お泊り会
――――なんだかんだ言ってるうちに夕方。
にゃんこハウスに呼ばれたセラヴィーとどろしーは、子供達に言われるままに"お泊まりセット"を持参していた。
「じゃあ、セラヴィー先生達はお客様だから座ってて」
「夕飯は僕達で作りますから」
「おう!切るぞ〜!」
にっこりと包丁を握りしめている子供達に、二人揃って背筋に駆けぬける悪寒に自分の腕を抱いた。この三人の料理の腕は、今まで一緒に生活してきた分知り尽くしている。(例;あの時のケーキ)
「ま、待ちなさい!ここにはクッキングマシーンが付いてるでしょう!そっちを使いなさい、そっちを!」
「そうよ!なにもわざわざ作んなくてもいいでしょう?!」
必死の二人の説得に、チャチャがぷぅっと頬を膨らませた。
「でもぉ、お客さんが来たら心のこもった料理でおもてなししないと…」
「無理しなくていいわよ!いつも通りの光景の方が私達としても嬉しいわ!ね、セラヴィー?!」
「どろしーちゃんの言う通りです!そんなに気合を入れる事は無いですよ!普通にいきましょう、普通に!」
いつもからは考えられないほど息の合う二人の言葉に、子供達はしぶしぶながらも包丁を片付けた。
だが、落ちこんだのも一瞬で、すぐにマニュアルを取り出した。
「じゃぁじゃぁ、今日は何にしよう!」
「俺、いっぱい食いてぇ!いっぱい!」
「お前は食べ過ぎだよ。控えないと巨大化するぞ」
(ぐさ!)
「うぅ、そ、そんなことないのだ。しぃねちゃんこそ、細かいことばっかり言ってるとはげるのだ」
(ぐさ!)
「………毛皮屋の親父がお前に会いたいって言ってたぞ」
「きゃいんきゃいん!」
しぃねの悪魔の囁きに、犬化して隅に逃げるリーヤ。ふっと勝利の笑みを浮かべるしぃね。
二人の騒ぎを無視してマニュアルを覗き込んでいたチャチャが、ばっと顔を上げた。
「うん今日はすき焼きにしよう!いいでしょリーヤ、しぃねちゃん!」
かくして、食事メニューは決した。
わいわいと騒ぎながら鍋を突ついて、お風呂にはいり、今日だけは特別とほんの少しだけ夜更かしを許して。
場面は冒頭へ・・・・・…。
ふとんが横一列に並べられている中で、ぱたぱと三人が走りまわっていた。
「ほ〜らほら。もう寝るわよ〜」
『は〜〜い!』
ぱんぱんと両手を打ち鳴らすどろしーの声に、三人仲良く手を上げる。
「私、セラヴィー先生の隣〜!」
するりと、チャチャがセラヴィーの腕をとった。
「じゃ、僕はお師匠様の隣で……」
やや恥ずかしげに、しぃねがどろしーを見上げた。
「じゃ、俺は、俺は・・・・・…」
リーヤがきょときょとと見まわして、次に大きな瞳を潤ませた。
「あぅ〜〜〜〜〜〜〜〜」
セラヴィーもどろしーも、チャチャとしぃねにがっちりと掴まれている。自分の居場所を探しあぐね、リーヤが情けなく下を向いた。
「なにしてるのよ、犬。ほら、こっち来なさい」
ぽつねん、と立ちつくすリーヤに、どろしーがじれったそうに手招きをした。
「あう?」
きょとんと返事を返すリーヤに、今度はセラヴィーが手招きした。
「もう寝ますよ。いつまでそこにいるんですか」
ぽんぽん、とセラヴィーとどろしーが自分の横を叩いた。すなわち、二人の間である。
「あ〜、いいな〜、リーヤ。セラヴィー先生とどろしーちゃんの隣だ〜」
「え?……あ、うん。へへへへ」
うらやましそうなチャチャの声に、リーヤがようやく気付いたようだ。嬉しそうに笑うと、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。
「おう!もう、寝ようぜ!」
その中からポコっと顔を出し、ご機嫌顔で二人を見上げる。
「寝よう寝よう!おやすみなさい〜!!」
「お休みなさい」
チャチャとしぃねも、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。それを確認して、セラヴィーが明りに手をかける。
「じゃ、消しますよ〜。どろしーちゃん、お肌の手入れは十分ですか?」
「うっさいわね!早く消しなさい!!」
「はいはい」
ぱちん。
小さな音がして、にゃんこハウスに闇が落ちた。
数時間後・・・…。
「う〜〜〜ん」
どご!
