こうして、学校は日常を、本来の機能を取り戻した。 体育館にいた生徒たちはすぐに自我を取り戻し、聖美も今は保健室で寝込んでいるものの――意識を、意志を取り戻した。 それらを解決した小英雄たちの事も知らずに・・・・。 「亜由美さんっ――」 ステージに上がった亜由美を目ざとく見つけて、栗間は駆け付ける。 見れば汗だくで息が上がり、栗間は今にも倒れそうである。 「栗間くん・・・・!? どうして――」 控え室にいた亜由美は、栗間の活躍を知らない。 「あ、初めて名前を呼んでくれたね」 栗間は床に座り込んで言う。そこにみるみる汗が溜まる。 「それにしてもやられたよ・・・・! こっちは必死で生徒を止めてたって言うのに!」 その時―― 「将吉!」 と、栗間を呼ぶ声がした。その声に彼は振り返り、亜由美は顔を上げる。 志乃舞だ――。 「また、淀を破ったのね・・・・!」 志乃舞は亜由美を睨み付けてから、栗間に寄り添う。 「お前、家にいろって――」 「将吉・・・・! 分かってるの!? ちゃんと許しを得るまで、力は使っちゃいけないってあれ程言われたでしょう・・・・!」 「っさいな・・・・! 力は使う為にあるんだ」 栗間は志乃舞の手を振り払って言った。「正しい事に使って何が悪い!」 「でも――! 力に呑み込まれちゃ・・・・」 「志乃舞!」 二人のやり取りをステージ上で聞いていた亜由美は眉をひそめる。 栗間くんの力って、まさか――!? 「亜由美ちゃん、大丈夫!」 「あ、麗子先輩」 ふらふらになりながら、麗子がやって来た。大地と雫の姿はない。二人は事後処理の方に回っているようである。 亜由美はステージから降りた。 「もう、大変だったのよ。――彼がいなかったらとてもじゃないけど止められなかったわね」 麗子は栗間を一瞥して亜由美にささやいた。 「彼、影使いなのよ」 やっぱり・・・・! 亜由美は再び栗間を見つめる。 栗間、と言われて気が付くべきだったか。名前の方に気を取られて、名字にまで気が回らなかった。 『くりま』――『繰り魔』。 そう言われれば確か、そういう名の影使いの家系があると、祖母から聞いた事があった。・・・・ような。 「影使い・・・・なの」 そしてようやく、亜由美は志乃舞の剣幕の意味する事が理解できた。 影使いの力は両刃の剣。 未熟な者がその力を使うと、自らの影に呑み込まれる。 そして、影使いの力は闇の力。 誤った使い方をすれば、闇は簡単に術者を取り込むと言う。 それ故に、影使いたちはその力に制限を課す。そして一族の長のみがその枷を外す権限を持つ。 恐らく、栗間は長の許しをもらっていないのだ。 ――志乃舞の危惧はそこにある。 そして彼女は亜由美に食いかかる。 「あなたのせいよ! 将吉に何かあったら、あなたのせいだからね――!」 「止めろ、志乃舞っ!」 栗間は志乃舞を押さえる。 「だって、将吉・・・・」 「志乃舞!」 栗間の、有無を言わさない制止でやっと志乃舞は口を閉じた。 が、その表情からはやはり敵意が消えない。どうやらそれは別の感情から来るものであるらしいが・・・・。 「亜由美さん、先輩が言う通り、俺は栗間家の影使いだ」 「・・・・」 「長の許しはまだ正式にはもらっていないけど――、力は使える・・・・!」 「・・・・」 「俺はただ、力を持つ者としてそれを正しい事に使いたいだけなんだ・・・・!」 そう言って、栗間は真摯な眼差しを亜由美に向けた。 その気持ちは、痛いほど分かった。 でも、それは栗間の勝手な理論に過ぎない。側で見ている者が、その無茶な行動にどんな気持ちでいるか、彼はそれを知る必要がある。 「栗間くん」 亜由美は栗間を見下ろす。以前の自分も、栗間と同じ過ちを犯した事がある。その事は忘れてはいない。 「ありがとう、って言いたい所だけど・・・・、その、同じ力を持つ者として言っておくわ」 そして、彼女は言う。 「私は掟を破ってまでして、あなたに助けてなんか欲しくないの。力を過信する者は力に翻弄され、身を滅ぼすのよ・・・・!」 しかしそれは、同じく両刃の力を使う亜由美からの、今言える精一杯の謝礼だったのかも知れない。 |