許されざる 2
2.拉致
「いやだ」
老人のいきなりの言葉に、ゼルガディスはきっぱりと答えた。老人が、またもや奇妙な笑い声を出す。
「ひょっひょっ。理由も聞かずに断るとは、案外気が短いのぅ」
茶化したような言葉にも、ゼルガディスは冷笑を浮かべて答える。
「消えろ、と言われて、はいそうですか、と消えるやつがいるか?しかも,いきなり破壊活動をするようなやつに」
「そうです!そもそも、あなた達のように怪しさ大爆発の人のいう事を聞く人なんて、絶対にいません!!」
断言したアメリアを、老人が愉快そうに見て笑う。
「ふひょひょ。元気のいい嬢ちゃんだのう。じゃが、わしらがその男に消えろ、と言ったのは、れっきとしたわけがあるんじゃが、それも聞いてくれんのかのう?」
細い目を更に細めて、視線をゼルガディスにもどす。
冷笑を保っていたゼルガディスが、微かに表情を曇らせた。が、すぐにもどす。
「ほぅ?で、その理由を聞けば、この俺が消える事に同意するとでも思っているのか?」
せせら笑う様に、その集団を睨みつける。今や、男達は半円状に二人を包囲しつつあった。逃がすつもりは無いらしい。
この程度の包囲など、軽く破れるとは思うが、これ以上付け狙われても迷惑なのでここで話をつけておきたいのだ。
老人が、ゼルガディスの言葉に軽く頭を振って答えた。
「そんなことは思っとらんよ。じゃが、理由も知らずに消えるのは不憫じゃと思うてのぅ」
「まるで、消えることは決まっているような言葉ですね」
アメリアの言葉にも、老人はただ笑う。だんだん、それが不気味に思えてきた。
「それで?何が言いたいんだ、じいさんは?」
ゼルガディスが促すと、老人は少し困った様に首をひねった。
「まぁ。わしらも少々意見が別れとるんじゃが、とりあえず現時点での決定を話そう。まず、おぬしは罪を犯しておる」
「罪?」
反問するゼルガディスに、老人は大きく頷いた。
「うむ。魂に関する罪、と言えば納得するかのう?」
アメリアが、ゼルガディスを見上げた。ゼルガディスは、感情を外に表さない顔のまま、じっと老人のことを睨みつけている。
『ゼルガディス・・・・・・・…』
囁くようなレゾの声を、この時は黙殺する。
「分かったようじゃの。そう、おぬしの行為は罪なのじゃ。輪廻の輪から魂を引き離し、その内に留めておる。しかも、その魂は目覚めた状態でおるのだろう?」
老人が、ゼルガディスを凝視する。まるでその内にある、レゾの魂までをも見透かす様に。
「…………何者だ?」
うめく様にゼルガディスが声を出した。この事を知っているのは、ごくわずかな人間しかいないはず。それなのに、この老人は詳しすぎる。
先程の冷笑とは違う、明確なる懐疑を込めて老人を睨みつける。だが、老人はそんなこと意に介した風もなく、不気味に笑う。
「そう焦るな。わしの話しはまだ終わっておらん。ワシらの内でも意見が分かれておると言うたじゃろう?」
孫の性急さを諭す老人の様に、にんまりと笑みを作る。
「おぬしが使ったのは、生きている内には絶対に魂の分離のかなわぬ術だ。ならば、おぬしを殺して正当なる輪廻の輪に戻せばよい、という意見がある」
そこで、老人は一つ息をついた。全くもって、面倒と前置きをする。
「しかし、単におぬしを殺すのはどうか、という話しもある。理由は、おぬしの力」
「ゼルガディスさんの、力?」
アメリアが、首を傾げた。老人が、しわがれた指でゼルガディスの右目を指す。
「その右目は、アストラルサイドの魔族を見ることが叶うのじゃろう?ならば、対魔族戦にかなり役に立つと思われる。その上、普通の人間よりも大きなそのキャパシティ。ただ殺してしまうには、あまりにも惜しい」
ゼルガディスのことを、魔族に対する武器としか思っていない。そういう事が、口調や言葉に現れてきている。
ゼルガディスは、軽く右目を押さえて俯いた。
「俺は、お前らの道具として戦うつもりはない。利用されるなんて、真っ平だ」