「!!」
寝返りの拍子にチャチャの足が、セラヴィーの顎にヒットした。あまりの痛さに、涙ぐみながら目を醒ますセラヴィー。
「………相変わらず、寝相が悪いですね」
不機嫌丸出しで体を起こすと、自分の腹部に半ば重なるように眠っているチャチャの体を元にもどした。その時、横の方で誰かが動いた。
「むにゃむにゃ」
ごす!
「いた!!」
どうやら同じく寝相の悪い弟子に、肘鉄を食らったらしいどろしーががばっと体を起こした。
「………こんなに寝相悪かったかしら、しぃねちゃん」
目をこすり、ぶつぶつ言いながらも、そっとしぃねにふとんを掛け直すどろしー。軽く溜息一つ付いて、横で誰かが起きている事に初めて気付いた。
「……何やってるの、セラヴィー?」
「どろしーちゃんと同じ理由ですよ。一発くらっちゃいました」
ははは、と軽く笑いながら自分の横で寝ているチャチャを、起こさない程度にぽんぽんと叩く。その様子に、つい微笑がこぼれる。
「まったく、チャー子と犬と暮らし始めて、どんどんしぃねちゃんが汚染されてくわ」
「いいじゃないですか。本人は楽しそうですよ?」
「そうだけど。どうも,最近幼児化しているような気がしてならないのよね」
「それは……、僕もそう思いますけど」
二人して、う〜んと頭を抱えてしまった。不毛な会話である。
『う〜〜〜〜〜』
うめき声がトリプルで聞こえた。
はっと身を構える二人。セラヴィーが飛んで来たチャチャの拳を避け、どろしーがしぃねの蹴りを避けた。
ほっとした次の瞬間、二人の間で寝ているリーヤが両手を伸ばした。
『やば!』
ぎょっとしてささっと布団を抜け出す二人。
ぐどん!
鈍い音が響き、二人が先ほどまでいた地点に、リーヤの両手が投げ出されていた。子供の姿をしていても、彼は狼男。まともに食らえば、ちょっと笑って許せる自身がない。
「あ、あぶないわね〜」
「さすがに、死んじゃいますからね」
ぺたっと壁にはりついて、ほっと息をつく二人。みていると、三人して、ぶつからないように上手くごろごろと動き回っている。
「なるほど。だからしぃねちゃんも寝相が悪くなったのね」
納得いったと、一人頷くどろしー。そのどろしーに、セラヴィーが困ったような顔を向けた。
「それはそうと、どろしーちゃん。どうします?あの中に入っていくのは自殺行為のようですけど」
ぴっと、ごそごそと動き回っているふとんを指差した。
「確かに・・・・・…。でも、他に布団敷くスペースもないわね」
にゃんこハウスは、子供達の家。いま現在,床面積は全て五人分の布団で埋められている。しかも、その五人分の布団は、三人の子供のマットレスと化している。
「しょうがないわね。私、帰って寝るわ」
諦めて溜息をつき、どろしーが立ち上がろうとした。が、くいっとパジャマの裾を引っ張られ,バランスを崩して倒れ込む。
「ちょっと!なにすんのよ!」
「いいんですか、どろしーちゃん?朝起きて、どろしーちゃんがいなかったら、この子達悲しみますよ〜」
「……だからって、どうしろってのよ」
「そうですね……。お話でもしてますか?」
にっこり笑うと、両手をかざした。
ぽん!
