2006年12月。江口は浮かれていました。

〜江口とクリスマスプディングの一ヶ月〜


にちゃにちゃ。

 クリスマスプディングが作りたくなりました。

 思い立ったのは12月の上旬。
 噂に聞くところのクリプディ(略すなよ)は、1年がかりで準備しなくてはいけないものらしい。あと2週間ちょっとしかないですが、大丈夫でしょうか。

 大丈夫だと信じて、ネットでレシピを捜す。
 きっと、日本人の口にあった、もしくは初心者でも作りやすい、2週間でも間に合う作り方があるはずだと。

 というわけで『クリスマスプディング レシピ』で検索をかけ、見付け出しました。一つはNHKの、きょうの料理だか趣味悠々だかのレシピ。もう一つはどっかの調理器具販売会社の関連レシピ集から。あとwikiね。
 作りやすそうだったのはNHKの。
 しかし、しかし江口はここで一つ、こだわりたい事柄があったのですよ。

 牛脂使いますわ。

 ええ、牛脂を使ってのクリプディを作りたかったんですよ。
 NHKのはバターを使ってます。その他の材料を見ても、無難なものを使用しています。たぶん普通に洋菓子としておいしく出来るでしょう。

 でも江口は、ここであえて牛脂を使ったものを作りたかったんですよ。

 はっきり言います。不味そうです。いやさ、不味いでしょう。実際に食べているイギリス人ですら「不味い」と言ってはばからないと聞くのですから。
 改めて、材料を見ます。
 NHKのものは、バターに小麦粉、ドライフルーツと、そのまま見ると只のバターケーキのようです。蒸し時間が3時間、熟成時間が1年というのが、普通のケーキと違うところでしょうか。
 どっかのレシピ集のものは、牛脂にパン粉、生卵にビール。ドライフルーツがいろいろなのは変わらず。

 絶対不味い。
 なのになぜ江口はこっちを作ろうとするのか。
 それはもう、江口の中のイギリス人としての血がそうさせるのだと言っておこう。一滴も無いんだけどね。大丈夫、人類皆兄弟。

 では、以下がレシピです。
 詳しくは、その元のレシピ集を見て頂くとして。さすがにまんま書き写すのはアレなので、細かい分量は本家でご確認いただきたく。この先書いてある作り方と分量は、江口アレンジの加わったものです。

【材料】

【作り方】

  1. レーズンはラム酒にしばらく漬けておく。
  2. パン粉と牛ヒレ脂を細かく刻み、すりあわせる。
  3. りんごを刻む。その他の《中身》も全部刻む。
  4. 材料を全部ねちねちと混ぜる。
  5. クリスマス当日まで寝かしておく
  6. 当日、2時間蒸して、できあがり。

 まず第一の難関は、牛脂の入手です。
 肉屋なんてものが近くにないので、ローストチキンの時のようにスーパーマーケットのサービスコーナーで頼んでおけば良かったのでしょうが、時は一刻を争います。1日遅れればそれだけ熟成期間が短くなるのです。
 スーパーを数軒周り、その辺にいた従業員に声をかけ、牛脂はないかと尋ねます。
 ‥‥えっとー。それ、すき焼きするときとかに使うやつだよね? くれるのはいいけど、150グラム欲しいって言ってるじゃん。全部くれるの? くれるなら別にいいんだけどね。
 てゆうか、レシピにわざわざ『ケンネ脂』とあるからには、ご自由にお取りくださいの牛脂じゃまずないんだろうよ。
 最終的には、肉屋がテナントで入っているスーパーで、その無料脂もらってきた。「ケンネ脂ありますか?」って尋ねたのに、バイトらしきおねーちゃんが無料牛脂を袋に詰めだしたもんな。まあこっちも諦めました。小袋入りキューブ状じゃない、本格的脂だったので良しとする。

 次の難関が、ドライフルーツの入手です。
 レーズンは簡単に見つかります(それでも『ラム酒漬けレーズン』だったりするけど)。ピール2種、アーモンドも簡単です。
 カラントとプラム、マラスキーノチェリーはどこに行ってもありません。
 牛脂を買ったスーパーが、江口の知りうる限りで一番製菓材料の揃っている店で、最後の望みをかけて行ったのに。

 無いなら無い、諦めろ!

 諦めました!

 というわけで、分量が書いてないのは、使ってないからです。無くたっていいや、何とかなるだろ。
 ちなみに、カラントとか無かった代わりに、ドライストロベリーがあったので買ってきた。なんとなくおいしそうだったから。しかし、この謎の味のクリプディに、苺味が加わるのはどうだろう、としばし悩んだ後、入れるのを止めた。

 ではいよいよ、作ります。

 まな板の上にパン粉を敷き、そこに牛脂を置いて細かく刻みつつ混ぜ合わせていく。

 ‥‥‥‥。

 ‥‥‥‥。

 混ざりません!

