お泊り会
「わーい!おっ泊まり会だ!おっ泊まり会だ!!」×3
騒がしい3重奏がにゃんこハウスの中で響き渡っている。ぐるぐると円を描きながら走っているお子様が3人。
言わずと知れたチャチャ、リーヤ、しぃねである。パジャマに着替えた3人が、枕を抱えたままどたばたと走りまわっていた。
その中心には、憮然とした表情で座り込んでいる女性と、いつものように笑顔をたたえている男性の姿がある。
「あー、はいはい。浮かれるのはそれくらいにしてもう寝ますよ〜。夜更かしして美容が崩れると大変なひとがいますからね〜。年齢的に」
「な・に・が、言いたいのかしらね?変態男」
ちらり、と意味ありげな視線を送ってきたセラヴィーを、ぎろりとどろしーが睨みつけた。子供達と同じようなパジャマ姿の二人は、ぱちぱちと火花を散らした。
「僕は別に、どろしーちゃんと言ったわけではありませんよ?」
ふふん、と笑うその姿がまた憎らしい。
「くぅ!いうにことかいて〜〜〜!!」
ぎりぎりと歯噛みしながら、この不愉快かつ絶対的不機嫌の源となるこの自体の原因を思い出していた。
今日は学校も休みで、子供達はいつもの通り遊びに外に出ていた。
いつもの通りに日が登り、中天に差し掛かる頃、昼ご飯を食べるために子供達が帰って来た。そして、これまたいつも通りに五人での食事が始まる。
『いっただきま〜っす!!』
相性最悪ながらも躾に関しては厳しい二人の教えの賜物で、リーヤもきちんと両手を合わせて合唱する。
「はぐはぐ!うっめ〜!今日の飯もうめぇな〜〜〜!!」
「はいはい。誉めるのはいいですから、食べるのと喋るのは別にしてください」
"目うるる状態"でご飯をかきこんでいるリーヤにおちゃをいれながら、セラヴィーがチャチャに笑いかける。
「そう言えば、今日はどこで遊んでたんですか?」
今日一日、家の近くで子供達の声が聞こえなかったのだ。そのお陰か、洗濯物は無事、外で日光を浴びている。
セラヴィーに問いかけられて、チャチャがにこにこと今日あった事を話しはじめる。
「えっとえっと、今日はやっこちゃんやお鈴ちゃん達と遊んでたの。そしたら途中でお鈴ちゃんが修行とかでおうちの人に呼ばれて帰ったの」
「お休みの日にですか?」
「はい。何でも、これから親戚の方の所に泊まりにいくとかで…」
首を傾げるセラヴィーに、しぃねが代わって答える。はむはむとおかずを頬張っていたリーヤが、ちょっとうらやましそうに目を潤ませた。
「お友達と一緒に寝るって言ってたのだ〜。お泊まり〜うらやましいのだ〜」
リーヤの言葉に、残りの二人もこくこくと頷いた。
「そういえば僕達って、お泊まり会とかしたことありませんよね」
「やっこちゃんは、マリンちゃんとやった事があるって言ってたよ」
「なに言ってんのよ。あんた達、いつも3人で寝てて、毎日お泊まり会みたいなものじゃない」
うらやましそうな弟子の発言に、どろしーは呆れたような声を出した。その途端に、きっと3人が立ち上がった。
「違うのだ!いっつも寝てる人と寝るのはお泊まり会じゃないのだ!」
「そうよ、どろしーちゃん!お泊まり会っていうのは違う家に住んでいる人が泊まりに来る事を言うんだもん!」
「大体、お師匠様!僕達一緒に住み始めて長いんですから、あんまりドキドキわくわくする事はありません!!」
「あぁ、そう」
拳を握って大絶叫する3人に、やや引き気味のどろしー。沈黙する大人に変わり、子供達は更にヒートアップしていく。
「そうなのだ!求めるのはあのどきどきわくわくなのだ!」
「そうよ!あのどきどきわくわくなのよ!」
「その通りです、チャチャさん!!」
熱血フィーバーする子供をよそに、テーブルでは静かにどろしーとセラヴィーが食事を続けている。
「ちょっと、これ味が濃いんじゃない?」
「発言が嫁いびりする姑臭いですよ、どろしーちゃん」
「なんですって?」
……訂正しよう。静かなる怒気をはらんで食事を続けていた。その間に、子供達はある一つの決断に到達していた。
「そうだ!今日、お泊まり会をしましょう!」
『しようしよう!!』
しぃねの言葉に、嬉しそうに茶々とリーヤが唱和した。お茶をすすりながら大人二人が顔を見合わせる。
「今日って…、どこかに泊まりにいくんですか?」
