僕の伯父さま

帰郷


 ながい、ながい旅だった

 異質な空間での大掛かりなプロジェクト

 その建築基盤と情報通信事業の基礎が何とか形になってきた昨今

 ふと里心がついてしまった

 赤茶けた大地ではなく、水と植物を備えた青き惑星

 そこに重なる、守ろうと決めていたただ一つの心残り

 とぎれとぎれの回線に彼女の姿が映ったときの胸の高揚感を、誰もわかるまい

 あぁ、地球よ!

 私は今日、帰ってきた!

 いとしいいとしい、家族に会うために!!

 彼女が住む家の前  門の向こうに見える屋敷に、ついつい目頭が熱くなる

 こらえきれない感情のうねりに、今はただ身を任せよう

 感情に従うのは人として正しい生き方なのだから!



 とある休日の昼下がり。
 珍しく父と近所のショッピングセンターで買い物をして家に帰ってきたとき。
 それは、そこにいた。

「ねぇ父さま・・・・・」
「・・・あぁ」
「家の前に変な人がいるんだけど・・・・」
「いるな・・・」

 自分の家の門扉の前で佇み、棒立ちしている壮年の男。 プラチナブロンドの髪が、襟を立てたトレンチコートの陰からのぞいている。薄汚れた感のある服装なのに、卑しく見えないのは彼の醸し出す雰囲気が凛としているせいなのだろうか。
 しかし、それでもサングラスをかけ帽子を目深にかぶっている姿は不審者以外の何者でもない。ちょっと泣いているようにも見える。
 いい年した大人が、棒立ちで人の家の前に立って泣いている。子供としては、ドン引きである。
 隣に立つ父を見上げると、いつもよりやや険しい顔をしていた。
「・・・・・知ってる人?」
 不審者の様子と父を交互に見ながら、つい聞いてしまう。
 その質問に答えず、ヒイロが買い物袋を片手につかつかと相手に近づいていく。一歩遅れて、慌ててレイも駆け寄った。
 人の気配に、不審者も振り返る。その顔に向かって、ヒイロが険しい顔のまま言葉をぶつけた。
「何をしている、ゼクス」
「ヒイロ・ユイ!貴様がなぜここにいる!」
 二人の間に、微妙な緊張が走る。が、そんな事よりも先ほど言っていた人名が、レイの脳裏を刺激した。
 考えるよりも先に言葉が出てくる。
「え!ゼクスって母さまの兄さまの?!生きてたの?!!!」
 レイの素頓狂な叫び声に、大人二人の視線が彼に落ちる。


 一拍の間  


 不審者がサングラスをかなぐり捨てた。アイスブルーの瞳が、怒りに燃えている。
 両手でヒイロの襟元をつかむ。
「ヒイローーー!どういうことか説明してもらおうか!!!そしてリリーナの子供に何を言ったーーー!」
「落ち着けゼクス」
「父さま!やめて、おじさま!!」
 首元を絞められる父親の姿に、思わずレイがゼクスの腕に飛びつく。が、その言葉に、さらにゼクスの柳眉が逆立った。
「貴様が父親だとーーーーー!!!私のリリーナに何をしたーーーー!!!」
「話を聞け、ゼクス!」
「やめてー!おじさま落ち着いてーーー!!だって、おじさまは空にいるって聞いたから、僕てっきり!」
「だれが遠いお空に逝った、だ!!事と次第によってはただではすまさんぞーーー!!!」
「そこまで言ってないってーーー!!」
 必至なレイをぶら下げて、ゼクスががくがくとヒイロを揺さぶる。阿鼻叫喚、地獄絵図である。
 絶妙なバランスを保ったまま揺さぶられるままだったヒイロが、がっしりとゼクスの腕をつかみ返した。
 ぴたり、と3人の動きが止まる。
 ヒイロの濃紺色の瞳とゼクスの氷青の瞳がぶつかる。


「ゼクス。俺はリリーナと結婚をしているんだ」


 ぐらり

「うわぁ!!!」
 高身長のゼクスが、レイに向かって倒れかかってくる。
(一緒に倒れる)
 両目を閉じ、来るべき衝撃に身をすくませる。が、いつまでたってもそれが来ないので、恐る恐る目を開けてみた。
 ヒイロが買い物袋を持っていない方の手で、ゼクスを支えている。そのまま肩に担ぎあげ、ため息をついた。
「レイ。門をあけてくれ」
「う、うん・・・・」