 おそらくこの作業は、練りパイなどを作るときに、バターと小麦粉をすりあわせてソボロ状にする、あの行程と同じことなのであろう。
 しかし常温でたやすく溶けるバターと違って塊の牛脂、切ろうが何しようが全く溶けず、パン粉と混ざり合いません。しかもこの二つ、重量は同じでありながら嵩が3倍ぐらい違う。しばらく格闘するも全く作業が進まず、自棄になって湯煎で脂を溶かしてみることにした。

 溶けませんーー。

 諦めました! こんなんばっかり!

 パン粉は放っておいて、他の材料に移ります。全部刻んで、一つのボウルに放り込みます。ドライフルーツなどの材料は、量ったわけではなく、売られている状態一袋を全部入れたからです。中途半端に残してもしょうがないしな。りんごが4分の3個なのは、残りを味見したから。レモン汁が大さじ2なのは、オレンジ汁を入れなかったからその代わり。シナモンが入ってないのは、一振りごときに一瓶買っても持て余すのが目に見えていたから(友人が持ってないかなーと期待していたのだが、持っていなかったので入れないことにした。そもそもシナモンはそんなに好きじゃないし)。

 で、そこにさっきのパン粉と牛脂を放り込みます。
 あとは手で練る。ねちゃねちゃ練る。手の温度でなんとか柔らかくなってひとまとまりになってくれました。結果オーライ。

 ここまでの匂いは何とも言えません。牛脂臭いとか思っていたが、全ての匂いはラム酒で消えてます。だからこそラム酒臭いのですが。

 まとまったので、布巾(江口はガーゼを使用)を敷いた型に敷き詰め、型から出して、当日まで熟成、と。

 → 

 ‥‥‥‥。

 ‥‥‥‥。

 大丈夫なんですか、これを2週間放置しておいて??

 ナマ牛脂です、ナマ卵です、ナマりんごです。防腐作用のあるものが見当たりません。砂糖で煮詰めたとか、びしゃびしゃにブランデーに浸したとかがありません。せいぜい、大さじ3杯のラム酒と、4分の1カップのビール。これを常温で放置しておくんですか?
 放置しろと言われてるんだから、するんだろうなあ。
 尚、この行程があるために、生パン粉(食パンを砕いて使おうと思ってた)を使うのがはばかられて普通の乾燥パン粉を使った。なんかカビそうだったからなあ。

 本当は常温で熟成、適当な場所がなかったら冷蔵庫保存らしいが、どっちにせよこの状態では生地が柔らかすぎ、型くずれを起こしそうだったので固めるためにもしばらく冷蔵庫に入れることにします。

 この続きは12月24日に蒸しあがってからー。オタノシミニー。

 関係ないが、江口はクリスマスプディングとは、当日まで毎日ブランデーを染みこませるものだと思っていた。どこで勘違いしたんだろう、それは確かウエディングケーキだよな。どっちにしてもイギリス人は、ケーキに日数をかけるのが好きなようだ。

 

***** その後のクリプディ *****

 2週間放置?

 翌日に蒸しました。

 やはりどう考えても、生卵を2週間放置するのはイヤだった。参考にしたレシピがどうあれ、江口は蒸してから熟成させる手段を執りました。そう、『チューボーですよ!』だって、巨匠なる料理人を3人呼んでそれぞれの秘伝を聞いておきながら、スタジオではそれぞれのレシピをごっちゃにしたものを採用しているではないか。
 というわけで、ここでも江口アレンジ。蒸してから熟成。

 ストーブの上に湯を張った鍋を置き、型に嵌め直した生地を入れ、ひたすら蒸すこと3時間。

 蒸し上がり。真っ茶色になりました。これは何の色でしょうか? ラム酒の色か、もしくは三温糖の色。まさかな。
 匂いを嗅いでみます。パンの匂いがしました。少なくとも、食物の匂いです、変なものにはなっておりません。たぶん大丈夫でしょう、作業を続行します。
 保管場所に困りながらの2週間。風通しの良い場所、あまり温度の上がらない場所、清潔な場所。というわけで台所しか場所がない。しかし台所だって、そんな余分なスペースはない。主に電子レンジの上を定位置にし、ときどき熱気に炙られながら、クリプディは熟成をしていきます。最終的にはがちがちに。

 

***** そしてクリスマス・イブ *****

 メリークリスマス。そしてこの日、江口は夜勤。23時に帰宅して、それからとりかかるクリプディ・フィニッシュ。
 作業としては、今から2時間蒸しなおす。

 寝るの何時だよ!!