セラヴィーの言葉に、しぃねはちっちっち、と指を振った。
「違いますよ。泊まりに来てもらうんです」
「誰に?」
怪訝な顔をするどろしーに、三人がにっこりと笑った。
『どろしー(ちゃん)(お師匠様)とセラヴィー(先生)(さん)!』
『!!』
いきなりの発言に、気管にお茶を飲みこんでしまうセラヴィーとどろしー。しばらく激しく咳込んでから、涙の浮かぶ目を弟子達に向けた。
「急に何を言い出すんですか、き、君達は。大体、一緒に3度の食事をしてるんですから、今さら一緒に寝てもドキドキわくわくはしないでしょう」
珍しく困惑気味のセラヴィーに、3人はふるふると首を振った。
「お泊まりは、ご飯一緒に食べるだけじゃないじょー」
「ご飯食べて、一緒にお片付けとかして、お風呂にはいって………」
「ちょっとだけ夜更かしとか出来る事を言うんです!」
"お泊まり会の定義"を説明する3人に、今度はどろしーが眉を顰めた。
「だったら、セラヴィーだけ呼びなさいよ。あたしはこんな変態と一緒に寝るなんてご免ですからね」
どろしーの発言に、セラヴィーがむっと顔を歪めた。
「僕だって、こんなカラス頭と一緒に寝るなんてご免です」
きっと二人が睨み合い、次の瞬間思いっきりそっぽを無いた。幼稚園児でもこんな幼稚な喧嘩はすまい。
険悪ムードを漂わせ始めた大人に、子供はふにぃと顔を崩した。大きな瞳に涙をためて、それぞれの師匠を見上げる。
「お師匠様は、僕達と寝るのはいやですかぁ?」
「そ、そんなこと無いわよ、しぃねちゃん。ただね………」
「やっぱりいやんですね〜〜〜」
顔を覆って盛大に泣き声をあげ始めたしぃねに、どろしーはおろおろと声をかける。
その横では、同じく瞳をうらら園長状態にしたチャチャとリーヤに、セラヴィーが詰め寄られていた。
「セラヴィー先生は、お泊まりにきてくれないの?」
「いえ、でもね、チャチャ、どろしーちゃんが………」
「いやなのだ〜。二人に来て欲しいのだ〜」
「そう言われましてもね……」
『皆でお泊まりしたいの(だ)〜〜〜〜〜〜』
リーヤとチャチャも顔を覆って泣き声をあげ始める。その様子に、二人は顔を見合わせた。二人とも、目の前の子供達を幼い頃から育ててきている。一番手のかかる頃から、ずっと。まさに、自分達の子供とも思えるほどに、深い愛情を注いできた。だから、二人はそんな彼等にかーな―り、甘かった。
自分達の子供同様の弟子達に泣かれ、二人は同時に肩を落とした。
「わかりました……」
「ただし、今夜だけよ」
不承不承承諾した途端、3人は勢いよく顔を上げた。その顔には満面の笑みがたたえられ、涙の後すらない。
「約束ですよ、お師匠様!!」
「先生!ありがとう!!」
「わーい!お泊まり会なのだ〜〜〜!!」
飛び上がる3人に、はっとしたように二人が気付く。
「あ、あんたたち、嘘泣きしたわね!!」
顔を真っ赤にして怒るどろしーに、子供達はキャーと言って遠くに逃げる。
「こら!待ちなさい!!」
「いやなのだー!約束は約束なのだ――――――!!」
「それじゃあ、遊びに行ってきま〜〜す!」
それ以上何か言われるのを避けるように、3人は外へと飛び出した。開け放たれた扉から、3人が嬉しそうに『おっ泊まり会!おっ泊まり会』と言っているのが聞こえてくる。
あまりにも嬉しそうなので、どろしーははぁっとため息をついた。まさか今更止めるとは、言いにくい。しかし……
ちらり、と躊躇する原因に横目を向けた。
「まったく、なんであんたと一緒に寝なきゃなんないのよ」
苛立たしさを込めたどろしーの言葉に、セラヴィーは目を細めた。
「おや?じゃあ、どろしーちゃんは約束を破るんですか?さすがは嘘つきバ……」
「誰が止めるっていったのよ!それに、誰が嘘つきですって――――――!!」
『目の前のカラス頭に決まっているわ。ねえ、セラヴィー』
「こらこらエリザベス。あんまり本当の事を言うと鬼ババァが怒り狂って襲ってきますよ」
「全部あんたが言ってるんでしょうが〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
そして今日も、食後の運動が始まる。
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