリア王女」
例の、人懐こい笑顔で自己紹介する姿は、善良そのものでしかない。彼を憎む、ということが困難になりそうな笑顔だ。
が、提案されたことはのめない。のめるはずが無かった。
「では、グレイワーズ公、とお呼びしますわ」
むげに断るわけにもいかず、かといって受けるつもりも無かったので、中間の策をとることにした。
それに対し、少々不安そうであったものの、アメリアの雰囲気から自分はさほど嫌われていない、と思ったのだろう。にっこりと、微笑んだ。
「では、そうお呼びください。先程の方たちはお友達ですか?」
背後で繰り広げられている、乱戦食事争奪戦のにぎやかな音を聞きながらのんびりと尋ねてきた。
あのすさまじい食事風景を見ても、あまり顔色を変えていないあたり、結構大物なのかもしれない。更に、その食事争奪戦では、いつのまにかキースが横で解説をやっている。どうやら、見世物の一つとでも勘違いしたのか、まわりには結構な数の貴族達が周りを囲っている。
アメリアの顔が引きつった。
(王家の客人として出席してるのにぃぃぃ!!いやぁぁぁぁ!!セイルーン王家の威厳がぁぁぁぁ!!)
引きつりながらも、何とか微笑みを保つことができるのは、やはり幼少からのエリート教育の賜物であろう。
「はい。あの方達には、色々とお世話になっていますわ」
「えっと、さっき"リナさん"と、"ガウリィさん"って呼んでいらっしゃいましたよね?もしかして、"あの"リナ=インバースさんと、ガウリィ=ガブリエフさんですか?」
呼称の前に、あの、が付けば、それは間違いなく、
「はい。"あの"リナ=インバースと、ガウリィ=ガブリエフです」
隠していても、隠しきれるものではないので素直に肯定した。
そして、たいていの人が言うであろう彼らの二つ名を思い起こす。今回はどれから入るだろう、と思いながら(リナが聞いたらぶっ飛ばされそうだ)、彼の反応を見る。
しかし、彼の反応はアメリアの予想の正反対にあった。
「うわぁ!あの"盗賊殺し"で有名なリナさんと、"伝説の光の剣の持ち主"ガウリィさんとお知り合いだなんて、さすがですねぇ!"あ、あの、よろしかったら後で、えっと、紹介してくださいませんか?!」
瞳をきらきら輝かせ、興奮に息を弾ませながら"ゼルガディス"がアメリアの両手をつかんだ。あまりの唐突さと、意外さに目をまん丸にして、呆然としてしまった。
今まで、彼らの事を聞いて、恐れこそすれ興味を抱くなんてこと無かったからだ。
ただ、呆然と、彼の顔を見つめてしまった。
しばらく、二人とも動かなかったので、はたから見れば見詰め合っている恋人同士に見えただろう。
先に気がついたのは"ゼルガディス"の方だった。
慌てて両手を離すと、真っ赤になった。
「す、すいません!!つい、うれしくて!!ご迷惑ならいいんです、私、諦めますから!!ですから、え〜と、何だっけ…・・」
一体、なにに謝っているのか、本人にも分かっていないようだった。
(照れやなところも似てるなぁ)
変なことに感心しながら、握り締められていた手をそっとアミュレットに沿わせる。
何故、彼を見てはここにいない、あの人のことを思い出すのだろうか。
そんなことを思いつつ、再び儀礼用の微笑みを顔に浮かべた。
「そんなに謝らないでください。あの、二人には合わせてあげられますから」
「ほ、本当ですか!!」
"ゼルガディス"の顔が、あこがれているヒーローに会いに行くような、少年の顔になった。眩しいくらいまっすぐで、正直な人間の顔だ。
そんな様子に、にっこりと、微笑みかける。それは儀礼用ではない、本心からの笑顔。目の前の青年には、人の心を和らげる、不思議な作用があるようだった。
「では、いつがよろしいですか?今は……」
会場の、人だかりのあたりを手で指した。
「あの通りですから、そうですね……」
「ほほぅ、もうアメリア王女と仲良くなるとは、さすが儂の甥じゃのぅ」
二人に引き合わせる日取りを考えていたとき、二人の後ろから唐突に声がかけられた。
「お、じさん…・」
"ゼルガディス"が、呟いた。その声には先程までの無邪気な気配が含まれていない。表情も、一気に暗く沈んでしまう。
その様子に、驚いて振りかえると、そこには"ゼルガディス"と、同じ緑の瞳、銀というよりも灰色に近い髪をした、赤ら顔の中年の男が立っていた。
男は、樽が手足と顔をつけてみました〜、という感じのが、服をきて歩いているような印象だった。その樽のような体に、派手な紫の正装に、ごてごてとした装飾品の数々。。さらに、すべての指に、これでもか!というほど指輪をつけている。そのどれもが、かなりの品物なのだが、この男が付けるとすべてイミテーションに見えてしまっている。