小さな煙がたち、セラヴィーの手の中に二組の掛け布団が現れていた。
「はい、どろしーちゃん」
当然のように一つを差し出すセラヴィーと,当然のように受け取るどろしー。二人してそれに包まると、壁に背を預けて並んで座った。
「で、話って何話すのよ?」
「それは、まだ決めてませんよ。そうだですね。昔話でもしましょうか?」
「あ、そう。いっとくけど、それで『むか〜しむかし、ある所に正直者で善良で顔がよくてなんでもこなせる超天才なおじいさんと、陰険で大嘘付きで家事が一切駄目な意地悪ばあさんが住んでいました』って言うのは却下だからね」
「…………やだなぁ。分かってますよぉ」
なら、いまの間はなんだ、とつっこまずに、どろしーは冷たい視線をセラヴィーに投げかけた。本人に自覚はないが、それが最もセラヴィーには効くのである。
引きつった笑みをこぼしながら、セラヴィーが誤魔化すように手を軽く叩いた。
「そう言えば,昔、僕とどろしーちゃんも、こうやって並んで寝てましたね」
「正確には、ドリスもいたわよ」
冷めた顔で答えるどろしーを無視し、セラヴィーは過去の幻想へと旅立っていた。
「あの頃のどろしーちゃん、寝顔もとってもかわいかったな〜。僕、何枚も写真とっちゃったな〜」
「お陰で毎回、寝不足だったけどね」
ぶっすぅと顔を膨らませるどろしーを見て、セラヴィーはわざとらしく目元を抑えた。
「それが、今となってはこんなになって・・・…」
「なんですって〜!」
「し〜!子供達が起きますよ、どろしーちゃん!」
激昂しかけたどろしーが、はっと口を抑えた。そして、そ〜っと子供達の様子を伺いみる。
「ん〜、もう食えね〜ぞ〜」
「ほ〜り〜……あっぷ……」
「ちゃちゃさ〜ん」
三人とも熟睡しているらしく、起きる気配さえない。安堵の溜息をもらし、とすっと壁に背をついた。
「まったく。びっくりさせないでよ。大体、人の昔は可愛かっただとか何だとか好き放題言うけどね、自分だって随分昔とは違うじゃない。大昔は、あたしより小さくて、いつも人の事追いかけ回して。昼寝の時だって。自分が好きなだけ写真とったら、勝手に布団に潜り込んできて、そのまま寝ちゃう素直〜ないい子だったのに。……ちょっと、聞いてるの?セラ………ヴィ……」
ことん、といきなりセラヴィーの頭がどろしーに寄りかかった。
「ちょっと、なにすんのよ、セラヴィー!」
慌てて体を突き飛ばそうとしたが、寸前でぴたりと止まった。おそるおそるその顔を覗きこむと、気持ち良さそうに寝息をたてている。
「まったく…」
呆れ半分に、どろしーが溜息をついた。
起きている時とは違う、無防備な寝顔。安心しきって眠りに落ちたその顔に、昔の面影が重なる。
「昔っから寝つきだけは良いわね」
苦笑を浮かべて、セラヴィーの頬にかかる髪を払った。
「ん。…………どろしーちゃん」
小さな寝言。昔の夢でも見ているのか、微かにその頬が緩んでいる。
「………いつまでたっても………」
小さく笑いこぼして、ずり落ちている布団を掛け直してやる。そして、自分も肩まで布団を被り直すと、小さくあくびをもらした。
セラヴィーに体を預ける。人の温もりが、いやに心地よく、そして懐かしかった。
―――翌朝
「………どうしまよう、しぃねちゃん」
「えっと、下手に起こすと刃傷沙汰になりそうなんですけど・・…・」
「だよな。………でも、セラヴィーって下手に触ると怒るぞ」
「お師匠様も、朝は機嫌が悪いです」
「……じゃあ、このままって事で!」
「おう!」
「そうですね!早く学校にいっちゃいましょう!」
壁際で、仲良く肩を寄せ合って寝ている二人を前に、子供達が結論を出した。そのまま、逃げるように学校へと駆け出す。
二人が起きてどうなったか・・…?
彼等の名誉の為にそれは伏せておきます。が、子供達が帰ってきた時、辺りが半壊していた事だけはご報告しておきましょう。
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