――夏。
太陽がこれでもかと照り付け、セミ達は躍起になって泣き喚く季節。 拭いても拭いても出てくる汗に辟易しながら、僕は六畳一間の自分の家に腰を下ろし、コンビニで買ってきたばかりのアイスクリームにかじり付いている。 開け放った窓の外はたゆとうと水を湛えた水田。そこから青々とした稲が青空に向かって、気持ちいいくらいに真っすぐ伸びている。 暑い。とにかく暑い。うだるような暑さとはよく言ったものだ。なよなよと扇風機の風が僕の背中を撫でているが電気代の無駄だった。 僕はアイスを食べている。――と、ブブブと言う間伸びたバイクのエンジン音が聞こえてきた。 水田の間の農道を、赤いバイクがこちらへ向かって走ってくる。 郵便配達だ。そう言えばいつもこれくらいの時間にくる。 白樺荘の――これが僕の住んでいる古アパートの名前――共同ポストの前にバイクはビタリと止まると、配達員がその中に手紙を入れていく。 カタンと言う郵便物の入る音が何度か聞こえた。 僕はアイスを食べながらその様子を眺めていた。 と、その配達員と目が合った。 僕が軽く頭を下げると、向こうも同じ動作を返してくる。思っていたより年配の配達員だった。――おじさんはこちらヘタッタッタとリズミカルに走ってくると、僕の前に立ち止まって白い葉書を一枚差し出した。 「お宅に郵便です」 僕はアイスの棒を咥えたまま立ち上がり、葉書を受け取る。 「毎日暑いですねぇ」おじさんは天を仰いだ。 「そうですね。――ご苦労様です」 アイスクリーム食べますか? と口にしかけて僕は止めた。 「それじゃ、どうも」 おじさんはそう言うと、また軽快な足取りでバイクまで戻ると、次の家を目指して行ってしまった。 エンジン音が遠ざかる。 何気なく見送ってから、僕は葉書に目をやった。 表には宛名しか書かれていない。サインペンで丁寧にそれは書かれていた。 誰だろう・・・・。頭をひねりながら葉書を裏返す。 ――いきなり、派手な宇が目に飛び込んできた。僕は少し眉をひそめる。ダイレクトメールかと思った。 葉書の中央に、白いタキシードとウエディングドレス姿の新郎新婦の写真がプリントされていた。 『私たち、結婚しました。』 写真の上部にはそうテロップがあり、教会のベルを中心に、赤いリボンが写真全体を囲んでいる。 何だコレ――!? と思いながら、僕はその写真に改めて目を凝らした。 新郎に見覚えはなかった。 誰かの悪戯だろうか? 純白のドレスを身にまとい幸せそうに微笑む新婦に、僕はいくらか懐疑に染まった視線を向けた。 しかし、その懐疑はすぐに驚きに代わった。 新婦は、彼女は僕の知っている人物だった。 その事に気が付いた時、全身の血管がキュッと締まったような気がした。 間違いない。――彼女だ。 忘れたはずの(そう思ってい込んでいた?)彼女の名前が、いとも簡単に蘇る。 そして僕は、彼女の名前と一緒に、心の底無し沼からたくさんのガラクタを引き上げた。それらが片方だけの靴や、黄金色をしたヤカンだけならまだましだっただろう。 しかし、もちろんそんなわけはなく、僕は自分が底無し沼に引き込まれるような目眩を微かに覚え、愕然としていた。 セミの泣き声が遠ざかっていくのに僕は気付かなかった・・・・。
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