身体障害者施設○△の場合  

 AM6時30分… 「ベートーベン交響曲第9」”歓喜の唄” のチャイムが鳴る(夏は6時)。
 起床の時間だ。静まっていた館内はしだいに騒然としてくる。自分で起きられない者を介助してしてまわる「巡回」が宿直の寮母2人によって手際よく部屋をまわってゆく。人々は洗面台に群がり、自分で出来る者、介助のいる者、が入り乱れて朝のセレモニーをすませる。食事前の唯一の”仕事”が終わると、人々は朝食までの時間を潰す。
 朝食は8時。食堂に一同が会し、その週の係り、入所者の「いただきます」の合図とともに一斉に食事がはじまる。「ごちそうさま」は15分後と決められており、それまで席を立ってはならない。 朝食の献立はおおむね、ごはん(大、中、小、がある)、みそ汁(一般的なものである)、一品(佃煮、チリメン、海苔、漬け物などなど日変わりで一品)の3点である。(水曜日、土曜日はパン食で、昔懐かしいコッペパン風の小振りのパンと、牛乳、果物 たいていはミカンかバナナが出る)
 食後、再び洗面台が混みあい、ベッドへ寝る者、起きている者、等の「巡回」が廻り、それらが静まったころ、職員がぞくぞくと出勤してくる。職員はまずそれぞれ決められた箇所の掃除をし、体操、朝礼をする。一方ほとんどの入所者は、その後、昼食までの長い時間をすることがなくなる(午前の”行事”がある場合、参加する者もいる)
 昼食は11時45分。昼食に間に合うように「巡回」が廻り、人々は解き放たれたウシのように広々としたホールへ集まってくる。配膳を何とはなしに眺め「どうぞ〜」の声でテーブルに向かう。ちなみに、食事は出されたもの以外を口にすることは禁止されている。それはたとえば、今日の献立のおかずが嫌いだからと家族が持ってきた瓶詰めの海苔の佃煮で食べようとしても取り上げられてしまうことになる(現実に何度もあった)。そんなだから、よって、何故かたまに食べたくなるトーストとかインスタントラーメンなど生涯食べられないことになる。出前もちろん駄目。
 再び再び洗面台が賑わい、それからの午後をベッドで過ごす者、車椅子でふらつく者、などなど夕食までの時間を眺めて過ごす。良く言えば自由時間、実質は放置。この時間帯が長いんだ実感は。
 夕食は5時。同じことがくり返される。再び再び再び洗面台、そしてベッドへ上げられる。
 職員が帰ってゆく。次々と帰ってゆく。みな帰るべき所があり、当然のこととして帰ってゆく…。
 我々はというと、消灯までの3時間半余り、ガナるテレビを傍観するしかない。
 消灯は9時。「浜千鳥」のチャイムと共に、廊下の非常灯以外のすべての明かりが消される。館内はひっそりと静まり、潮騒が室内に揺らめく(イビキも混じるけれど  )。

 整理してみよう。特別なイベントでもない限り施設の一日は以下のようになっている。A、B、は後述する「通常の行事」が入る。

          起床  6時30分
          朝食  8時
            (A)
          昼食  11時45分
            (B)
          夕食  5時
          就寝  9時

 脳梗塞、脳性麻ひ、脳損傷、全盲、両脚切断、顛間、胸髄損傷、そして頚髄損傷。50メートル四方のコンクリートの中で、さまざまな障害の者が混然と生活しているのが障害者施設というものである。
 定員は50名で、これを20名強の寮母で介護している。生活の一切を自分で出来る者から、全面介助が必要な者まで多種多彩だ。よって、当然ルールが必要となり、それは「規則」という名のもとに、驚くほど細部にいたるまで決められている。それは、たいていの場合、介護の便宜上から決められていることが多く、十把ひとからげ式の発想で、大上段からの物言いに聞こえる。
 居室は4人一部屋で、テレビは一台である。天井に据え付けられたテレビの下に次のような紙切れが貼られている。(原文のまま)        

