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          by 味けずり

 

 太陽はもう頭上近くまで上がっていた。照り付ける日差しはそれ程厳しくはなく、むしろ肌に心地よいくらい。

 ぼろアパートの屋根の上でうとうとしていた私は階下(?)の人間が起き上がる気配を感じて、身を起こした。

 「ふぁあぁあぁぁ〜」

 と、欠伸を一つ。ま、これは元々夜行性なんだから仕方ない。

 ――眠そうな目をこすりながら洗面所へ向かうそいつ。

 途中、テレビの電源をリモコンで入れる。

 水道がひねられ、水が流れだし、顔を洗う音が聞こえてきた。起きだちに歯は磨かないタイプらしい。

タオルで顔を拭き、そして。

 

 

 その日、秀丸 陽平はいつもより早くに目が覚めた。

 理由は分かっている。あの眼鏡だ。

 昨日、電車の中でもらった(誰にだろう? 思い出せない)不思議な眼鏡。半信半疑で彼はその眼鏡に付け替え、途中の停車駅で車内へ乗り込んできた若いカップルを見た。

 いや、睨み付けたのである。幸せそうなのがどうにも許せなかったからだ。

 その途端、カップルの彼女の髪から、突然炎があがった。

 そして、今。秀丸は寝癖をブラシで直しながら洗面台の片隅に置かれた眼鏡に目をやる。自然に笑みがこぼれる

 付けっぱなしのテレビからは、連続放火事件がワイドショーに取り上げられ、無責任なコメントが熨斗の様に添えられていた。

 秀丸は大事そうに眼鏡を手に取った。

 『私たちは犯人の動機に迫ります――』

 三流レポーターの声。ほくそ笑む。

 やっと僕にもチャンスがやってきた! 

 平凡な人生なんてまっぴら御免だった。ささやかな幸せにしがみついて生きている周りの人間の様にはなりたくなかった。

 僕は特別な存在になる・・・・! 

 その捻くれた決意に打ち震えながらも昂揚感にその心を一杯にして、秀丸は眼鏡を掛けた。鏡の前で――。

 その時、確かに彼は幸せを掴んだのである。

 

 

 私はさしたる感傷もなくその時を迎えた。

 ボッ!! と言う何かが吹き上がるような音が聞こえたと同時に、窓ガラスが割れ、そこから炎がジェットエンジンのように吹き出した。それにも負けず劣らず激しい男の悲鳴。ごろごろと床を転げまわる音。何かとぶつかり、何かがガシャンと下へ落ちる。

 しばらく、その暴れまわるような音は聞こえていたが、じきに収まり、静かになってしまった。

 そうして、私はステッキを下へ向け今度は別の呪文を唱えた。すると、階下の窓から、白い小さなガスのような塊が差し向けたステッキの方へ飛んできて、その先端へ吸い込まれる。

 私はステッキについた小さな目盛りを確認して

 「あ〜あ。真っ黒焦げじゃない」

 と、悲痛な声を上げた。あの小太りな男の魂は無事、ソコに入っていた。だけど、真っ白なはずのそれは焦げて煤けているじゃない! 

 これじゃあソウルポイントは良くてマイナス5、悪くて半減だわ!

 

 

 ――あまりのショックにガックリきた私を待っていたのは、こっちに異動してくる前に思い切って告白した彼からの『NO』と言う返事と、案の定低いポイントで引き取られた魂の査定証書だった・・・・。

 こうして、しばらくは星空を眺めて慰みの日々を過ごす事を、私はその時固く決意した。

 世間では連続放火事件の後は原因不明の停電がマスコミを賑わしていたみたいだけれども、そんな事は私には関係なかったのである。

 

 

 

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