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2000年3月16日 ドメイン取得への道
2000年3月8日 ナンバープレート
2000年1月24日 親子丼と他人丼
2000年1月1日 橋の名前に物申す
1999年10月30日 しまなみ海道'99閉幕 〜ラスト2日で全橋踏破!?〜 <その3>


ドメイン取得への道
(2000年3月16日掲載)

 2000年3月9日、なんと、ドメインを取得しました!「shimanami.net」です。念のため説明いたしますと、「ドメイン-domain」とは英語で「領地」「範囲」という意味で、インターネット上の住所/アドレスのことです。つまりホームページアドレス「http://www.shimanami.net」メールアドレス「○○@shimanami.net」などがすべて私の管理下におかれたことになるです。既にホームページに関しては「http://www.shimanami.net」と入力すると、当ページのトップに転送されます。メールに関しては今のところ使用できませんがいずれ。
 どうしてドメインを取得したかというと・・・、「きたるネットワーク社会に先手を打つため!」ではだめかな。もうどっぷりネットワーク社会になってる気もしますし、もはや先手打っている方々はじゃんじゃん儲けてるでしょう。「ベンチャー起業!」うーん、いまのとろこ何のアイデアもないしなぁ。でもまぁ将来何かしたいなぁと漠然と思ってですかね(ところでなにしよう?)。
 実は数ヶ月前からドメインをとりたいとは思っていたんです。それで情報を集めたところ、「co.jp」「ne.jp」といった「.jp」ドメインは取得条件が厳しい(例えば会社として登記していなければならないとか)と聞き、個人でもとりやすいという「.com」「.net」「.org」での取得を検討しました。名前の候補としては「shimanami」「simanami」「hakata」「hakatajima」あたりを考えていました。それでこれらの名前がまだ空いているかどうか調べてみたところ、既に「shimanami.com」「simanami.com」「hakata.com」「hakata.net」「hakata.org」はすでにとられていたんです。ちなみに「.jp」ドメインは「shimanami.co.jp」「shimanami.or.jp」「hakata.co.jp」「hakata.ne.jp」「hakata.or.jp」「hakata.gr.jp」がすでにとられております。「hakata」は九州博多関連がとっくの昔にとっているだろうなと思っていたところ、「hakata.gr.jp」だけ伯方島関連のようでした。で、空きがあったのは「shimanami.net/org」「simanami.net/org」と「hakatajima.com/net/org」でした。ホームページはもともと伯方島が主の内容だから「hakatajima」でとるべきだったかもしれませんが、将来的なことを考えてより広範囲で知名度抜群の「しまなみ」の方がいいと判断しました。次に「.net」にするか「.org」にするかですが、「.org」はなんだかよくわからない(たぶん「organization:組織・団体」の略だろうけど)、「.net」ならばかなりわかりやすくて意味的にもぴったり(?)、印象もいいのではないかと言うことで「(しまなみ).net」で取得することにしたのです。
 ところがここからが問題です。「simanami」にするか「shimanami」にするか。はじめは「simanami」にするつもりだったんです。ところがある方に話したところ「『simanami』だと『すぃまなみ』になっちゃいますよ」と言われたんです。外国人にちゃんと「しまなみ」と発音してもらうためには「shimanami」でなくちゃならないわけです。迷いました。普段ローマ字入力で「しまなみ」と打つとき、おそらくほとんどの方が「simanami」と打つであろうから、「手軽さ」「便利さ」からすると「simanami」のほうがいいわけです。しかしそれでは厳密に言うと表記が誤っていることになるのです。これは迷いました。迷い悩んだ挙げ句、すっきりした自分なりに納得できる結論がでないまま「shimanami」にしました。取得後も他の人に意見を求めたところ、これまた二つに分かれ、「shi」にしたことを笑う人までいるのです。それに今後「simanami.net」が誰かに取られそちらへのアクセスが格段に多かったら悔しいから、「simanami.net」も押さえてしまおうかと思ったほどです。財布さえ許せば両方取っていたことでしょう(馬鹿?)。でもまぁ、いまさらくよくよ悩んだところで3年間は「shimanami.net」で行かなければならないのです。いかにこれから「shimanami.net」を宣伝し、より多くの方に訪れていただけるかを考えた方が賢いでしょう。少なくとも「正しい方」を選んだ訳ですから、、、。
 ところで、「.com」「どっと混む」とかけた、うまい(?)CMがありましたが、「.net」もなにかいい読み方ないでしょうかね。ちなみに「しまなみどっと混む」開通時の悪夢がよみがえってよろしくない(うまい気もするが)。「しまなみ適度に混む」くらいがいいんだけど・・・(どう頑張ってもそうは読めない)。こんなのはどうでしょうか?「しまなみ天へ抜いて」「.」「点」→「天」「net」はアルファベットごとに「エヌ・イー・テー」とよんで「へ抜いて」・・・ね。意味不明だけど・・・。何かキャッチーでわかりやすくて「うまい!」って言われるようないい読み方があれば、掲示板に投稿してください。おねがいします。さもないと「しまなみ天へ抜いて」でいきますよ!(ってなんで脅してるんだ?)  


