許されざる 1
1来訪
「お待ちなさい!!」
深い渓谷に、少女の声が朗々と響く。
深い森の中。一本しかない吊り橋の前で、木の上に上った少女が目の前にいる人相の悪い男達をびしっと指差す。
漆黒の髪を肩のあたりで切り揃え、巫女の略装をまとっている。大きく,きらきらと輝く瞳の印象的な美少女だ。
「人気の無い所で旅人を追い詰め、その身ぐるみを剥ぐなんて、卑怯千万、天罰覿面!!正義の名のもとに、このアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンが鉄槌を下します!!とう!!!」
掛け声高らかに、だんっと木を蹴り、宙へと舞う。
華麗なる、三回転+ひね……どごしゃ!
ものの見事に首から着地し、奇妙な方向に捻じ曲がる。
ざわざわと、人相の悪い男達が困惑の視線を投げかけた。その時、何の前触れも無くアメリアが、がばっと起きあがる。
びくうっと、人相の悪い男達が一歩下がった。
が、それを気にした風もなく、アメリアは連れの男の隣に駆け寄る。
銀の髪、青い左目、紅い右目をした、きつめだが端正な顔をした美青年。白い貫頭衣が、緑に鮮やかに映える。
「さあ、ゼルガディスさん!私達の『正義の仲良しパワー』の出番です!!」
ゼルガディスは、大きく息をついた。結局、彼女はそれをやめてはくれていない。
『ほらほら、お呼びですよ、ゼルガディス』
レゾの意識が、やけに嬉しそうに語りかけてくる。
人の姿に戻り、アメリアをかっさらって早3ヶ月。
二人は、のんびりと旅を続けていた。
難病奇病と呼ばれる物の治療や研究を続けながら、特に当てがある訳でもなく旅を続けていた。
それは、今までにない新鮮な時間だった。
なににも追われず、誰にも罵られない。
復讐などという妄執にとらわれる事もない。
両親が死んだ時の光景を、夢に見る事もない。
傍らにいる少女が、彼の心を解放していく。
「何でそんなに、嬉しそうなんだ?」
ぶつぶつと、レゾに言葉を返す。奇妙な繋がりで結ばれた、彼の祖先。かつて尊敬し、憎んでいた男。今は、彼の共存者。
『だって、ここであなたが「行くぞ、アメリア!俺達に不可能はない!!」とか言いながら、盗賊達にかかって行くんでしょう?』
「・・・…・・・…お前、分かってて遊んでるだろう?」
うんざりと、片手で顔を覆った。この調子で、ずっとからかわれている。どうも彼は、第二の人生を思う存分楽しんでいるようだ。
その時、男達のリーダーらしき男が刀を振り上げた。
「だああぁぁぁ!!こんな変な女と、独り言を呟く怪しい男なんて、どうせ大したことない!行くぞ、野郎ども!!」
『おう!』
勢いをつけようと言った言葉なのだろうが、それがまずかった。
「変な、女?」
低い声に怒りを込めて、アメリアが構える。
「怪しい、男」
口元に、残酷な冷笑をたたえたまま、ゼルガディスがすらりと剣を抜く。
向かってくる男達を二人揃って、睨みつける。
「正義を冒涜する言葉!悪の分際で許せません!!食らいなさい!正義の鉄拳、ファイヤーボール!!」
「それは拳じゃないだろ」
「正義の心があれば良いんです!!」
呆れたように溜息をつき、炎に追われ、逃げ惑う男達を見る。
そこに、複数の男達が白刃を閃かせて襲いかかった。
「うぉりゃぁぁぁぁああああ!!」
「ディル・ブランド!!」
慌てず騒がず、放たれた呪文が男達を飲み込み大地を巻き上げる。
結局は、いつも通りになるのであった。
それが、今の彼らの日常…・・・…。
「ゼルガディスさん!今日はあの街にしましょう!」
アメリアが、前方に霞がかって見える街を指差した。沈む太陽に重なって見える。ごく普通の、小さな街のようだ。
「そうだな」
