そう、事故にあった。
そこまでは覚えている。
助かったのか?
身体を動かそうとしたが、激痛が走るので諦めた。
だが、痛みを感じるということはまだ生きている証拠だ。
今日は何日だ?
事故からどれくらい経った?
研究の方はどうなっている?
考えれば考えるほど答えのなさに空しくなる。
とりあえずここが何処か確認したい。
そう思って瞼をあげようとしたが、それすらもかなわない。
だが、嗅ぎ慣れた匂いがする。
この匂いは確か……。
そう、病院だ。
それも職場の精神科じゃないのか?
事故にあって一番近くの病院がここだったのか。
だとしたら誰か知り合いがいるはず……。
声に出して呼ぼうとしたが、口が動かない。
まだ、後遺症で麻痺しているのか。
いや、しばらくすれば治るだろう。
それまではおとなしくしているのがいい。
痛みを忘れて。
何もかも……。
全てを……わす……れ……。
やあ、お目覚めかね? 久しぶりに意識を戻したようだ。
体調に……。
*
ここは精神科所長室。
二人の男が何やら楽しそうに話をしている。
一人は副所長の渡瀬、もう一人は所長の藤井といった。
「人権問題が相手ではお前も今の研究テーマはうまくいかんだろう」
「ああ、確かに。
だが、偶然にも活きのいい患者が届いたからな」
渡瀬の目は狂気を帯びている。
「彼のことかい?
まあ、事故でここにきたことが不幸の始まりだな」
藤井には部下の事故を悲しんでいる様子はない。
「で、結果の方はどうだい?」
「私の方法じゃうまくいかなかった。
奴らと飲んでたときに奥谷君が面白いことを言ってたんでな、そ
れを試したんだ」
藤井は、ほうと詳しいことを聞きたがる。
「まあ、詳しいことは報告書に書いてあるよ。これだ。
勿論、他言は無用だ」
分かっている、とさっそく報告書に目を通す。
「ほう。これを読む限りじゃ成功はまだ目に見える形ではないよう
だ」
「そう、それが欠点だ。だから、それを本人に直接問いたいんだが
知っての通りだ」
「精神異常……か」
「だから成功しているなら、今頃誰かになった夢を見ているはずな
んだ」
「しかし、ここまで人道に反すると世間には公開できんだろう?」
渡瀬はその言葉を聞いて笑いだした。
「公開? 興味ないね。
私はただ趣味でこんな事をしてるのさ。
お前もよく知ってるだろう?」
藤井はそれを聞き冷静に答える。
「そうだな。お前はその執着心がなければ所長になれたほどの男だ
からな。
むしろ、若い連中がお前について行くことが信じられんよ」
渡瀬はほめことばとして薄ら笑いを浮かべる。
「彼には感謝と同時に同情するよ」
「同情かい?
奥谷君が聞いたら喜ぶよ。研究テーマにヒントをくれたばかりか
自ら被験者になってくれたんだからな!」
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