 ドメイン取得をお考えの方、とりあえず自分の取りたい名前が空いているか調べてみては?
  「.co.jp」などの「.jp」ドメインはJPNICで。
   http://www.jpnic.ne.jp/
  「.com」「.net」「.org」は上記JPNICでも調べられますが、他の海外ドメインも同時に調べられるregister.comが便利です。
   http://www.register.com/
  私が今回利用したのは「Discount-Domain.com」といって、インターQとういうプロバイダが運営しているサイトです。

 「simanami.net」まだ空いてますよ。(読み方「すぃまなみ」だけど。。。)

追記(3/17日)
 「shimanami.org」は上記コラムを掲載した翌日17日に取得されてしまいました。数日前新聞で読んだ、「ドメイン取得競争が激化」という記事のことを身をもって感じました。



ナンバープレート
(2000年3月8日掲載)


 さきほど、私の横を愛媛ナンバーのトラックが追い越していった。
 今、私は大阪で日々をおくっているので、たまにみる「愛媛ナンバー」に激しい郷愁をおぼえる。私の住んでいる場所は、北大阪で京都と神戸を結ぶ国道沿いに位置するため、各地のナンバープレートが入り乱れている。地元「大阪」のほか、「なにわ」「神戸」「京都」「姫路」「和泉」あたりはごく普通であり、近畿圏内の「滋賀」「奈良」「和歌山」も頻度はやや少ないがよく見る。しかし四国のナンバーとなるとごくまれで、見つけるといろいろ思いを馳せてみたりする。「何しに来たんだろう?」「出張?」「きまぐれドライブ?」「親戚を見舞いに?」「家出!?」「道に迷って、気づけば関西?」「新婚旅行!」。思いも寄らないような細い道に入っていったときなど、心配してみたりもする。
 原付のナンバープレートとなるとさらに地域が限定されるため、田舎のごく身近な町のナンバーを大阪で見た日には、チョー有頂天になってしまうだろう(なぜそこまで・・・)。ふと横を見ると「吉海町」の原付が・・・想像しただけで胸が張り裂けそうになる(うそ)。しかし実際に愛媛の原付は「松山市」しかみたことがない。
 田舎から原付を持ってきている私は「伯方町」ナンバーを乗り回していた。こっちの人にとっては、「『はくほうちょう』ってどこやねん!」とか、「の原チャや!」ってな思いで見ていたに違いない。ある日学校の駐輪場で警備のおじさんが話しかけてきた。「これ、大三島のとなりちゃうの?」。うぉー!!知っている人がいるなんて!!「旅行で大三島に行ったことがあるねん」。だからといって「伯方島」もセットでおぼえてくれているなんて!!これにはまったくおどろいた。そんな「伯方町」のナンバープレートもある日忽然と消え、盗難届を出したけれど帰って来る気配はなく、今は同じ原付に箕面市ナンバーをぶら下げている。
 しまなみ海道開通で全国からドライバーが押し寄せた1999年、初めてお目にかかるナンバーがいくつもあった。「室蘭」「岩手」「秋田」「熊谷」「山形」「沖縄」「袖ヶ浦」・・・・、まさに全国津々浦々からである。そんななか、「当たり屋が島には行っているから気をつけて下さい。もし巻き込まれた場合はすぐ警察に連絡を」という文句ともに該当車のナンバーが列挙されたファックスが島中に流された。中国・関西地区のナンバーが20ほどあり、純な島の住民はそういった地区のナンバーを見ると極力車間距離をあけて走行していた。大阪ナンバーのポンコツに乗って帰っていた私は、自分の車が避けられている気さえした。単なるデマだったそうだ。チェーンメールならぬチェーンファックスだったらしい。
 ナンバープレートを題材にとりあげてみたが、以外と書くことがあった。だが、笑うところもオチもない。別に読者を笑わせる必要はないのだが、せめてためになる豆知識くらいは載せたいところ。
 そこで豆知識を一つ。
 ウーロン茶の売り文句に「1級2級茶葉のみ使用」というのがあるが、実は売られている茶葉のほとんどが1級か2級で、その上に特級があるらしい。「1級2級のみ」と書かれると全部で5級くらいまであって、上位2ランクを使用しているんだろうと勝手に思いこんでいたが、実際は3ランクあるうちの下2ランクの茶葉だったってこと。しかも1級茶葉がどれくらいの割合で入っているかは示されていないわけだから、1:9で2級茶葉がほとんどってことも・・・。(某香港在住経験者談)
 さあ、さっそく明日、職場で・学校でこの豆知識をひけらかそう!
 え、しまなみに関係ない豆知識だって?いいじゃん、別に。