今まで、利用されて生きていた青年の呟きは、苦く、痛々しい物だった。だが、老人はそんなことなどお構いなしに、つかつかと二人の前に移動する。そして、ゼルガディスを見上げて口元を歪めた。
「おぬしが協力すれば、魂に関する罪は見逃してやっても良い、という意見もある」
「お前らに、見逃してもらう義理など無い」
突き放した言い方のゼルガディスに、老人は困ったというふうに頭を振った。
「そうつんけんされてものゥ。そうすると、我らの中に新たなる疑念が生まれてくる」
「新たな、疑念って、なんですか?」
ゼルガディスの隣で、じっと聞き入っていたアメリアが老人を睨みつけたまま尋ねた。老人は、初めてアメリアの顔をのぞき込み、また奇妙な笑い声を上げる。
「ひょっひょっひょ。簡単じゃよ、お嬢ちゃん。以前フィブリゾがリナ=インバースにさせようとしたことを、この男を使ってやるかもしれん、という疑念じゃ」
アメリアは愕然と息を飲んだ。ゼルガディスは、黙りこんだまま老人を睨みつけている。
以前、フィブリゾがリナにやらせようとしたこと。
全てのものの母。『ロード・オブ・ナイトメア』の力を暴走させ、世界を破滅に導く事。
アメリアが、自分の肩を抱きしめて、猛然と怒鳴り返す。
「そ、そんな事できるわけないじゃないですか?!!ゼルガディスさんがいくら大きなキャパシティを持ってるからって、あの呪文は発動しません!リナさんだって、増幅してやっと発動させられてるってのに!!」
「では、その増幅装置をこの男が使ったらどうじゃ?」
静かに問い返され、アメリアは言葉を飲んだ。確かに、あの増幅装置があれば可能かもしれない。彼は、『ラグナ・ブレード』の発動には成功しているから、同じ属性である『ギガ・スレイブ』も、あるいは……
「でも!その増幅装置が無ければ無理じゃないですか?!!」
「魔族が、リナ=インバースから奪わないと、断言できるか?それを、この男に渡さないと保証できるか?」
老人の言葉に、反論する事が出来ない。悔しそうに唇をかんだアメリアを、ゼルガディスが庇う様に自分の隣に引き寄せる。
「それで?その可能性とやらのために、おまえらは俺に消えろと言うのか?」
憤りのこもった声に、かすかに老人が下がった。ゼルガディスの全身から、怒りが溢れ出している。
老人が、更に一歩下がって頷いた。
「そうじゃが、どうも納得はしてもらえんようじゃのぅ。まあ、分かってはおったが」
諦めきった様に溜息をついた。そして、更にゼルガディス達から離れる。
『ゼルガディス。周囲の空気が妙です』
レゾが警告を発する。さっきから、だんだん空気の密度が上がっているような気がする。息苦しさがこみ上げる。
「大丈夫か、アメリア?」
「はい、なんとか。でも、どうやって突破しますか?」
額に脂汗を滲ませたアメリアが、周囲に視線を走らせる。戦いの気配が、濃密になっていく。
「とりあえず、ここに足止めを・・・…・・・…」
そう、ゼルガディスが言いかけた時、聞き慣れない音が響き渡り始めた。
「な、なんですか?この音は?!」
方耳を押さえたアメリアが、辺りを見渡す。その音は、男達の声から溢れている。
「竜族の呪文?!」
ゼルガディスが叫んだ瞬間、その足元がなにかに絡めとられた。慌てて視線を落とすと、足と大地を水晶が縫いとめていた。
「なんだ、これは!!」
『地竜王の封じの結界?!!』
意識の中のレゾが、愕然と叫ぶ。では、まさか。
「お前、地竜王なのか?!」
叫ぶゼルガディスに、老人は軽く首を振る。
「わしらは地竜王に仕える者じゃ。じゃが、地竜王様の力をお借りして、小規模な封じの呪法を使う事ができる。魔王を封じるほどの力は無いが、人一人を封じる事くらいはたやすい。ついでじゃ、そのお嬢ちゃんも一緒に眠るが良い」
「そんな勝手な事!どうしてあなた達の正義はそうなんですか?!!それでは、火竜王に仕えていたもの達の二の舞ですよ!!」
足元から水晶に閉じ込められていくゼルガディスの腕に縋って、アメリアが叫んだ。どうして、いつも誰かの犠牲で済まそうとするのか!
