贖罪の時(2) 騒-7



 ―会場―
「おおおおおっと!少女の腕に絡めとられたパスタを青年が鮮やかなフォークさばきで奪い返したぁ!!
 おっと、少女も負けてはいないと、青年の皿からあぶりやきチキンをつかみ、なおかつ左手でサラダに乗っていたうさちゃんりんごをつかみ出す!!
 ああ、青年がそれに気づいた!!チキンは奪われているがりんごは渡さない!!しかし、ああ、かわいらしいうさちゃんりんごが真っ二つに折れてしまったぁ!!どうして、そこで泣く、青年よ!!
 激しいバトルが繰り広げられている、このセイルーン特設会場!一体どちらに勝利の女神は微笑むのかぁぁぁぁぁ!!!」
『おおおおおおおおおおおお!!!!』
 リナとガウリィが食事をしているあたりは、いつのまにか特設会場になってしまっているようだ。
 周りの貴族達も、司会者も、手に汗を握って二人を見つめている。
 しかし、本人達には全く自覚は無い。
「なぁ、リナ。(もっぎゅもっぎゅ)なんか俺達、見られてないか?」
「ほっときなさい(ずびずび)。私達みたいなのが珍しいんでしょ…・それ、もらったぁ!!」
「ああ、それは最後に食べようと思っていたうさちゃん!!渡さん!!」
「甘い!!最後に食べるなんて、私に差し上げますと言っているようなもの!!」
「いってない!!」
……ぽき。
「……あう」
「泣くなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 ぐきゃやぁぁぁぁぁあ!
 リナの、後回しげり、ひねりつきがきれいに決まり、ガウリィが周囲の貴族の頭上を越えて飛んでいったとき、彼女の耳に聞きなれた、ような気がした声が聞こえてきた。
「おおおおおおっと!!青年が場外に吹っ飛んだぁぁぁぁ!!これで勝負はついたようです!!配当は1・5倍です!!なお、お支払いは・・…」
「かけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 横で解説していた司会者に、リナ怒りのフレア・アローが解き放たれた。
 以後、その周囲がどうなったかは…・・。ご想像にお任せします。
     合掌。


「まったく!信じられません!!」
 セイルーンの奥にあるアメリアの私室。夜の帳がすっかり下りて、いまは真夜中である。
 簡素な略装に着替えたアメリアが、目の前に座っている二人を睨みつけた。むろん、いつもの格好に着替えたリナとガウリィである。
「一体なにを考えているんですか!!パーティ会場でフレア・アローをぶっ放すなんて!!幸い、神官達の回復魔法のおかげで大事には至らなかったものの、もし何かあったら、一気に外交問題なんですよ!!」
 ばんっと、両手を机に叩きつけた。
 その音に、目の前の二人がびくぅっと体を強張らせる。
「え、えっと、一応、手加減はしたんだけど・…」
「当たり前です!!」
 そろ〜り、とだした言い訳は即座にアメリアに叩き返された。
「だって、あいつら、勝手に人のこと見世物にしてさぁ・…」
 アメリアの勢いに思わずいすに張り付いてしまっているリナを助けるように、ガウリィがおそるそる、という感じで口を開いた。が、
「いつも見世物みたいなものじゃないですか」
 冷たくアメリアに返されてしまった。

 黙りこんでうつむいてしまった二人を、冷たく見つめ、大きく息をついた。
「まったく、もう!!明日からはもっと目立たないようにしてくださいよ」
「えっ!!明日も出ていいの?!」
 てっきり今日限りだと思っていたリナが、つい声を荒げてしまった。
 それはそうだろう。なにせ、死人は出ていないとはいえかなりの数の怪我人が出た。と言っても、軽いやけど程度だったが、箱入り貴族達には大怪我なのだろう。ものすごくオーバーに泣きながら神官達の治療を受けていた。あの様子では、かなりリナ達に対して恨みを持つだろう…・、そう思った。
 のだが。アメリアが頷いた。
「まぁ、他国の方たちから苦情が出たのは確かなんですが、とーさんの『儂の客人を見世物扱いして、それだけで済んだと安心するが良い!!がぁはっはっは!!』で、終わったそうです」
「相変わらず、アバウトね…、フィルさん」
 その時の様子が目に浮かぶようで、なんとなくため息をついてしまった。
「嬉しくないなら、取りやめにしますけど」
 不機嫌なアメリアの声が聞こえた。その声に含まれる本気度を感じて、慌ててぶんぶん、と首を横に振った。
「嫌だなんて!!滅相もない!喜んで出させていただくわ!!ね、ガウリィ!!」
「おう!!まためしが食えるんだな!!」
 ガウリィの一言で、ぎろり、と睨まれた。一国の王女のする顔ではない。
 はっきりいって、
((こわひ!!))
「い、いやぁね!ガウリィ!!ご飯のためじゃないでしょ!!ゼルとアメリアのためじゃない!!」
「ぐぁっ!!!」
 机の下でその足の甲を、かかとで思いっきり踏みつけた。痛さのあまり、ガウリィが目に涙をためてリナをじと目で睨んでいる。が、無視。
 どうも、さっきからアメリアが怒りやすくなっている。自分の国のこと、というのもあるだろうが、自分の婚約問題の上に、ゼルガディスの問題や過去まで出てきて、かなり情緒不安定に陥っているのだろう。