 職場でバイトちゃんにこの話をすると、「明日にしたら?」と冷たく言われた。正論だよね。

 まあ、どうせ就寝時間が4時や5時になるのはいつものこと、帰宅後に2時間以上時間が潰れるのは、なんら苦じゃないので決行。
 江口家には便利なアイテム、ストーブがあります。暖をとりながら蒸せる。ストーブの上に湯を張った鍋を置き、型に嵌め直した生地を入れ、ひたすら蒸すこと2時間。待っている間、ビデオしておいた『M−1グランプリ』でも見ていましょう。笑い飯ハジけないなあ寂しいなあ。カウス師匠は優しいなあ。いつ見てもナンチャンは浮いてるなあ。

 2時間後。

 しまった、ソースを作り忘れてたよ。まあ、そんなに時間かかるものじゃないだろうしな。えーと、材料は、と。バターと、砂糖と、コニャック。

 あーーー!! コニャック無いやーー。

 と、大げさに驚いていますが。初手から買うつもりはなかった。ブランデーとかそのへんで代用がきくだろうと思ったんでね。
 とはいえ、ブランデーもそんなに量はないんだよね。他にうちにある酒は、と。
 ビール、日本酒(料理用)、洋なしチューハイ、ウォッカ、ジン、ラム、オレンジキュラソー。

 オレンジキュラソーだな。

 鍋にバターと砂糖を同量入れて火にかける。正しくはバタークリームを作る要領ですり混ぜるそうだが、知ったこっちゃ無い。要は混ざればいいんだ。なので鍋を火にかけて、バターを溶かしつつ砂糖を混ぜる。全部溶けたら、そこにキュラソーを瓶に残っていた分ぜんぶ入れる。ものすごいフランベ。一瞬、自分が焦げ臭くなってどうしようかと思った。

 さあ、ソースは出来ました。M−1の決勝9組のネタも終わりました。いよいよ、クリプディを火から下ろします。

 蒸し上がりー。
 またもパンの匂いが復活しました。がちがちの表面も、柔らかさが戻りました。腐臭はしません、大丈夫そうです。
 仕上げに、表面にブランデーを染みこませ、火を付けてフランベにします。

 ‥‥火がつきません!!

 けっこうな量のブランデーを塗ったにもかかわらず、火がついてくれません。
 コレは困った。アルコール分を飛ばさないと、これはきっと臭い。
 しかし、マッチ5本ぐらい近づけても、一向に火はついてくれない。

 こう言うときはどうすればいいか、覚えてますね。
 はい、正解は。諦める! もういいよ、多少のアルコールぐらい。

 ではいよいよ試食です。
 この時点で、時間は深夜2時を回りましたが、気にしてはいけません、どうせ江口の体だけのことですから。

 12分の1切れです。先ほどのバターソースをかけております。

 食べられるのでしょうか?
 食べられるものとなっているのでしょうか?

 おそるおそる、一口‥‥‥‥。

 あのね。

 つまんない。

 結論。普通においしい。いや、「おいしい」と言うには若干の語弊があるが。普通に食べられる味。洋酒風味の効いたケーキだね。ものすごくおいしくも、ものすごく不味くもない。アルコール臭がするのは、フランベに失敗した江口の責任であって、このレシピは何ら責任を負うところはないし。

 「大量の食料品を用いておりながら食べられないものになった」という悲劇はなんとか避けられました。が、何だろう、このガッカリ感。失敗した方が良かったのか、江口。

 あとは、これが腐敗していないことを祈るだけです。明日、他の人にもおすそわけする予定だからな。少なくとも、江口がお腹を壊さずに今晩を持ちこたえれば、他人にあげても大丈夫だと判断。

 追記。せっかくだから、ともうちょっと(1/12切れの、さらに半分ぐらい)を食べてみました。
 忘れてはならないのは、このプディングは脂のかたまりであるということ。
 むつごい(方言※味がくどく、しつこい。胃もたれがするような、の意)。
 ものすごく、むつごい。最初の一切れと、次の一切れ、食べる間隔がちょっと空いたんだけど、2切れ目を口元まで運んだら。
 その匂いで一気に胃が重くなった。
 さっきまで平気だったのに、みるみる脂っぽさが鼻と食道に響く。後半になると、食べきるのが精一杯だった。
 まあ、本体が牛脂の塊のところに、バターで作ったソースかけて居るんだからな。この脂肪の多さは、冬ごもりの準備ということか。

 ほどほどにしときなさいね。

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