頷いて、さっさと歩き出す。アメリアが、とてとてとその後をついて歩く。
今、彼らはディルス王国内を旅していた。
ふと思い出したように、アメリアが振りかえった。
「そういえば、ここってドラゴンズ・ピークの近くですね。ミルガズィアさん達、元気でしょうか?」
「竜族が、病気になるとは思い難いな」
ゼルガディスが、同じように振りかえった。同時に思い浮かぶ、複数の懐かしい顔。
「リナさん達、元気でしょうか?」
アメリアが、懐かしそうに呟いた。ゼルガディスが、軽く肩をすくめる。
「あいつらが元気じゃないはず、ないだろう?どうせ今日も、どっか破壊してるんじゃないのか?」
本人が聞いたら、ただでは済まない台詞を可笑しそうにいう。アメリアも笑って、頷いた。
「じゃあ、早く行きましょう!」
元気よく、街に向かってアメリアが駆け出した。ゼルガディスが、その後を追いかけようとした時、レゾがかすかに呟いた。
『……懐かしい』
と。ゼルガディスが、驚いて歩を止めた。
「昔、来た事があるのか?」
だが、レゾは答えない。ただ沈黙のみで、その心の痛みを伝えてくる。
過去、何かあった事は間違いないだろう。だが、それが何かは分からない。言いたくない事なのだろう。
だから、ゼルガディスも聞かない。
彼が、自分の出会う前に何をしていたのか、うっすらとは知っているから。
『……すいません』
「気にするな」
答えて、今度こそ本当に、アメリアの後を追って駆け出した。
街に入り、適当な宿をとって食事を取る。その後、アメリアがいつもの通り、調べ物をするゼルガディスの隣でじっとその姿を見つめている。
以前『暇じゃないのか?』と聞いたら、『見ているだけで幸せです』と答えられた。その後、小一時間ほどレゾにからかわれて大変だったが、やはり、彼も幸せだった。
夜も更けて、アメリアが自分の部屋へと引き返す。
「じゃあ、ゼルガディスさん。おやすみなさい」
「ああ。また明日な」
ささやかな挨拶。
また明日、会える事に心が和む。
ゼルガディスも、そろそろ休もうとベッドに入りかけた時、レゾが遠慮がちに声をかけてきた。
『ゼルガディス・・・…。ちょっと頼みたい事があるのですが・・…』
「?何だ?明日じゃ駄目なのか?」
唐突にかけられた言葉に、ゼルガディスが首を傾げる。なにも、こんな暗く夜も更けた今ごろになって、行く必要があるのか?
そう問うと、レゾが困った様な声を出す。
『あまり、人に知られたくは無いのです。今の時間なら人目も少ないでしょう』
いつにない弱気な調子に、つい気になる。
「人には知られたくないのか?」
何気無くした質問に、レゾが黙り込む。ゼルガディスは、軽く肩をすくめた。
「言いたくないならいい。だが、目的地は教えてもらわんと、どうにもならんが?」
外しておいた剣を、剣帯に止めながら特に気にした風もなくレゾに尋ねる。自分も、彼も、決して他人には教えたくない過去、というものがあるだけの事だ。例え相手が身内でも…。それを無理に聞き出すという事は、はっきり言って酷というものである。だから、ゼルガディスは何も言わない。ただ、淡々と身支度を整える。
いつもの白いマントを、留め具で留めて、ばさりとそれを翻す。
「で、どこに行けばいいんだ?」
再度尋ねると、レゾは長い沈黙の後、絞り出すように声を出した。
行き先は
『………街の外れにある、共同墓地へ』
冴え冴えとした月光が街を照らす。その光が、街を無機質なものに見せる。
明るい月の光に照らされた、さびれた道をゼルガディスは黙々と歩いていた。長い間人が通っていないのか、道には雑草が生い茂っている。
静かな静寂の中、かすかな虫の音が聞こえる。
風が揺らす草の音が、耳をくすぐる。
それしか聞こえない。
静かすぎる静寂は、時として人の不安をあおる。