 父が呼んでいた名前、ゼクス・マーキス。
 本当の名前はミリアルド・ピースクラフト。
 母さまの兄さま。つまり僕の伯父さま。
 サンクキングダムの復讐のために名前を変えて、連合の中で生きてきた人。その連合のなかのスペシャルズに所属し、卓越した指揮能力とMSの操縦技術を持ち、部下からの信望も厚かったらしい。
 『閃光の男爵(ライトニング・バロン)』『閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』と呼ばれた人。
 常に戦場の最前線に立ち、OZの中でも特にトレーズ・クシュリナーダに信頼されていたと聞く。けれど、戦争の中でOZと袂を分かち最後にはミリアルドとしてホワイトファングの指導者へとなったひと。
 そして、ウィングゼロにのった父と、最後に戦ったエピオンの操者。
 あの混乱の中行方不明になっている。
 もっと子供だったころ、母に兄がいることを知り両親に聞いたことがあった。
「ねぇ、母さまの兄さまはどこにいったの?」
 母がさびしそうに笑いながら、夜空を指した。
「お兄さまは、あの空にいるのよ」
 その答えに、最近祖父を亡くした友達の言葉を思い出す。
『おじい様は星になってしまった』
 だから、思わずうつむいてしまった。
 そして、その時以降ゼクスのことを尋ねることはなった。父がガンダムのパイロットと知った後も、聞いていない。
 なにせ、あの最後の戦いで母の兄と刃を交えていたのだ。そのことは無神経に聞いてはいけないようなことだと思っていたから。
 自分の家族の複雑な経歴に、今更ながらに困惑する。 どこまで複雑で普通じゃないんだろう。まったくもって、あきれるほどに波乱万丈という言葉が似合う人たちだ。
「似て・・・・ないよね」
 初めてみる母の兄に、レイが寝台横でつぶやいた。母よりももっと色素が薄い、プラチナブロンドの髪と、アイスブルーの瞳。男女の差を考慮しても、似ていないように思う。
 そういえば、学校の資料映像で見た王さまおじい様(レイはそう呼んでいる)が同じような髪と眼の色をしていた。
 ぶっ倒れて運びこまれた後、悪夢にうなされているらしく顔をしかめて眠っている。
 たまに
「おのれヒイロ!」
 とか
「ただではおかん!」
 とか物騒な寝言が漏れ聞こえてくる。
 あまり休まずにここまで来た上に、久しぶりの重力下で大騒ぎをしたせいで疲れが噴き出したようだ。
「ゼクス」
 ヒイロの声に、ぴくりとゼクスが反応する。
「私のリリーナに・・・!!」
 いきなり大声で叫んで跳ね起きた。が、同時に鈍い音が響く。
「と、父さま・・・・」
「おとなしく寝てろ」
 手に持っていたフライパンを肩に置き、再びベッドに沈んだゼクスを見下ろしている。先ほどより安らかな顔で倒れこみ、もはや寝言も言っていない。息をしているから彼岸で夢を見ているわけではなかろう。
 まじまじとゼクスを見ているレイの姿をみながら、ヒイロも思い出していた。
 レイがゼクスのことを尋ねた、最初で最後のあの日のことを。




「お兄さまは、あの空にいるのよ」
 そう指示す夜空の方角に、ヒイロがついとその指の向きを変えさせる。
「ゼクスがいるのはこっちの方角だ」
 ヒイロの言葉を聞いたリリーナの表情が、怪訝そうなものから一瞬にして驚愕の表情に変わる。
「ヒイロ?!あなたお兄さまの居場所を・・・?!」
 叫びが驚きでかすれてしまい、囁きに近い声になってしまっている。見つめあう両親を残し、レイが窓際から離れていく。部屋から出て行かずに、おもちゃのソファに座って遊びだしたのを確認し、二人が向き直った。
「ヒイロ?」
「最近のテラフォーミングプロジェクトの報告書の中で中心的な活動をしている人物がいる。その素性を探ってみた」
「その人がお兄さまなのですか?」
「身分証明は偽造のものだが、おそらく間違いないだろう。・・・・・・・・ゼクスは火星にいる。おそらくノインも一緒だろう」
「・・・・そう。二人とも無事なのですね」
 ほっとした表情で、ヒイロに身を寄せる。 あのクリスマスの戦いのとき、ゼクスとノインがどこに消えたのか。それは薄々わかってはいたが、確証がなかった。
 ただ、生きている事だけはわかっていたのでリリーナも表に出して心配することはなかった。それでも、心の奥底では心配していたのはわかっていた。だから、確証が得られるまで、彼女に伝えられなかったのだ。
 テラフォーミングの報告書をのぞき見て、その内容と記載されているプロジェクトメンバーを検討するうちに確信した。そしてその選択こそ、ゼクスらしいと納得もした。

何せ彼は、超ド級のシスコンなのだから。

(ノインも苦労するな)
 思い込んだら猪突猛進
 自分から進んでついて行った彼らの中では比較的常識人だった女性を思い出し、その苦労を思わず想像する。
 しかし、いつも彼の傍にいた彼女の姿が見えない。常にその後ろを追いかけ、横についていたはずなのに。

「とうとう愛想をつかされたのか?」
 あり得る話だと思いながら、いまだに持っていたフライパンを机に置いた。  



 リリーナにゼクスのことを伝えるか。



「ヒイロ許すまじ」




 やめておくか・・・・・・。
 置いたフライパンを持ち直し、もう一度深い眠りを与えてやろうかと悩む。


 目が覚めてからの事を考えると、珍しくため息がこぼれた



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