親子丼と他人丼
(2000年1月24日掲載)


 卵と鶏肉を使うから「親子丼」卵と牛肉(豚肉)を使うから「他人丼」。この説明を初めて聞いたとき、心から「なるほど!」と納得したのは私だけではないでしょう。何と聡明にして説得力のある説明なんだと感動したはずです。
 しかし、最近ふと思いました。親子丼で使用されている卵はそのどんぶりで使用されているにわとりが産んだ(あるいは産ませた)卵なのでしょうか。決してそんな訳ありません。卵の親は今もどこかで卵を産み続けている、つまりまだ生きているのです。おなじどんぶりに同居するわけがないのです。つまり、このたまごは他人のたまごなのです。(「他人」という言葉もにわとりには当てはまらないじゃないかとつっこまれそうですが、ここはにわとり間の関係を人に例えた比喩表現と言うことで容認)われわれが「親子丼」と信じて疑わなかったあのどんぶりこそ真の「他人丼」なのです!
 ではこれまで「他人丼」とよんでいたどんぶりについて考えてみましょう。われわれが犬の子どもに対して「他人」というでしょうか。いいえ言いません。カブト虫の幼虫に対して「他人」といいうでしょうか。いいえ言いません。ブリの子どもに対してハマチとは言っても「他人」とはいいません。「他種」なのです。「別物」なのです。同様に牛にとってにわとりの卵は「他種」であり「別物」なのです。牛にとって「他人の子」とは「別の牛の子」なのです。ですから、「他人丼」のことは今後、「他種丼」あるいは「別物丼」、もしくはそのまま「牛肉卵綴じ丼」とよびましょう。
 では「親子丼」という名前は無くなってしまうのでしょうか。それは悲しいのでこうしましょう。ご飯の上に「子持ちししゃも」をのせたものを「親子丼」ということにします(おいしいかどうか別にして)。これなら、正真正銘の親子でしょ。
 みなさん、今後食堂で「他人丼一つ」と頼んで「鶏肉の卵綴じどんぶり」ではなく「牛肉の卵綴じどんぶり」がでてきたら、「注文間違ってるで!」と文句を言いましょう。「なんでや!」と主人に言いかえされたらちゃんと説明して差し上げましょう。きっと相手は、一瞬納得しかかるけど、その後間髪入れずに「へりくつ言うな!」とどやされることでしょう。まじでやらないように。
 え、「伯方島」とも「しまなみ」とも関係ない話じゃないかって?僕が伯方小学校の児童だった頃、給食の「他人丼(鶏肉の卵綴じどんぶり)」が好きでした。(これじゃだめ?)

ネタ切れ・・・ネタ切れ・・・原稿募集中!



橋の名前に物申す
(2000年1月1日掲載)


