T-D

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濃い、線香の匂いが鼻に纏わりついていた。それは、この部屋の中に停滞し、まるで死者の霊魂のようにゆらゆらと漂っている。そう思った。

時折微かに香るお供えの花の匂いが、酷く淫らで、この場に不釣り合いなものに思えたけど、そう思った理由は自分でもよく分からない。

正面にはモノクロの母の写真。右目の下にほくろがあった事を、僕はぼんやりと思い出していた。

――自殺だそうですって。

誰かの押し殺した声が僕にその事を教えてくれた。

唐突に僧侶の読経が始まる。僕はまだ大人しく座っていなければならないらしい。

――火事って本当なの? 恐いわねぇ・・・・。

――もう随分と前から別居なさってたって話じゃない。今頃になって迷惑だわぁ。

 ――えぇ、ホントによ。よく、式あげる気になったもんよ。

母の葬式は淡々と進んでいく。

――何でも、もう誰だか分からないくらいに・・・・。

――えぇ、警察も自殺かどうか疑問に思ったらしいわよぉ。

――恐いわねぇ〜。

――恐いわねぇ〜。

母は、火事で死んだ。住んでいたアパートの中で焼死体となって発見されたそうだ。そのアパート自体はこれと言って被害を被らなかったらしい。つまり、焼けていたのは母と、その周囲わずかの範囲にあったものだけだと言うのだ。しかし、そんな事は後から知った事で、別にどうでもよかった。

 そう、僕は、妹と僕を捨てて家を出ていった母を恨んでいた。どうしても許せなかった。そうて母は勝手に焼け死に、僕はこれからずっと母を憎んで生きる事になった。

 

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