その顔に、下卑た笑いをはりつけ、アメリアをつま先から頭のてっぺんまで、なめるような視線で観察する。
その視線の中に潜む、瘴気のようなものを感じとって、アメリアのからだが嫌悪に震えた。"ゼルガディス"が、彼女を叔父の視線から守るように前に立つ。
それにより、彼の叔父と名乗る人物の視線が少しだけはずれた。しかし、ここで他者に弱みを見せるわけにはいかない。ぎゅっと、アミュレットを握り締め、できるだけ穏やかに微笑んだ。
「グレイワーズ公の叔父様というと、今あなたの補佐をなさってるんですよね?」
「いかにも!ジャベル=グレイワーズと申します。全く、この子は、まだまだ未熟でしてのぅ。儂がおらんと、土地の管理もまともにできんのですよ」
げらげらと、なにがおかしいのか大声で笑っている。
その声が耳について気分が悪くなりそうだった。その上、顔まで見たら夜にうなされそうな気がしたので、視線をそらした。
その拍子に彼女を庇うようにして立っている"ゼルガディス"の顔に目が行ってしまった。
その顔は、苦悩と、困惑と、そしてかすかな恐怖のような感情が入り混じったような表情だった。
これが、信頼すべき補佐役に向ける視線だろうか?
怪訝に思ってその顔を観察していると、ジャベルはなにかを勘違いしたようで、ニヤニヤとした笑いをその顔に浮かべた。そして、アメリアと"ゼルガディス"の顔を交互に見比べると、両手を、パンっと打ち合わせた。
「若い二人には儂はお邪魔なようですな。ここは、ひとまず退散させていただくとしましょう」
そして、再び耳障りな笑い声をあげると、そそくさと大国の外交官に向かって歩き出した。目的は、見え透いている。
その姿が人ごみに消えたとき、アメリアは大きく息を吐いた。それが、なぜかダブって聞こえた。自分一人ではなく、となりに立っていた"ゼルガディス"も息をついたのだ。
目を合わせると、申し訳なさそうに目を伏せた。
「申し訳ございません。叔父は…・いえ、ジャベルは、少々人の心に無頓着のようなので・・」
その言葉に、アメリアは頷いた。
なにを勘違いしたのか知らないが、最後に振り返ってよこした、あの目が気に入らない。
(あれは絶対に悪です!!私に流れる正義の血がそう告げているわ!!)
心の中でひそかに思いつつ、堂々と握りこぶしを作り夜空の月に向かってポーズを決めている、正義おたくのプリンセス・・。
「あ、あの〜。アメリア姫?」
その後ろで、顔に一筋の汗をたらしつつ"ゼルガディス"が、呼んでみた。しかし、あまりにも弱い、弱すぎた。その程度では、正義に燃えた彼女を止めることはできない。
(きっと、この偽者さんも利用されているに違いないわ!!そうよ、そうに決まっている!!待っていなさい、ジャベル・グレイワーズ!!その、偽者だか、本物だかわからないけど、ゼルガディスさんを利用しようとしたこと、この私が後悔させてあげるわ!!)
自分勝手な妄想、プラス希望的側面をない混ぜて、アメリアは無意識に、手近な木に登っていた。そして、お空に浮かぶ、見事な満月をびしぃっと指差した。
ameria
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by絹糸様
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月を指さし 決意を固め
正義の二文字背中に背負う
鬼が出るか蛇が出るか
出たとこ勝負なプリンセス
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…・一応、公式の場なので、無言で。
「お〜い、アメリア姫〜。そろそろ降りないと人の目に付きそうなんですけど〜」
先程よりも幾分か大きな声で呼んでみた。
やっと気がついたようだ。するすると、木をつたって下りてくると、"ゼルガディス"に向かって、にっこりと微笑みかけた。
さっきまであった、彼に対する警戒心というか、疑惑の感情が薄れてしまったのだ。ジャベルという、超強力な疑惑の対象を発見することで・…。
しかし、"ゼルガディス"を無罪放免にするわけにはいかない。
ジャベルに対する情報を持っているのは彼だけなのだ。だから・・…。
「グレイワーズ公。私とお話でもしませんか?」
にっこりと、微笑んでその腕を取った。
"ゼルガディス"の顔が一瞬驚きに染まる。そして、徐々に笑顔が広がった。
その顔に安心して、彼女は会場を振り返った。怪しいと、感じたことを報告するべき彼女の仲間を探すために。
だから、彼女は気づいていない。
"ゼルガディス"の顔に、何かを計算する狡猾な表情が浮かんだことを…。
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