With me
「ヒイロ。どうしてココに?ボディガードの方と、秘書の方がいたと思うのだけど?」
頬に残る涙の後をぬぐいながら、ヒイロを見上げた。いつも通りの無表情のヒイロがいる。
「秘書の方は、これからのスケジュール調整をしている。ボディガードの方は、ちょっと眠ってもらった」
淡々と言いきった。恐らく、ボディガードはどこかで気を失っているだろう。ちょっと気の毒に思いながら、根本的な疑問が起こった。
「そもそも、この学校にはどうして?」
「ココは俺が通っている学校だからな」
何気なく返された言葉に、一瞬言葉が詰まる。そして、ふと気付いた。
「でも、講義堂には姿が無かったけど…?」
スミレ色の瞳を、かすかに細めてヒイロを見る。聞かなくても理由はわかっている。必要以上に、自分にかかわるつもりが無かったからだろう。
けれど、やはり淋しいと感じる。
だから、少々意地悪な質問をしても、誰も責められないだろう。
想像通り、ヒイロが言葉を詰まらせる。
リリーナは、くすりと笑みをこぼした。地球圏広しといえども、ヒイロのこんな顔が見れるのは、彼女だけだろう。
「いいの。聞いてみただけだから」
くすくす笑うリリーナ。ヒイロが、どこか安心したような顔で彼女を見下ろしている。
もう一度、ヒイロの肩に自分の頭を預け、小さく息をつく。
一瞬逡巡して、それでも言葉は止まらない。
「………あなたに会いたかったわ、ヒイロ」
言っても詮なき事。でも、言わずにはいられなかった。
「マリーメイアの叛乱から二ヶ月・・・・ 。皆、自分から平和への道を探るようにはなってきました。でも、どこかで争いの火種は、いつもくすぶっている。それは、どうしても消える事は無いのでしょうか?」
考えると、また瞼が熱くなった。それをこらえて、ヒイロを見上げる。
ヒイロは、さらりとリリーナの髪をからめとった。
すっと、それにくちづける。
「・・・・・…人は、弱い生き物だ。それを認める事が出来なくて、誰かを傷つけ、争いを起こす。けれど、人は優しさを持ってもいる。それがある限り、人を信じてもいいと、俺は思う」
優しい仕草でプラチナブロンドの髪を梳きながら、リリーナを見つめ返した。真っ直ぐな瞳が、彼女だけを捉えている。捉えて、離さない。
リリーナが、そっとヒイロの頬に手を当てた。
「わたくしの事も、信じてくれる?」
ヒイロが、自分の頬に伸ばされたリリーナの手に、そっと自分の手を重ねた。
「・・・・・・信じている」
短い言葉が、リリーナの耳朶を打った。それ以上に、心に響く。
つっと、頬に涙が流れた。
悲しいのではない。
寂しいのではない。
嬉しかった。
自然に顔がほころぶ。
なによりも、彼に信用されている事が嬉しかった。
だから、彼女は笑った。そう、自分でも思えたのは、本当に久しぶりかもしれない。
16歳の少女らしい笑みを浮かべた少女は、今だけは地球圏の希望ではなかった。
ヒイロが、壊れ物でも抱くように、リリーナを引き寄せる。
耳に、掠めるようにくちづけながら、囁く。
「だが、あまり無理はするな。見ている方が辛い」
リリーナが、ヒイロの背中に手を回した。可笑しさに、笑いがこぼれる。
「では、側で止めてください。そうしたら、無理はしません」
クスクス笑いながら言うと、ヒイロがほんの少し身体を離した。
真っ直ぐに、リリーナの目を見つめる。
「・・・・・・なにか、無理をするつもりなのか?」
察しのいいヒイロに、内心でリリーナは感心した。
ヒイロに言わせてみれば、わからいでか、というものであろう。彼女は、出会った頃から無茶ばかりをしているのだから。
その上、瞳がいたずらを思いついた子供のように輝いているのだ。
「何をするつもりなんだ?」
ヒイロが尋ねると、リリーナの顔が少し曇った。
「わたくし、今度、大統領選に出るかもしれません。当選は無理とは思いますが、それでも、精一杯やりたいと思っています」
大統領選出馬。
それが、リリーナの周囲に上りはじめている事は知っていた。
しかし、それは彼女に対する危険の増大を意味している。
リリーナはすでに、平和の象徴として、地球・コロニー双方からの人気が高い。その象徴をターゲットとして狙う者達も、後を絶たない。
その上、大統領選出馬となれば、「権力の集中を恐れた」、と銘打って彼女を狙うものが増えるだろう。
ヒイロは、大きく息を吐いた。
リリーナが、自分にやる、と言った以上、かならず出馬するだろう。人々の、平和への意識を強めるために。
今までよりも、ずっと辛くなる。それを承知で・・・・・・。
ヒイロは、腕の中で自分を見上げる少女をもう一度抱きしめた。
細いからだ。
そのどこに、これほどの強い意思があるというのか。
「・・・・・・了解した」
せめて、側で守ろうと彼は決めた。
リリーナの顔が、輝く。嬉しくてしょうがない、という風にくすくす笑う。
ヒイロの背中に腕を回し、その胸に自分の額を押し当てた。
「あなたがいなかったら、わたくしきっと、平気ではなかったわ。あなたが、わたくしに生きる力を与えてくれる」
ヒイロがいなければ、きっと、大統領選に出ようとは、思わなかっただろう。彼がいてくれるなら、どんな事にも耐えられる気がした。
「リリーナ……」
ヒイロが、自分の名を呼ぶ。
それが、くすぐったくも心地よい響きを持って、彼女の心に入りこむ。
「ヒイロ」
リリーナが、自分の名を呼ぶ。
それが、やわらかな響きをともなって、彼の心をざわめき立たせる。
そっと、二人が見つめあった。
唇が触れ合う。
その時が、永遠に続けばいいと、二人は思った。
それから―――――――――
リリーナは、気を失っていたボディガードを起こし、平謝りする彼を笑って許した。もともと、工作員としてプロだったヒイロ相手に、彼が敵うはずはないのだ。
掛けつけてきた秘書に話しをし、許す限りの時間で、講演を再会する事にした。
その時、すでにその部屋にヒイロの姿は無かった。
その後、講義堂に行ったリリーナはルシアという少女から謝罪を受けた。
その瞳の強い光から、彼女がヒイロから何かを受け取った事を知った。純粋なほどの、強い光。
だから、彼女はにっこりと微笑んだ。
なによりも、ルシアが父親の想いを知った事が嬉しかった。
―――――数日後、彼は約束通り現れた。
彼は、彼女を守る。
彼女の望み通りに。
側に・・・・・・・、ずっと。
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