 「瀬戸内しまなみ海道」。いつの間に募集していつの間に決まったのか知らないのだが、いい名前だ。これ以上いいのはないと思う。考えて応募した人もえらいし、選んだ人もえらい。私はこの「瀬戸内しまなみ海道」という名前をめちゃくちゃ気に入っている。
 しかし解せないのは橋の名前である。順番に挙げてみると、「尾道大橋・新尾道大橋」「因島大橋」「生口橋」「多々羅大橋」「大三島橋」「伯方・大島大橋」「来島海峡第一〜第三大橋」。しまなみ海道は「尾道」から始まって、「向島」「因島」「生口島」「大三島」「伯方島」「大島」といった島々を通り「今治」へとつながる。それぞれの橋には地名にちなんだ(というよりそのまんまの)名前が付けられているが、向島と今治の名前が見あたらない。実は「向島大橋」は別の所にある。向島と向島の西に位置する岩子島(いわしじま)との間にかかる橋が「向島大橋」と名付けられているのだ。赤くて小さなアーチ橋である。ぱっと見た感じけっこう古い橋のようで、できた頃はまだ本四架橋など構想の段階かそれ以前だったのだろう。早まったな、向島しまなみ海道の橋に名前が使われなかったから、それだけで島の宣伝効果がかなり薄くなってしまったことだろう。来島海峡大橋に関しては「来島」という島が実際に今治市内にあるので、よしとしよう。
 私が言いたいのは「向島」と「今治」のことではない。「伯方・大島大橋」だ。一見、伯方島から大島にかかっているから「(伯方)〜(大島)大橋」のように見えるが、厳密には伯方橋と大島大橋の二つの橋が続いてかかっているから「(伯方)+(大島大)橋」が正しいのだ。で、問題は伯方橋(桁橋)のほうだ。どうも伯方島がぞんざいに扱われているような気がしてならないのだ。そもそも昭和54年に大三島橋が完成したとき、「伯方」の名前がなぜ使用されなかったのか。伯方島と大三島の間に架かる橋なのだから「伯方」という名前が使用される権利は同等にあるはずである。おそらく、いや間違いなく「大三島」の方がネームバリューがあり世間の目を引くにはその方がより都合のよい名前だったのだろう(しかも、大三島橋を独占しておきながら、多々羅大橋も大三島の地名ではないか!)。伯方・大島大橋ができる時も、「伯方」という名前を入れるかどうかもめ、伯方側が粘ってやっとついたといううわさ話をちらりと聞いたような気もしないでもないが、もし事実だとするとこのとき伯方町が頑張っていなければ「伯方」という名前はつかなかったということになる。それにしても−−伯方橋カッコ「けたばし」−−て!おもしろみもなにもないやん。「これが伯方島にかかる伯方橋です。」って自慢できんやん。あるガイドブックの伯方・大島大橋の紹介文には、「吊り橋と桁橋という二つの異なる橋がつながっているユニークな橋」・・・。どこが「ユニーク」やねん。確かに「unique」は「独特の、珍しい、類のない」といった意味だ。しかし桁橋と吊り橋が連なっている程度のことで、ことさら声高にいうほどのことではないではないか。吊り橋とアーチ橋や斜張橋が連なっているのなら「ユニーク」と言えよう。しかし伯方橋は桁橋なのだ。飾りらしきものの一切無い、きわめてシンプルで、感動も何も喚起しない「け・た・ば・し」なのだ。
 ここでただ憤っていても仕方がないので、話を建設的な方向に持っていくため、私が新しくしまなみ海道の橋の名前を提案しよう。本四公団および各関連機関の方々、まだ遅くありません。改名をご検討いただきたい。(え、おそいって?)

尾道大橋→→→→→→尾道橋(「大」をつけるほど大きくない。)
新尾道大橋→→→→→新尾道橋(同上。向島橋とするのもいいが、二つ並んでセットということで尾道という名前を残す。)
因島大橋→→→→→→大向島橋(「向島大橋」は使用済みなので、大鳴門橋にならって前に「大」をつけてみた。)
生口橋→→→→→→→因島橋(一つずらして。「大」は削除。)
多々羅大橋→→→→→生口大橋(生口橋は「大橋」に出世。)
大三島橋→→→→→→大三島橋(そのまま)
伯方橋→→→→→→→伯方小橋(無視したいが一応名付けてみる。)
大島大橋→→→→→→伯方大橋(大島側なのが気に入らないが我慢する。)
来島海峡第一大橋→→大島大橋(ここで「大島」を使用。)
来島海峡第二大橋→→馬島大橋(馬島だってアピールする権利はある。)
来島海峡第三大橋→→今治大橋(やっぱり今治も登場させてあげないと。)

 「伯方」は2度名前が使用され、ここに来て初めて「小橋と大橋のつらなるユニークな橋」という説明を付け加えるに値するだけ「ユニーク」になるのだ。

 ところで、兵庫県内の某ニュータウン内で、歩道橋や高架橋には全て花の名前が付けられているところがある。ローズ橋、ひまわり橋といった具合である。それに習って魚介類にしてみると言うのはどうだろうか。

尾道大橋→→→→→→ヒラメ橋
新尾道大橋→→→→→ヒトデ橋
因島大橋→→→→→→アナゴ大橋
生口橋→→→→→→→サザエ橋
多々羅大橋→→→→→タコ大橋
大三島橋→→→→→→フジツボ橋
伯方橋→→→→→→→チヌ橋
大島大橋→→→→→→ギザミ大橋
来島海峡第一大橋→→バフンウニ第一大橋
来島海峡第二大橋→→バフンウニ第二大橋
来島海峡第三大橋→→バフンウニ第三大橋

いかが?

