T-C

明     ―原案・秀―

 

 

 逢魔が刻――。

 古の人は、夕暮れ時をこう表した。

 夜は闇に包まれている。

 その闇は全てを消し去ってしまう。

 親しき友を、愛しき人を、遥かなるこの世界を、そして自分白身をも……。

 それ故に人は闇を恐れる。

 いつしか、闇は魔と化す。

 やがて人は魔を、――この世ならざる力を持つ者を恐れ始める。

 そして夕暮れ時、闇が辺りを支配し始めるころ、人は魔に逢う・・・・。

 

 

 立ち上がった瞬間、椅子が動いて、ガタッと音をたてた。

 ――ようやく暑さも喉元を過ぎ、随分と過ごしやすい季節になってきたある日。

 誰もいない、薄闇に包まれた教室に、女子生徒三人の姿があった。

 「久美っ、静かに――!」

 いつもは騒めきに消されるその音も、今は一際大きな音となって教室に響く。

 「ねえ・・・・、やっぱりやるの?」

 中嶋 聖美は、両隣の親友の顔を伺う。

 「なーに? まさか今さら怖じ気づいたんじゃないでしょうね?」

 と、岸谷 真澄がロウソクに火を付けながら言う。

 三人が囲んだ机の上には、ひらがなと数字が書かれた紙が広げられている。そして、その上にあるのは十円玉・・・・。

 「だって――外はもう薄暗いし、うちの学校よく出るって・・・・」

 聖美はもう少し抵抗してみる。――と言っても、別に幽霊が本当に恐いと言うわけではない。クラス委員長と言う微妙な立場が、彼女の好奇心をほんの少しだけ押さえているに過ぎないのである。

 「――だぁい丈犬だって! 実際に聖美が見たんじゃないでしょう?」

 須川 久美が横幅のある体を揺すった。

 「それはそうだけど・・・・」

 噂話ならいっぱいあるのに、と言いかけて、聖美は止めた。

 「・・・・でも、本当に今からやるの? こっくりさんもどきなんて・・・・」

 聖美はユラユラと怪しく光る灯火を見つめた。その光に照らされてできた影が、また幾重にも重なり合って、机や床に映っている。

 「ちょっとぉ、こっくりさんとエンジェル様を一緒にしないでよ」

 真澄が腰に手をあてた。

 「え、似たようなものなんでしょ?」

 「――聖美ぃ。アンタ人の話全然聞いてなかったわね!? あんな狐と一緒にしちゃだめなのっ。エンジェル様は、私たちを幸せに導いてくれるんだから!」

 久美がふざけて祈りのポーズをとる。それが妙にはまっていて可笑しかったが、吹き出しそうになるのを堪えて

 「ゴメン・・・・」

 と、聖美は謝った。

 「それよりどうするの? もう準備はOKなんだけど」 

 「そぉそぉ。聖美がいないと始まんないんだからさぁ」

 二人に挟まれる。これ以上はマズイかなぁと、聖美は既に決まっていた結論をやっと引き出す事にする。

 「・・・・分かりました! ここまできたら、最後まで付き合います!」

 「そうこなくっちゃあ!」

 その時、勢い余った久美の巨体が机に当たった。

 今度はその机がガタンと音をたてる。

 「久美――!」

 真澄の剣幕に、久美は小さくなった・・・・。

 立ち上がった瞬間、椅子が動いて、ガタッと音をたてた。

 ――ようやく暑さも喉元を過ぎ、随分と過ごしやすい季節になってきたある日。

 誰もいない、薄闇に包まれた教室に、女子生徒三人の姿があった。

 「久美っ、静かに――!」

 いつもは騒めきに消されるその音も、今は一際大きな昔となって教室に響く。

 「ねえ・・・・、やっぱりやるの?」

 中嶋 聖美は、両隣の親友の顔を伺う。

 「なーに? まさか今さら怖じ気づいたんじゃないでしょうね?」

 と、岸谷 真澄がロウソクに火を付けながら言う。

 三人が囲んだ机の上には、ひらがなと数字が書かれた紙が広げられている。そして、その上にあるのは十円玉・・・・。

 「だって――外はもう薄暗いし、うちの学校よく出るって・・・・」

 聖美はもう少し抵抗してみる。――と言っても、別に幽霊が本当に恐いと言うわけではない。クラス委員長と言う微妙な立場が、彼女の好奇心をほんの少しだけ押さえているに過ぎないのである。