       「テレビの使用について」
    時間 朝 起床よりAM8:30まで
       昼 昼食よりPM2:00まで
       夜 夕食よりPM9:00まで
    (ホールのテレビはPM10:00まで可)
    ただし、日曜祝日及び土曜の午後は自由です
      (行事の有るときはテレビ不可)
      ※特別な番組はそのつどホールで可 

 規則については、ここではあえて述べないが上記において推察されたい。

     「通常の行事」( 前記のA Bに当たる )
 以下のようなものがあり、午前と午後のどちらかの余暇時間に組み込まれている(必ずしも全員ではないので誤解のないように)
 「リハビリ」週に2回、運動療法士が来るが、それ以外の日でもマットが敷かれて自主訓練は出来る。
 「各種クラブ」2週に1度か、1週に1度ある。絵画クラブ(概ねクレヨンによるお絵書き会)お茶クラブ(食堂では雰囲気が出ない)お華クラブ、紙篭作り、七宝焼、珠のれん
 「リズムの集い」童謡や唱歌をなかよく一緒に歌う会。ときには太鼓、笛、カスタネット、鈴、などにより雑音を出すこともある。 「ミニ喫茶」隔週、食堂が喫茶らしきものに変身し、コーヒー、ケーキ、アイスクリーム、ビール、酒、などなどが堪能できる。
 「誕生会」毎月1回、誕生者を祝う会。飲んで食ってカラオケを撒き散らす会、とも言える。
 「カラオケ」月に1、2回、日曜日に繰り広げられる。個人的感想を言わせていただければ、ああ、やめてもらいたい…。
 「ビデオ」毎週木曜日、希望の映画が上映される。
 「散髪」およそ月に1度、ただし、カットは、丸坊主かカールルイス・カット?のどちらかしかない。髭剃りは、ときどき血を見るので覚悟が必要である(本当)。
 「風呂」は火曜日と金曜日。午前が”特浴”、午後が”一般浴”となっている。特浴とは特殊浴場(嘘・・特別入浴の略だと思う)で全面介護である。本人はただ寝ていればよい。ストレッチャーがベッドサイドまで来、浴場へ運ばれ、衣服を脱がされ、頭から足まで洗われ、湯舟に浸り(流行の泡が出る)、新しい衣服を着けられ、ベッドへ運ばれる。寮母2名が組となって、運搬係り、着脱係り、洗う係り、に分かれての流れ作業である。一般浴は、いわば介助付きの銭湯のようなものである。
 蛇足だが「寝トイレ」という設備がある。文字通り寝たままで用がたせるしくみになっている。とはいっても板の間に、幅がやや細目の、前隠しのない、和式便器が埋め込まれているだけなのだが。その上でただ冥想していれば良いのである。
 「売店」毎週月曜日と木曜日、小さな売店があり、品数の少ない乾菓子が買える。インスタント・コーヒーも、Mテープも、歯ぶらしも、鉛筆も、糊もあり、離れ小島の何でも屋の様相を呈している。
 「買い物」は毎週月曜日、売店にない食品以外の物を受け付け寮母がまとめて買いにいく。
 「衣類」は出入りの業者が月に一度、出店を広げる。注文にも応じていて、ラクダのモモヒキは買えるが、ミチコ・ロンドンのブルゾンは買えない。
 その他、銀行は週1度、新聞は毎日来る。シーツは月に2回交換され、布団は年1回、寮母は一緒に寝てくれない。看護婦は3名おり心配はない。ついでに園長もおり心配はない。
 書き足りないことも多々あるが、施設の生活というものが、ニオイだけでも伝わってもらえればと思う。

   わたしは、カゴの鳥なの  俺は、島流しの囚人だ
   私は、幽閉された要人である 軟禁、監禁、拘束……