〜記憶の散策         文・上山 環三

 

 私の憧れの理恵先輩は、この屋上から転落して死んだ。

 事故で片づけられた理恵先輩の死が、実は事故でなかったと

知ったのは、つい最近のことだった。

 彼女の夫、親友である高田からその事を相談された時、私の

胸に去来したのは「やはりそうだったのか」という乾いた感情

だった。

 先輩の所へ、誤解した彼女が話をつけに行ったのが事件の始

まりだった。

 彼女は私が先輩の事を好きだと勘違いしたのだ。――もちろ

ん、先輩はそんな事は知らなかったろう。

 そこで口論となったのか・・・。

 彼女はずっと隠してきたその秘密の為に精神に異状をきたし

育児を放棄しているらしかった。

 「ごめんなさい・・・先輩・・・」

 その美帆の言葉に、私は我に返った。

 「・・・先輩・・・」

 彼女の病気の発端は、生まれて来た娘にあった。

 姑から付けられた名前は『理絵』。

 娘に泣かれるたびに彼女は先輩に責められているような錯覚

に陥った、という事は想像に難くない。

 私は緊張を解いた。長い息をつく。

 「菊池君・・・」

 私は彼女に視線を戻した。

 「・・・知ってたの?」

 涙に濡れる彼女の、罪の告白をしたその顔は、今までの暗い

影が消え、安堵感に包まれているようにも見えた。

 私は答えに窮して彼女をただ見つめた。

 「理恵先輩、菊池君の事が好きだったのよ・・・」

 その瞬間、私の全身を何とも言えない悪寒が走り、私は立っ

ていられなくなってしまった。

 ただ、真冬の太陽の陽気が疎ましかった。

 

おわり

 

 

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