沈黙は耐え難い物だったが、それ以上に耐え難いものがゼルガディスの心を包んでいた。墓地に近づくにつれ、レゾが緊張の気配を高めているのだ。
手に、じっとりと汗が滲む。彼のものであり、レゾのものでもある。圧迫感がせり上がってくる胸を押さえる。
レゾが、ここまで緊張をあらわにするのは珍しい事だ。
そう思いながらも、なにも言わずに歩いていく。
やがて、打ち崩れそうな墓地へと到着した。
「どこだ?」
言葉すくなにゼルガディスが問う。レゾが、一瞬逡巡し、奥のほうだと告げた。
その方向に歩いて行くと、いっそう荒涼とした雰囲気が押し寄せてきた。奥へ行くほど古い様だ。
『あそこです』
レゾの意識が、一つの墓石をさす。
それは、今にも崩れそうな小さな墓石だった。
何か文字が彫っているが、月明かりだけでは見る事が出来ない。
「ライティング」
ぽぅ、と、ゼルガディスの手の中に小さな光の玉が生まれる。それを墓石の前に持って行き、彫られている文字を指でなぞる。
「…哀れなる、・・・…心貧…しき者。そ、は、この地に・・災厄をもたらし、…その罪、によ
り・・・・・…。これ以上は崩れていて無理か・・・・…」
『その罪により、罰くだり、業深き身は、天を焦がす炎によって清められん。その者の名は
"レストゥリア=ソレイン"わずかに残りしその骨は、ここに埋まる』
淡々とした口調で、レゾが崩れた部分を読み上げた。その声にはわずかな悲哀が含まれている。
締め付けられるほどの心の痛みが伝わってくる。それが、何による痛みなのかは分からないが。ただ、ひたすらにその墓石に向かって、意識が伸ばされる。
ゼルガディスが、小さく息をついた。
「しばらく身体を貸してやる。勝手に使え」
『……ゼルガディス』
戸惑うレゾに、皮肉げに口元を歪め言を継ぐ。
「ただ、分かってると思うが、そう長くはもたない。俺の意識がどうしても勝っちまうからな」
言いながら、すっと両目を閉じる。
レゾの意識がせり上がってくる。
それに伴い、ゼルガディスの外見にも変化が生じる。
月光のような銀の髪が、夜を集めたかのような漆黒に。
色違いの瞳が、ただ空を映す色に。
流れ出す、冷たい気配。
ゼルガディスの身体を受け取ったレゾが、恐る恐る墓石に手を伸ばす。
ひやりとした感触が、彼女の死を表しているようだ。
苔が生え、崩れた墓石が、ここがかえりみられていない事を現している。
あの時から、ずっと――――――――――――。
『・・・・・・・…レスティ』
レゾの小さな呟きが、深い悲しみに震えていた。
月が、それに答える様に雲の中に消える。
漆黒の闇が、墓地を包んだ。
全てが死に絶えた世界。
そう錯覚しそうになった瞬間、爆発音が空気を震わせた。
「『なんだ?!!』」
レゾとゼルガディスが同時に叫び、振りかえった。
街に、一つの爆炎が上っていた。
「一体何なんだ?!」
燃え上がる町を目指して、全速で飛ぶ。
町の人間が逃げ惑っているのが、眼下に見える。が、ゼルガディスにとってそれはどうでもいいことだった。
『いいんですか?』
「あの煙は宿の方角からだ!あかの他人より、俺はアメリアの方が心配なんだよ!!」
きっぱりはっきり言いきって、更にスピードを上げる。
魔力の枷が外れた今、彼は普通の人間より強い魔力を身に宿している。それが、今までにないほどのスピードを生み出してす。
呆れた様にレゾが溜息をついた。
『あなた、彼女が関わると無敵ですね』
「黙っててくれ!!」
怒鳴りつけて、神経を集中する。
すぐに、宿の真上に到着した。
煙の中、目を凝らすと、逃げ遅れた人々が我先にと駆けて行くのが見える。
だが、動かない数人の人影がある。
一人の人間を囲んでいる様だ。
「アメリア!!」
