「へえ――、そんな事があったんだ」 いつもの教室に、亜由美たちは戻ってきていた。 「影使いの掟か・・・・」 先に戻っていた大地は腕を組んで 「せっかく新メンバーができると思ったのに、残念だなぁ・・・・」 と侮しがっている。 ところで、ここに雫の姿はない。彼女は疲れたからと言って早退してしまった(もっとも今日これから授業があるとも思えなかったが)・・・・。 「でも――、志乃舞ちゃんの気持ちも分かるわ」 麗子は言う。その口調には志乃舞の気持ちを慮ってか、少なからず憂いが含まれている。「彼の事、好きなのよ」 栗間と志乃舞。二人が許婚同士である事は秘密である・・・・。 「あ、そう言えば栗間くん、亜由美ちゃんの事何か言ってたわねぇ」 と、今度は先程までの口調とは打って変わって明るい麗子の言葉に、大地がギクリとした。 「え? 何ですか、先輩?」 亜由美は嫌な予感がして眉をひそめた。 「ねぇ、大地? あんた二人して何か言ってたよね?」 「・・・・嫌だなぁ麗子さん、何も言ってませんけど・・・・」 大地が取り繕うように笑った。 「隠したって無駄よ。ちゃんと聞こえてたんだから」 それならわざわざ大地に聞く事はないのだが、そんな事はお構いなしの麗子である。 「れ、麗子さん!」 そして、慌てる大地をよそに、彼女は即席でシリアスな顔を作ると、人差し指をビッと立てて亜由美に顔を近づける。 亜由美は唾を飲み込む。何を言われようが覚悟を決める。 「栗間くん、亜由美ちゃんの事が好きなんだって」 ――やっぱり! そんな事だろうと思った・・・・! 「へ〜、もてるなぁ、神降」 寺子屋は眼鏡を上げた。 あいつ、後で殺してやる。 大地がバツの悪そうな表情で、亜由美をちらりと見る。 しかし、殺意を覚えながら、彼女はまともに大地を見られない・・・・。 「でも大丈夫!」 そんな二人を交互に見て再び麗子が口を開いた。 「さっき見て分かったんだけど、栗間くんと志乃舞ちゃんはもうできてるわね・・・・!」 彼女はそう断言し 「だから亜由美ちゃん、栗間くんの事は気にする必要はないわ。チョッカイ出してきたら私に言いなさい!」 と、ウインクした。 「は、はぁ・・・・」 「――で、変な虫が付かないうちに早くあなたも言っちゃいなさい」 「え?」 「告白よ。告白! 好きな人いるんでしょう? 亜由美ちゃんならきっと上手くいきそうだと思うんだけど・・・・」 と、麗子はそこで言葉を区切ると 「ね? 大地」 大地を仰いだ。 「いっ!? あっ、そ、そうですよね――・・・・」 「あんたねぇ――、『いっ!?』はないでしょうが!」 ・・・・そこで、雫には悪いが彼女がいなくてよかったと亜由美は内心思った。この場に雫がいたら、きっとこれ以上に亜由美をからかっている。 「麗ちゃん、もうそれぐらいにしとけば?」 見かねた(?)寺子屋が口を挟んだ。「二人の問題だよ」 言ってしまってから 「文雄くん!」 「――あ、いや、それは・・・・」 彼は自らの失言に、口を開けたまま固まってしまった。それを麗子が横から思い切り睨む。 いたたまれなくなって、亜由美はとうとう下を向いてしまった。 そして気まずい静寂・・・・。 「ともかく、お疲れ様でした寺子屋さん」 その場を切り開いたのは大地だった。 「ん――、あぁ」 助かったと言わんばかりに寺子屋は応えた。 「結権大変だったんだぞ。下手に弱みは見せられないし、相手の揚げ足を取って言葉をつなげるのに苦労したんだからな」 彼はその苦労を微塵も感じさせない口調で言った。 「そ、そうですよ・・・・。本当に凄かったです」 亜由美も大地の話題にのる事にする。 それにしても大地が一番タヌキなのではないだろうか・・・・? ともかく、亜由美は 「あれは私なんかにはとてもじゃないけど真似できないですよ・・・・」 と、言う。が、しかしまぁ本来、陰陽道とはこのようなものなのだ・・・・。 「そうよねぇ。――でもどうして、『Y・H・V・H』って言っただけであの天使は消えたの?」 「それが麗ちゃん、言霊だよ。あいつにとって、絶対的恐怖を感じる存在はただ一つだったからね。消失したのは向こうの思い込みが強すぎただけで、僕は責任は取れないよ」 「ちょっと待って下さい、寺子屋さん。それじゃあ、何です? はったりだったんですか!?」 大地が冗談は止して下さいよ、と言うと 「何言ってるんだよ。僕なんかがいくら頑張った所でカバラ神秘学を理解する事なんて不可能なんだよ。――ましてやその応用編とでも言うべきマリオノール・ゴーレムなんてとてもとても・・・・」 言っている事の割に、寺子屋は可笑しそうだ。 「それにしても、そんな退魔方法、よく思い付きましたね」 「あはは・・・・、情報提供者にちょっと腹を立ててね。相手をけなしてたら思い付いたんだよ」 「キリスト教徒が聞いたら、文雄くんちに剃刀が届くわよ・・・・!」 と、麗子が呆れると、寺子屋は肩をすぼめ両手を上に向けて言った。 「そんな事言ったってしょうがないよ。僕は無神論国家で生まれた人間なんだからさ・・・・!」 ――事件はその幕を下ろした。 夜は毎日やって来ては、世界を闇で包み込む。 しかし、光と共に朝も毎日やって来る。 光は闇を追い払い、世界は日常を取り戻す。そして、日常は日常のままに過ぎていく・・・・。 そんな日常の中で、順風高校の二学期は仕切り直すようにして再開される事となった。 それは木の葉が次第に色付きつつある日の事であった・・・・。
終
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