by鉛 筆吉

  −異界からの侵略者−

 

 

 

 学校関係者は緊急時の避難場所となっている公民館へと集められた。当然、洪介たち四人を含む全校生徒も同じだ。

 「るり様ぁ、わたくしとっても怖かったですぅ」

 魅智子はるり子にすがりついて震える声でそう言った。蕗子もぼーっと校舎の方から立ち上る煙を眺めている。

 「あっ、あれ」

 彼女はそう叫んで空を指差した。見ると、戦闘機が飛んでいた。ゴウゴウと耳をつんざく音を立てながら。あの怪物を退治するために自衛隊が動き出したのだろう。

 「ちょっと気になることがあるんだ」

 そう言いながら洪介は三人のところへやって来た。

 「気になることって何ですか? 先輩」

 るり子が尋ねると、彼はキッと顔を引き締めて言った。

 「『遠い星からの来訪者、黒き影の姿をした異星人によって支配されるだろう』という言葉を見つけたんだ」

 「それって……?」

 るり子の眼差しも心なしか真剣なものになっていた。

 「僕の父の著書の中の文さ。それに続いて、『しかし、四つの光によってその支配は破られる』とあるんだ」

 「それって予言ですか?」

 蕗子が横やりを出す。彼はすぐにうなずいた。

 「でも、四つの光って何かしら……?」

 るり子は首をかしげて呟くと、魅智子がぱっと顔を輝かせて言った。

 「それは、るり様ですわ。空を飛んだ時、るり様、輝いていたんですもの。素敵でしたわ」

 瞳を潤ませて、彼女はるり子を見つめている。洪介もそれに同意するように頭を振った。

 「そう。これはるりちゃんのことだ。でも他にまだ三つの光、つまり三人いるってことになる。るりちゃんと同じような力を持つ者がね」

 彼は自信たっぷりに言った。

 「凄いじゃないるり子。あなた救世主じゃない」

 蕗子は感動するが、るり子は戸惑った。

 「そんな……わたし、救世主だなんて……」

 ぽんと肩を叩かれる。

 「心配ないよ。僕がついていく。明日出発しよう」

 洪介は笑顔だった。その顔を恨めしそうに見て、彼女はさっと背を向けた。

 「わたし……、嫌です」

 頭の中が真っ白になる。るり子はふいに駆け出し、避難場所を離れた。

 「る、るり様ぁ!」

 「るり子!」

 追いかけようとする友人二人を、洪介は止めた。

 

 その日の夜、るり子はなかなか寝付けずにいた。昼間の洪介や蕗子たちの声が頭の中に響いている。何かとてつもなく大きな責任みたいなものが体にのしかかってくるようだった。

 『これは悪い夢よ……』

 何もかも信じたくなかった。

 

 玄関のチャイムが鳴る。中から返事が聞こえ、そしてドアが開かれる。

 「あ、いらっしゃい。ちょっと待っててね」

 るり子の母である。そう言った後、母は娘を呼びにいった。しばらくすると暗い顔のるり子が出てきた。

 「もぅ、るり子。明るく明るく」

 母の言葉にも反応しない。相変わらず彼女は口を結んだままぼーとした目をしていた。

 二人は何も言わずに駅まで歩いた。校舎の復旧作業のため当分の間休校になるそうだ。昨日の怪物は自衛隊が退治したようで、今朝の新聞にでかでかと掲載されていた。

 駅に着くと、友人二人が待っていたが、洪介とるり子はやはり黙ったままだった。友人二人もるり子の暗い寂しげな顔を見ると下を向いてしまった。

 ふと、るり子は立ち止まった。

 「やっぱり……わたし……」

 ぽつりと口からもれるように言葉が発せられる。

 「いいよ。行きたくなかったら行かなくても」

 洪介は明るい口調で言った。

 「先輩……」

 友人二人は洪介の顔を伺う。るり子は依然視線を下に向けていた。

 「無理矢理行くことはないよ。他の三人と僕とでなんとかする。……でもるりちゃん、本当にそれでいいのか、よく考えてみてくれよ。じゃあ」

 そう言って停車している汽車へと乗り込んだ。

 るり子は行きたくなかった。洪介に行かなくても良いと言われ、嬉しいはずなのに、なぜか悔しかった。それは自分自身に対して起こった感情なのかもしれない。

 これでいいのか……。このままだと、洪介は戦いに巻き込まれて死んでしまうかもしれない。

 よくないよ。

 絶対……、そんなのよくない!

 るり子は顔を上げた。そして蕗子と魅智子に飛びついた。

 「わたし、行くわ!」

 「るり子!」

 「るり様ぁ……」

 蕗子も魅智子も目に涙を浮かべていた。

 「泣かないで、もう二度と会えないってことじゃないんだから」

 るり子は無理に笑顔を作る。

 「さっきみたいな顔してたら許さないからね」

 「お手紙書きますわ。るり様」

 蕗子と魅智子もぐずついた笑顔を見せた。出発のチャイムが鳴る。るり子は汽車に足を乗せた。そしてブイサインで言った。

 「きっとこの世界を、もとの平和な世界に戻してあげるからね」

 見送る友人二人は力強くうなずいた。ドアが閉まり、ゆっくりと汽車は動き始めた。そしてそれは、これから訪れるであろう様々な困難をも一緒に乗せていたのだった。

 

 

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