喉を詰まらせて叫んだ時、ゼルガディスがなにかを決めた様にアメリアの腕を掴んだ。そして、そのまま抱き上げる。
「ゼルガディスさん?!」
「ほぅ。観念したか?」
驚きに声をあげるアメリアに、かすかに微笑みかける。そして、満足そうに頷く老人に不敵に笑って見せた。
「誰がするか、そんなもん!俺は、諦めが悪いんだ!!」
叫んで、ぎっと空を睨みつけた。
「ゼロス!!持って行け!!」
なにもない空中にアメリアを投げる。その時。
「どうしても、僕を利用するんですね、ゼルガディスさんは」
諦めとも、苦笑いともつかない表情をした獣神官が中に姿を現した。
ゼロスが、目の前に飛んで来たアメリアを受け止めた。
「ゼロスさん!いつからいたんですか?!」
「ええと、ゼルガディスさんが"いやだ"っておっしゃったあたりからです」
驚くアメリアに、のほほんとゼロスが答える。ほとんど最初からいた、という事だ。だが、今のアメリアにそれを突っ込んでいる余裕はない。
抱きとめているゼロスの襟を掴む。
「お願いです!ゼルガディスさんを助けてください!高位魔族なら、あの封じの呪法を破れるんでしょう?!」
「いや、それは……」
言いよどむ、ゼロスに、アメリアはじっと半眼で睨む。
「やってくれないと、生への賛歌をフルコーラスで歌いますよ?!」
うっと、ゼロスが顔を歪めた。彼は、本当に彼女の生への賛歌が苦手なのだ。
「そうしたいのは、僕も山々なんですが、駄目なんです」
「どうしてですか?!」
ゼロスが、申し訳なさそうに首を振った。
「ここの空間自体が神の力に溢れていて、僕にはどうする事も出来ません。それに、これを途中で妨害すると、ゼルガディスさんの命も危ういんです。だから、彼もおとなしく呪法を受けているし、あなたを僕に預けたんですよ」
うっすらと目を開けて、眼下を見下ろす。そこでは、周囲に群がる男達が、必死で呪文を唱えている。
ゼルガディスが体の下半分を水晶に包まれていた。老人が、驚愕で凍った顔をゼロスに向けている。震える唇が、彼の名を紡いでいる様だ。
それを、苦々しげに見つめ、ゼロスは小さく舌打ちした。
「これ以上僕はここにいられません。行きますよ、アメリアさん」
「嫌です!ゼルガディスさんが………!!」
必死で、ゼロスの腕から逃れようとアメリアが暴れる。それを難なくいなしながら、ゼロスがアメリアを怒鳴りつけた。
「いい加減にしてください!ゼルガディスさんの行為を無駄にするつもりですか?!!」
いつにない激しい口調に、ぴたり、とアメリアの体が止まる。それを見て、ゼロスがいつも通りの笑みを浮かべた。
「それに、ゼルガディスさんが、いつまでも捕まったままでいると思いますか?あなたが助けに行くのでしょう?」
穏やかに言われ、アメリアがぐっと拳を握った。
「当然です!」
ゼロスが、にっこりと微笑んだ。
「それでこそ、アメリアさんですね」
そのまま、空間へと溶けて消える。
「いったか・・・・・…」
空を見上げて、ゼルガディスが安堵の息をもらした。少々アメリアが駄々をこねていた様だが、ゼロスが何とか丸め込んだのだろう。
「ゼロスが来ておったとは・・・・・…」
老人が、苦々しく吐き捨てた。竜族にとってゼロスは、憎むべきものでしかない。それが、声に如実に現れていた。
それを見て、ゼルガディスが皮肉げに口元を歪める。老人が、それを見止めて苦笑いを作った。
「おかしいか?じゃが、おぬしはこのまま逃げる事も叶わぬ。その方がおかしいと思うがのぅ」
ひょっひょと、無気味な笑いをもらしてゼルガディスを見上げた。だが、ゼルガディスは恐怖に顔を歪めるでもなく、そして命乞いするでも無く静かな微笑を保っている。
老人が、訝しさに顔を歪めた。
「何を落ち着いておる?仲間が助けに来ると思うておるのか?じゃが、この封印はたかが人間にはやぶれん。諦めて、眠りに付け」
だが、ゼルガディスは微笑を崩さない。胸元までせり上がってきた水晶を見つめ、ふんと鼻を鳴らした。
「なぜ、俺を殺さない?」
その言葉に、老人はぐっと喉を鳴らした。ゼルガディスが笑う。
「答えられんか。どうせ、竜族の間で決定がなかなか決まらないから,その間俺を封じておこうって算段なんだろう?ご立派な神の使徒だな」
老人が無言でゼルガディスを睨みあげる。誇りを傷つけられてはさすがに笑えないらしい。それを見て、今度はゼルガディスが笑った。暗い、愉悦に満ちた笑いだ。
「せいぜい笑っておけ。おぬしの取れる道はない。全ては我らが握る。おぬしの行く道は二つ。わしらの協力者として迎えられるか、さもなくば危険因子としての死。どちらにせよ、それが決まるまで眠るしかないんじゃよ」
苦々しくゼルガディスに向かって吐き捨てた。ゼルガディスは、笑いを治めると老人を見下ろした。既に首元まで水晶が来ている。
「………覚えていろ」
一言、静かに告げると瞼を閉じた。その瞬間ゼルガディスの全身が水晶に包まれる。
静かに目を閉じた美しい青年の閉じ込められた水晶を見上げ、老人はぞくりと身を震わせた。最後の言葉が、いつまでも耳から離れない。
軽く頭を一つ振り、周囲にひざまずく者達を見渡し、静かに告げた。
「行くぞ」
それを皮きりに、男達の体が輝く。眩い閃光が走ったあと、そこには数匹の黄金竜があった。
のそり、と最年長の竜が翼をはためかせ飛び立つ。それにつられる様に、他の竜達も舞いあがる。
そして、最後に残っていた水晶も、それに引き寄せられるかのように宙へと持ちあがった。
あとには、燃え残った宿と、その残滓の煙だけが漂っていた。
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