中央にいるのが、彼の連れだと分かった瞬間、ゼルガディスは一気に急降下をした。そして、アメリアの隣に着地すると同時に呪文を解き放つ。
「ディム・ウィン!!」
巻き起こる風が、彼らの周囲にいた男達を吹き飛ばす。
が、男達は空中で身をひねると猫の様に着地する。
「何者だ?アメリア」
隣に立つ少女に問い掛ける。アメリアが、ぶんぶんと首を振った。
「分かりません。いきなりゼルガディスさんはどこだ?!って押しかけてきて、いない事が分かると、急に呪文を唱えたんです」
そこまで言って、アメリアはゼルガディスのマントを握った。
「そういえば、どこに行ってたんですか?夜中にこっそり出て行くなんて・・・…。はっ!まさか、いかがわしい所に出入りしてたんじゃあ…」
アメリアの目が、亭主の浮気を疑う新妻のようになる。ゼルガディスが、慌てて両手を振った。
「ち、違うぞ、アメリア!!俺はなにもやましい事はしていない!ちょっとレゾに付き合って、散歩していただけだ!!」
「本当ですかぁぁぁああ?」
「本当だ!だからそういう目で、俺を見るな!!」
「あ〜〜〜〜。そろそろ気付いて欲しいんじゃが」
しわがれた声が、ゼルガディスとアメリアの夫婦?漫才に割り込んだ。
アメリアが鬱陶しそうに、そしてゼルガディスが少しほっとした表情で声の方を振りかえった。
そこには、ゆったりとしたローブをまとった小柄な老人が、先程の男達の前に立っていた。
おそらく、その男達のリーダーのような物なのだろう。男達が老人に向かって膝を折っている。
ゼルガディスが、少し緩んだ口元を引き締めて、その老人を睨んだ。
「すまんな、忘れていた」
鼻で笑った言葉に、幾人かの男達が腰を上げかける。が、老人がそれを眼差し一つで制すると、ひょっひょっと、無気味な笑いをもらした。
「噂にたがわぬ元気な若者よのう。そっちのお嬢ちゃんも一筋縄では行かんかったようだし」
ちらり、とアメリアに視線を送る。絡みつくような視線に、アメリアは鳥肌を立てた。彼らは、なにか違う。人とは違う気配がする。それは、巫女の直感だった。
そっと、ゼルガディスに耳打ちする。
ゼルガディスは、分かった、とだけささやき返す。視線は老人に固定したままで。
「それで、俺に用があると聞いたが?この馬鹿げた狼煙は何のつもりだ?」
腕を組み、軽く睨みつける。
が、老人はまたしても無気味な笑いを漏らし、異様に光る目をゼルガディスに向けた。
「気にする事はあるまい。大した被害がでんように力は抑えてある。お嬢ちゃんだって無事であったろう?」
「まるで、わざと助けてやった、みたいな口ぶりですね」
アメリアが老人を睨みつける。大した被害が出ていない、と言っても、焼け出された者もいるし大火傷を負った者もいる。ただの狼煙にしては、やり過ぎだ。そのうえ、恩着せがましい言い方に、さすがにアメリアもはらが立つ。
だが、老人はひょいと肩をすくめると、困ったような顔をして見せた。
「そんな怖い顔をせんでもよかろう。別に嘘は言っておらん。ワシらが手加減せんかったら、この街なぞ最初の一発で吹き飛んでおるわ」
けらけらと笑うその姿が、余計に憎らしく思える。
ゼルガディスが、冷め切った瞳で老人を睨みつけた。
「それで?わざわざ街を残して、俺を呼び出して、一体何の用なんだ?」
無言の批難の中、老人はにたりと笑みをつくった。そして、やおら両手を打ち合わせる。
「そうそう、忘れる所じゃった。ワシはそっちの若いのに用が有るんじゃった。ゼルガディス、とか言ったか、おぬし、ちょっと消えてくれんか?」
炎であぶられた風が、一つ通り過ぎた・・・・・…。
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