 「――だぁい丈犬だって! 実際に聖美が見たんじゃないでしょう?」

 須川 久美が横幅のある体を揺すった。

 「それはそうだけど・・・・」

 噂話ならいっぱいあるのに、と言いかけて、聖美は止めた。

 「・・・・でも、本当に今からやるの? こっくりさんもどきなんて・・・・」

 聖美はユラユラと怪しく光る灯火を見つめた。その光に照らされてできた影が、また幾重にも重なり合って、机や床に映っている。

 「ちょっとぉ、こっくりさんとエンジェル様を一緒にしないでよ」

 真澄が腰に手をあてた。

 「え、似たようなものなんでしょ?」

 「――聖美ぃ。アンタ人の話全然聞いてなかったわね!? あんな狐と一緒にしちゃだめなのっ。エンジェル様は、私たちを幸せに導いてくれるんだから!」

 久美がふざけて祈りのポーズをとる。それが妙にはまっていて可笑しかったが、吹き出しそうになるのを堪えて

 「ゴメン・・・・」

 と、聖美は謝った。

 「それよりどうするの? もう準備はOKなんだけど」 

 「そぉそぉ。聖美がいないと始まんないんだからさぁ」

 二人に挟まれる。これ以上はマズイかなぁと、聖美は既に決まっていた結論をやっと引き出す事にする。

 「・・・・分かりました! ここまできたら、最後まで付き合います!」

 「そうこなくっちゃあ!」

 その時、勢い余った久美の巨体が机に当たった。

 今度はその机がガタンと音をたてる。

 「久美――!」

 真澄の剣幕に、久美は小さくなった・・・・。

 

 

 こっくりさん――。

 この言葉は、恐らく誰もが一度は耳にした事があるだろう。

 古来もっとも親しまれてきた降霊術。

 それがこっくりさんである。

 起源は(説にもよるのだが)大和朝廷時代にまで遡る事ができる。

 当時の政治方式は絶対王政に支えられた親権政治であった。つまり呪術、占ト、祈祷が国政を左右していたのだ。もちろんこっくりさんは現代のような様式ではなく、油を充たした皿に貝殻を入れ、その様子によって占ト師が判断すると言う、限られた人間だけが行なう事のできる神聖な儀式であった。