あるいは、各地の地名ではなく、名物や特産品をいかした名前はどうだろうか。

尾道大橋→→→→→→映画橋
新尾道大橋→→→→→渡船橋(どっちやねん!)
因島大橋→→→→→→洋ラン橋
生口橋→→→→→→→杜仲茶橋(これは全国的に有名かな?)
多々羅大橋→→→→→シトラス橋(けっこういいかも)
大三島橋→→→→→→小みかん橋(マイナー!)
伯方橋→→→→→→→塩橋(地味!)
大島大橋→→→→→→石橋(なんだか矛盾!)
来島海峡第一大橋→→タオル第一大橋
来島海峡第二大橋→→タオル第二大橋
来島海峡第三大橋→→タオル第三大橋

こりゃ、あかんね。

・・・新年早々、くだらない話になっちゃいました・・・
とりあえず、今年もよろしくお願いします。



しまなみ海道'99閉幕 〜ラスト2日で全橋踏破!?〜 <その3>
17日・南へ北へ 〜自転車4時間こぎっぱなしでお尻の皮がすりむけるの巻〜

(1999年10月30日掲載)


 16日までに集めたスタンプは、「尾道大橋」「因島大橋」「生口橋」「多々羅大橋」の4つで、渡橋認定証を受け取るために、残すところ愛媛県側の3つの橋を渡らなければなりません。午前11時まずは伯方島の西にかかる大三島橋のたもとまで車で行きました。スタンプは大三島側に設置されていたので自転車で橋を渡りきりました。前日とはちがってからりと晴れた青空で、鼻栗瀬戸を気持ちよく往復できました。
じゃばらになっているスタンプカード  伯方・大島大橋のスタンプは大島側にあったので車で大島に渡り、またしても橋を渡らずしてスタンプをゲットしました。
 ロールプレイングゲームとかでアイテムやら鍵やら呪文やらを集める楽しさと共通したものを感じたりもしましたが、集めたスタンプは一切何の役に立つこともありませんね(認定証をもらうのに役立つとも言えるけど、そもそも認定証自体役に立つものじゃないし・・・しいて言えばこのコラムのネタになった)。
 来島海峡大橋のスタンプは大島側から2つ橋を渡った(来島海峡大橋は3連吊り橋)馬島にあります。この橋の大島側のたもと、下田水港の駐車場に車を止め自転車を用意しました。12時を過ぎていたのでコンビニでおにぎりお茶を買い、いざ来島海峡大橋へ。青空の下快適に自転車をこぎ馬島まで渡り、馬島にはエレベーターで下りることができるので下り、海岸の防波堤に座っておにぎりを食べました。初めて自転車で来島海峡大橋を渡り、初めて馬島に下りたのですが、ここは来島海峡大橋の巨大さを目の当たりにできます。来島海峡の超速い潮流、その流れに逆らうように浮かんでいる大小の島々、行き交う、からりと晴れ上がった空、その下で食べるおにぎり、ひさしぶりに運動をしたさわやかな疲労感筋肉痛充実した休日の過ごし方をしているなぁと自己満足していました。一緒に来る彼女でもいればもう他に言うこと無いのに・・・。
 さて、一応全部のスタンプが集まりました。これを持って大三島の多々羅しまなみ村会場に行かなければ認定証はもらえません。4時がこの会場のフィナーレだったので間に合わせるため、お昼を食べ終わるとホームページ用の写真を何枚か撮ってそそくさと馬島を後にしました。
小さいけど、橋の写真なんかがあったりして、わりと綺麗な渡橋認定証  なんにせよ「渡橋認定証」をもらわねばということで、案内所に行きお姉さんにチェックしてもらいました。「確かにそろっていますね。」「ガチャ(パンチで穴をあける音)」「こちらが認定証と記念品になります。」えっ、記念品までもらえるの?先着5000人までっていう噂の。で、A5版の認定証を見てみるとNo.T599多々羅会場で599人目ということでしょうね。あと一人後ろだったらちょうど600人目だったのね・・・。それにしても先着順にもらえる記念品がイベント最終日まで残っているなんて・・・。でも、これって超レアな一品ということになるなぁ・・・。そのうちお宝に・・・。でもイベント終了後ただで配ってたりして・・・。で、その記念品というのがなんと、4色ボールペン。いいのかこんな子どもだましみたいなもので!(ただでもらっといて文句言うのもなんだけど。逆に「まさか大人が受け取りに来るなんてね」などとお姉さんたちに話されてたりして・・・)
