「なぁ、俺と付き合わないか?」 ――栗間 将吉のこのセリフを、毎日、平均三回は聞くようになってもうどのくらい経つだろう。神降 亜由美は最近になってようやくそれを聞き流せるようになってきた。慣れない最初のころは随分と困惑させられたものだった。 今も廊下で会うなりのっけからそう言われたが、平然とそれを無視すると、亜由美はジト目で栗間を捉える。 「戒め、取れたんだ」 栗間の右腕を一瞥する。 「あぁ。おかげ様で」 と、栗間もさらりと応えた。「ま、あんなのあってもなくても変わんないけどよ」 右の手首をさすってみせる。この前まではそこにあった古めかしい腕輪がなくなっていた。 「強がっちゃって。初めは相当しょげてたくせに」 亜由美はふふんと、鼻を鳴らした。――彼女は順風高校の一年生である。美人と言うよりは可愛い顔立ち。小柄だが、その動作はきびきびとしていて爽快である。 順風高校封鬼委員会――とは、学校の影に澱み、闇に巣食う悪鬼・邪霊の類を退け、生徒の学校生活を守る為に存在する組織である――の一員である亜由美は、真っ直ぐな心を持つ正義感みなぎる少女だ。 そして、栗間は亜由美に何かとチョッカイを出してくる『影使い』の少年。いとこの志乃舞がいる演劇部に所属している彼は、封鬼委員会にこそ入っていないが、この順風高校で起きた『天使騒動』――シリーズ第四話『存在の証明』を参照――をきっかけに亜由美と知り合った。 先程、亜由美が栗間に言った『戒め』と言うのは、影使い一族の掟にある罰の事で、つまり、彼はまだ影の力の行使を長から許されていないのだが、前述の事件の際、彼は独断で禁を破りその解決に奔走した(ただ単に亜由美にかっこいい所を見せたかったと言う説もある)。結果、栗間は長から罰を受けた。その罰――、『戒め』が彼の右腕にあった、力の行使を封じる腕輪だったのだ・・・・。 「な? 山川先輩の事は諦めて、俺と付き合わないか」 亜由美の顔を覗きこんで、栗間は言う。付け加えると彼は背が高く、ルックスはかなりいい線をいっている。まじまじと見つめられればどんな女子生徒でも参ってしまうと言うのはオーバーかもしれないが、文化祭での演劇部の公演には彼のファンが殺到したとかしないとか。 それにも関わらず亜由美が粟間と『やや』普通に接していられるのは『想う人』の存在があるからである。そう、彼女が好意を寄せるのが栗間の言う山川なる人物で、フルネームを山川 大地と言う少年。 大地は順風高校の二年生で封鬼委員会の先輩。次期委員長でもある彼はかわいい後輩(亜由美の事!)が恋の病にうなされているのも知らずに、相変わらずマイペースな日々を送っている。 さて、封鬼委員会にはもう一人、二年生の女子生徒がいて、こちらは非常勤(?)ときている。その名を滝 雫と言って、後輩が同僚に好意を寄せている事を見抜いている雫は、よく亜由美をからかう。もっとも、問題なのはからかわれているのを見てもさっぱりそれに気付かない大地の鈍感さ(と言うか何と言うか!)にあるのかも知れない・・・・。 「あ、悪いけど私封鬼の仕事があるから。じゃあ」 亜由美は栗間を軽くあしらって――彼のファンに知れたらただでは済まされない?――歩きだした。 「え? 仕事って何か事件でも起きたのか?」 栗間のよく通る声が追い掛けてくる。が、亜由美は振り返って人差し指を立てると 「あん、ダメよ。アンタは封鬼委員じゃないんだからこれ以上は首を突っ込まないで」 と、釘を刺す。 「ふ〜ん、別にいいさ。どうせ影に聞けば分かるんだしよ」 栗間は断然余裕の表情。それを見て亜由美はここぞとばかりに眉を釣り上げる。「もう! また志乃舞さんに心配かける気ぃ!?」 志乃舞は栗間が禁を犯す事に気を揉んでいる。そして困った事に、彼がそうするのは亜由美の所為なのだと勝手に思い込んでは彼女を非難するのである。まぁ、確かにそうかもしれないが、本当は違う(と、亜由美は思っている)。栗間が禁を破るのはあくまで自分の力を正しい事に使いたいが為の事なのだ。それは志乃舞とて分かっているはずなのである――。 「部活はいいの!? またアンタ探して学校中走り回ってるわよ!!」 更に亜由美の一言。結局、栗間はしぶしぶ諦めて 「チェッ、仕方ないなぁ。・・・・まぁ、先輩によろしく、亜由美」 と、言い残すとさっさと立ち去ってしまった。 ――呼び捨てにしないでよ! と、亜由美は思ったが、慌てて走り去る栗間の後ろ姿に苦笑してしまう・・・・。 ともかく! 彼女はようやく大地の待ついつもの教室へと向かう事ができたのである。
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