 しかし、親権政治に終止符を打った貴族政治、そして武家政治へと、社会は移り行く。

 得に武家政治についてはご存じの通り幕府を開き、天皇家をないがしろにするものであった。

 これにより、大きな後ろ盾を失った神権政治の立役者たちは歴史の表舞台から消える事となる。そして次第に彼らは、国家権力に反する者へとなっていくのである。

 ――彼らの、数多くの者が諏訪へと流れていった。しかし、別の者は建御名古神の勢力へ――、ある者は御石神神の勢力へ、またある者は信太稲荷の勢力へとも流れていった。

 そして、この稲荷明神が大事なのである。

 そう、こっくりさんの儀式その物は神道として、修験道として、狐神と共生しながら、現代まで脈々と受け継がれてきたのである・・・・。

 ところで、このこっくりさんとエンジェル様の違いについてだが、これに関しては類似点ばかりが目立ってしまい、これといった相違点はない。

 ただエンジェル様には幸せが付きまとうと言われているのであるが、これはもちろん、信じる者は――と言うお約束のパターンである。

 ――さて、この間にも聖美たち三人は、エンジェル様で盛り上がっていた。

 「それじゃあ、そうねえ・・・・。次は聖美の事を好きな男の子はいますか? ってのはどう?」

 よくある真澄の提案に、聖美は慌てた。

 「ちょ、ちょっと待ってよ! 何で私なの?」

 「だってほら〜、聖美が一番ねぇ・・・・!」 

 何が一番なのやら。

 「もう! 他人事だと思って!」

 形だけでも聖美はすねてみせる。真澄と久美の二人はそれを見てまぁまぁと彼女をなだめるのだ。

 「・・・・聞くのはいいけど――、二人ともちゃんとやってよ」 

 「分かってるって」

 と、二人は安請け合いする。

 「じゃ、さっそくやろっか」

 「何よ〜、やる気出しちゃって」

 「へへ・・・・。そりゃまぁ、私だって気になるもん」

 「・・・・委員長には勝てんよ」

 久美がおどけてそう言った

 「余計なお世話です〜!。 私の次は二人の番なんだからねっ!」

 「はいはい。――それじゃあ始めるわよ」

 真澄の合図に、三人は紙の上に手を置いた。

 「エンジェル様、エンジェル様・・・・。今ここに降り立ちて、聖美に好意を寄せる男性を我らに明らかにされたし・・・・!」

 その言葉を言い終えた時、音もなく儀式の中心に降り立つ光があった。光は、三人が押さえる十円玉に吸い込まれるようにして消えた・・・・。しかし、その光に気付いた者はいなかった。

 人の目には見えない、何かが降臨してきたのだろうか・・・・?  

 ともかく――、何が起こったのか分からないが、何かが起こったのである。

 その雰囲気だけを悟って、三人は呆然としていた。 

 「あれ? どうしたんだろ・・・・?」

 最初に真澄が口を開いた。彼女は目を瞬かせる。

 「・・・・何でみんなぼ〜っとしてるの?」 

 「・・・・真澄だって、ぼけっとしてるじゃん・・・・」

 と、久美は言う。

 「ねえ? 聖美?」

 「・・・・」

 聖美は答えない。何か思い詰めた顔をしている。

 「聖美? どうかしたの・・・・?」

 久美は聖美の体を揺すった。

 「・・・・ねえ、二人とも、さっきの何だと思う・・・・?」

 聖美は、親友の顔をたっぷり五秒見つめて言った。

 「さっきのって? ――何?」

 「さっき光みたいなのがここに降ってきたじゃない・・・・!」 

 「なぁに言ってんのよ。何も見えなかったわよ」

 「でも・・・・――、私確かに――」

 聖美は言葉を飲み込んだ。

 分かっている。自分でも今見た光景を否定したかった。

 だけど――!

 「光なんて見えなかったって。――聖美の思い過しよ」

 結論付けるように真澄が言った。

 「・・・・」

 「聖美がやる気見せたからエンジェル様が降りてきてくれたんじゃないの」

 久美がニヤニヤしながら聖美を見た。

 「やだ――!」

 「ばかね。そんな事あるわけないじゃない」

 真澄が久美をたしなめる。何だか矛盾している気もするが、彼女の意見に聖美は賛同したかった。しかし

 「確かに・・・・見たんだけどなぁ・・・・」

 と、彼女は首を傾げた。

 「まだ言ってる」

 「――あ〜あ、何かしらけちゃったわね」

 「もう帰る――?」

 「そうね・・・・、そうしよっか」

 真澄は片付けを始めた。「ほら、聖美――。まだそんな顔してる」

 「・・・・え?」

 「聖美の悪いトコ。さっきのは気のせいだって・・・・!」

 真澄の言葉に、聖美は黙って頷いた。「――よし。じゃあ先生に見つかんないうちに、早く学校を出よう」

 ――こうして彼女たちの好奇心に満ちた遊戯は幕を閉じた。

 そして、これこそが今までで最も意外な幕の引き方をした事件の発端であったのである・・・・。

 

 

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