「で、アメリアの方は何か分かったの?」
 だから、とりあえず目の前に問題を与えてみる。彼女がこれ以上不安にならないように、解決のために、その意識を使わせるために。
「分かったような、分からないような、ですね」
 そのリナの思いを知らないアメリアが、ぽつり、と呟いた。声は、幾分落ち着きを取り戻している。
「どっちよ」
「とりあえず、偽者さんの叔父さんと名乗る人物に会いました」
『叔父?』
 リナと、ガウリィの声がはもった。
「おじって、あの鍋物をやったあとにつくる……」
「それはおじや(雑炊)だ、くらげぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 すぱしぃぃぃぃん!!
 小気味良いハリセンの音がガウリィの頭で発生した。
「こんな時につまらんシャレ飛ばすんじゃ無いわよ!!」
「うう…・・。すまん」
 つまらない,と言われて本気で落ち込むくらげな天才剣士。
「んで、どんな奴?」
 どかっと、椅子に座りなおしてアメリアに尋ねる。すると、アメリアの顔があからさまに歪んだ。まるで、鼻先に強烈な匂いのするものでも持ってこられたような顔だ。

「アメリア…?」
「見てみれば分かると思いますけど、嫌な感じの人です。あれは絶対に悪です!きっと、あの偽者さんも彼に利用されているに違いないです!!すべての元凶は、あのジャベル・グレイワーズ!!私に流れる、この熱き正義の血が、私に告げているわぁぁぁぁ!!」
 いつのまに開いたのか、フルオープンの窓の枠に立って、満月をびしぃっと指差しポーズを決めている。ちなみに、「わたしに……」からは、外に向かって叫んでいる。
「ちょ、ちょっと、アメリア!あんた、こんな夜中に騒いでたら、危ない人に見られるじゃない!!ただでさえ、危ないんだから!!」
「そうだぞ!アメリア!お前も十分見世物だぞ」
 それぞれにひどいことを言いつつ、アメリアを窓枠からひきずりおろした。そして、窓をきちんと閉めると再び席につく。
「で、アメリア。そのおっさんが怪しいっていう確証はどこから?」
「ですから、私の正義の…・」
「血が教える、なんて言ったら明日はドラスレぶっ放すわよ(はぁと)」
 にっこり笑って、とんでもないことを軽く言った。
 ざー、とアメリアの顔から音を立てて血が引いてしまった。普通の人間なら、これは単なる脅し、ととるかもしれない。しかし、アメリアは彼女の旅の元仲間である。

(リナさんならやりかねないわ。ああ、そうしたらセイルーンはリナ・インバースに破壊された都市の一つとして歴史に記録されてしまう!!そんなことになったら、リナさんは世界中から恐れられ、かつ命を狙われるかもしれない。いくら極悪非道で通っているとはいえそれではあまりにも・・ガウリィさんがかわいそう)
 それは避けなければならない。ぎゅっと硬く決心した。

「って、何を考えとるんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 アメリアの表情から何を考えていたのか分かったらしい。リナの拳がアメリアの頭に炸裂
した。
「いったぁぁい。なにするんですかぁ、りなさぁん」
 大きな瞳をうるうるさせながらリナを上目づかいで見た。
「あんたがわけのわかんない爆走モードに入るからでしょうが?!いいから、今日分かったことは!!」
 恨めしそうな目を無視してアメリアに詰め寄った。ガウリィが気の毒そうにアメリアを見つめている。
 なんだか、自分がアメリアをいじめているように見えるではないか。と、一瞬思ったが、気にしない。さらにアメリアに詰め寄った。
「いい、アメリア!正しい分析のためには正しいデータが必要なの!!あんたの主観的な観察は、今はまだ要らないのよ!!さぁ、そこん所をよ〜く考えて、言いなさい!」
「ふぇ〜ん、わかりましたぁ」
 リナの迫力に気おされて、アメリアが何度も頷いた。
 その様子に満足して、机に合ったお茶を一口すする。

「えっと、ですね。あの偽者さんは叔父さんが苦手なようでしたね。それは、表情や口調から滲み出してました。あと、偽者さんはリナさんとガウリィさんのファンみたいでした。そうそう、私お二人に引き合わせるってお約束しちゃったんですけど、不都合はありませんか?」
『ふぁん〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?』
 再び二人の声がはもった。二人とも恐れられ慣れはしているが、憧れの対象というのは希少と言ってもいい。
「物好きなやつだなぁ。リナのファンだなんて」
「って、お前もだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」
 どげしっ!!
 訳の分からない事に感心したガウリィをけり倒し、リナは少々考え込んだ。

(私達のことは確かに一般に広く知られているけど、お近づきになりたいと思うような噂なんて無いはず。一体何の目的で?本当に、ただのファン?その可能性は皆無に等しいわね、自分のことだけど……。絶対に何か含むものがあると考えていったほうがよさそうね。それにしても…・)
「情報が少なすぎるわ」
 くしゃり、と髪をかきあげて呟いた。
 今の情報ではすべてが憶測の域を出られない。何も分からないのだ。
 その状況は彼女をとても不安にさせる。何かが起きてからでは遅いのだ。きりっと、親指のつめをかみしめる。
「リナさん?」
 心配したようなアメリアの声が耳に入った。
 その声に頷いて、顔にかかる髪を払った。
「いいわ。明日、会場で会いましょう」
 そこで、何が探れるかは分からない。が、自分の目で見て確かめたかった。
 そして、もしかれらが偽りを行っているのなら、後悔させてやろう。自分の大切な仲間の名を語り、妹のような彼女を苦しめたことを。だから、
「明日・…、会場で……」

lina
by絹糸様
側にいるべき不器用男は
遠い遠い空の下
甲斐性なしに代わって
あたしが一肌脱いでやる 

    



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