 さて、じゃばらのスタンプ台空白を埋めんがため生口橋に向けて自転車をこぎ出したのは午後3時半ころでした。多々羅大橋を車で渡ると大三島−生口島間が軽自動車でも700円かかります。昨日も渡ったのにこんなにむげに何度も通行料を払うわけにはいかないと思い、生口島を自転車で走破することにしたのです。生口島の環状道路はほとんど坂が無く走りやすいであろうことはわかっていたので、どうせなら1周しようと行きは島の西側を帰りは東側を通りました。生口橋に着く頃夕陽がとても美しく橋を浮かび上がらせていて、夕陽をバックに写真を撮るために生口橋を通って因島側へ渡りました。
 ここ数年まともに運動らしい運動をしていない僕の体力はすでに限界に近いものがありました。「今治行きのバスに乗れば楽に大三島まで帰れるよ。乗り場は生口橋を下りてすぐの所よ」「いや、ここでバスに乗ったら負けだよ。人生そうやって楽な道ばっか選ぶの?」「全部自転車で渡ったら、それだけでネタになるよ。」・・・・・・。第3の声に心は動かされました。「ネタ」にするために帰りも自転車をこぐことにしました。
 「行きはよいよい帰りは怖い」とはこのことかと思ったのは完全に日が暮れてしまってからです。田舎の道は街灯がほとんどなく真っ暗闇のところが多いのです。しかも乗っている自転車にはライトがありません。別にお化けが怖い訳じゃなくて、行く先に何があるかよく見えないのが怖いのです。落とし穴があるかもしれない、ヘビを踏みつけてかまれるかもしれない、だれか横になって寝ているかもしれない、海に落ちるかもしれない、山賊がでるかもしれない、いや海賊か?、幽霊が出たらどうしよう(やっぱ怖いんじゃん)、貞子の井戸に落ちたらどうしよう(『リング』ね)、そして何よりここは生口島、イノシシが猛進してきたらどうしよう!ってな具合に不安は耐えません。対向車のライトはまぶしいだけでむしろ迷惑。暗闇に慣れた目を一瞬でだめにしてしまいます。もはやしまなみの絶景も何もあったものじゃありません。筋肉痛はますばかり。お尻の皮もヒリヒリします。「あぁ、なんでバスに乗らんかったんやろ?」「そもそも、今なんで自転車こいで生口島はしっとんやろ?」「認定証?何になるんや、そんなもん」。あれほど僕を突き動かした「収集癖」はもうどこか遠い国の空のお星様になっていて、今となってはネガティブな思考が頭の中をぐるぐる回るばかり。多々羅大橋を楽しそうに歩いて渡っている観光客の団体が妙に腹立たしくて、「ウェルカム!ようこそしまなみへ」なんて気分にはちっともなれない・・・。やっとの思いで大三島に帰り着いたのは7時半でした。
記念品としてこれでいいのか!「4色ボールペン」  実に4時間ものあいだほとんど休むことなく自転車をこぎ続けて、後に残ったのは、役に立たない「認定証」と、これまた役に立たない「じゃばらのスタンプ台紙(でも全部押してる)」、役には立つけど・・・記念品の「4色ボールペン」、そしてすってひりひりするお尻の痛みとその後1週間続く筋肉痛でした。
 半年に渡るイベントが終了したばかりの多々羅しまなみ村会場では、早くも後片づけが始まっていて、イベントのテーマソングを歌う錦織健の声が寂しく響きわたっていました。
 家に帰って生口島をバスに乗らないで自転車で1周したという「ネタ」を家族に話してみたけど、何の反応も返ってきませんでした。結局このコラムの「ネタ」にしかならないのね・・・。(え、それにも満たないネタだって?)


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