T

          by 味けずり

 

 「何だよお前・・・・」

 そいつは迷惑そうな態度を精一杯卑屈に表現しながら私に言った。

 「何でついてくるんだよ」

 とも。

 「隣、いい?」

 私はにっこりと微笑んで訊ねる。

 「・・・・」

 それには答えず、そいつは黙って外に目をやる。――いけ好かない奴!

 ここは電車の中。午後の中途半端な時間だけに、車内はガラガラ。私と目の前のこいつ――もう分かってると思うけど、この不健康そうに太った眼鏡で色白のこの男が今回のターゲット。この地区に移ってきて初めてのにしてはちょっとヤな感じだ――、そして老夫婦がちょっと離れて座っているだけ。

 ローカル路線を、電車はガタゴトとのんびり駆って行く。

 相変わらず私を見ないこいつに、構わず隣に座る私。チラリと様子を盗み見ると脂ぎった顔がふて腐れるようにしてそこにあった。

 ふう、我ながら仕事熱心なのには感心するわね!

 「昨日の火事、見てたでしょ?」

 「・・・・」

 「私見てたんだ」

 そう言うと、こいつは私を一瞥する。眼鏡の奥の小さな目が、私を値踏みしている様が解った。

 「炎ってきれいよね」

 「・・・・何が言いたいんだよ」

 「講義、でなくていいの?」

 「・・・・」

 「気になる? 私の事?」

 「・・・・」

 こいつはだんまりを決め込んだままだ。でも! 何を隠そう、この私は朝からこいつの後を付け回しているのだ。それもあからさまに。これで気にならないと言ったら嘘になる。事実、男の視線は世話しなげに宙をさ迷っては私に行き着くのであった。ハイ。

 「・・・・大学へ行っても何もする事ないんだ」

 と、そいつは悟りきったように言った。

 「ふ〜ん。じゃあ、なんで大学に入ったの?」

 「そんな事俺が知るもんか」

 開き直りやがった、こいつ。

 「それより――」

 「!」

 あのギトギトした顔が不意に近づいてきたので、私は思わず身を引きそうになった。『そうになった』というのは、実際はそうしていないという事で、私は驚くべき(←自分が)自制心でそれを堪えたのである。

 「昨日の火事を見てたのって、本当か?」

 私は黙って肯いた。この男の中で、私の存在が徐々に受け入れられているらしい・・・・。複雑な心境ではあるけど。

 「どう思う?」

 「え?」

 「だから、どう思うって?」

 「そ、それはきれいだなって――」

 そう私が答えると、得意げな表情をこれ見よがしに浮かべて、そいつは言った。

 「あれ、俺がやったんだぜ」

 知ってるわよ、そんな事! って言うか、そんな事自慢するな!

 

 

 その後の事はあまり思い出したくない。あいつが放火する理由を延々聞かされたから。どうでもいいけど、参考までに要約すると『ささやかな幸せに対する抵抗』とでも言うか・・・・。

 あぁ、もう! まったくどうでもいい話だ。余程話し相手に飢えていたのかそいつはずっと喋りつづけたのである。

 別れ間際、私は話し終えて満足しているだろう彼に、しゃれたブルーの眼鏡を差し出した。

 「何コレ?」

 完全にため口。

 「アナタにあげる。この眼鏡を掛ければあなたが見た幸せそうな人を不幸にできるかもよ」

 ウインクしてそう言った私を、そいつは事もあろう事か呆けた顔で見つめた。

 「じゃあね」

 ちょうど電車が止まる。御都合主義な展開でも何でもなく、ただのタイミングの問題。

 私は足取りも軽やかに――あいつから開放された喜びと仕事をやり終えた満足感で――ドアをくぐる。

 「あ、君・・・・」

 中途半端に立ち上がるあいつ。私はにこやかに且つこれでもかと手を振ってやった。

 「名前・・・・!」

 ドアが閉まり、電車は再び駆しり始めた。

 

 

                      小説広場へ戻る TOP BACK NEXT