by鉛 筆吉

  −異界からの侵略者−

 

 

 

 「しかし驚いたな。場所を聞いただけでテレポート出来るなんて」

 ここは病院の裏に広がる湖のほとり。洪介が驚きの声をあげると、るり子は照れくさそうに微笑んでみせた。

 「でも、ここの病院ってすごい人気ですね。部屋にいっぱい患者さんがいるんだもん」

 そう言って病院の方へと顔を向ける。洪介もそれに同意していた。

 しかし、あの青年にしてあげたことといえば病院内の待合室に寝かせただけである。いくらなんでもその扱いはひどい。洪介もそう感じていたのだが、青年がここでいい、と懇願するような目を見せたので、仕方なくそれに従ったのだ。

 「それにしても……」

 あの青年は大丈夫なのだろうか?

 洪介の脳裏に再びそれが蘇る。ふと、手を振っている男が目に入った。それは明らかに洪介たち二人に対するものだ。そして彼はこちらに向かって走ってきた。

 「ここにいたんですか」

 男は息を弾ませているが、二人は開いた口がふさがらない。なんとあの足を骨折していた青年なのである。すっかり足は治っているようだった。

 「あ、あの……足は……?」

 「おかげですっかり良くなりました。本当にありがとうございました」

 魂消ている二人に対し青年は太陽のように明るい表情でそう言った。

 その様子に洪介は、ひょっとしたらと、頭の中で何かがひらめいたようだ。

 「あの病院のこと。詳しく教えてくれますか? 特に医者について」

 洪介は真剣な表情で尋ねる。青年は笑顔のまま快くそれを承諾し、名を名乗った。それにつられて二人も自己紹介をした。

 「ここの病院の先生は、この街の人なら知らない人はいないくらい有名な人なんです。医者としての力はもちろん一流ですが、なんと言っても若干十六歳の美人女医ってところがポイントなんです」

 彼は少し照れ隠しに笑いながらそう言う。洪介は思わず口をはさんでしまった。

 「美人女医……ですか」

 「せんぱ〜い!」

 隣でるり子は強烈な視線を彼に送っていた。

 「一度見てしまったらもう彼女の虜ですよ。学校じゃ男子生徒はおろか教師達の間でも人気があるみたいですし。この前なんかわざわざ三つも隣の街から彼女目当てに来たって人もいましたよ。僕も人の事言えませんけどねぇ」

 青年は少し赤くなって、あははと元気のいい笑い声をたてた。

 「あ、いけない用事があったんだ」

 彼は腕の時計を見るとそう呟くと、また二人に対してお礼を言った。二人がそれに答えると、彼は走っていってしまった。

 「るりちゃん、見つけたよ。二人目の救世主を」

 洪介の言葉にるり子は首をかしげて応えた。

 「だってそうじゃないか。あれほどの怪我をこんな短時間で完治させてしまうんだ。これは普通の力じゃない」

 るり子はようやく分かったのか笑みをもらした。と、突然、彼女の腹の虫が鳴いた。洪介は思わず吹き出してしまう。るり子の頬がすぐに染まり、彼女は下を向いてしまった。

「そう言えばもうお昼だね。食べに行こうか」

 洪介は立ち上がり、彼女をそう促した。

 

 

 昼食を済ませた二人は、再び病院に戻ってきた。中を覗くと、すでに患者は一人もいなくなっていた。洪介がチャイムを押すと、奥に見える扉から誰かが出てきて内側から鍵を開けた。二人は中へ入る。

 「あの、女医さんに会いたいんですが」

 鍵を外した女性は二人を奥へと案内する。どうやら助手らしい。部屋にはベッドが二台あるだけでそれ以外に目立つものはこれといってない。なんとも殺風景な部屋だった。助手はお客が来たことを伝えると、外へ出ていった。その後しばらくして、応答していた声の主が奥から現れた。。

 女医は仕事のすぐ後だったらしく、まだ白衣を着ていた。明るい黒色の髪。それを後ろで一つに束ね、お下げにしている。そして潤いのある大きな瞳。全体的に清楚な雰囲気がぷんぷんと漂っていた。

 「ここじゃあなんですからあちらへ」

 彼女はそう言って二人を別の部屋へと先導した。うっとりするくらい清澄な声。嗅覚を刺激する柔らかなセッケンの香り。

 洪介はぼーっと立ち尽くしてしまっている。るり子はそんな彼の手を引っ張って、彼女の後についていった。

 その部屋には家具がたくさんあり、賑やかな所だった。女医が椅子を用意し、二人はそれに掛けた。

 「何の用ですか?」

 ずっと聞いていたいと思わせる穏やかな口調。洪介はようやく我に返り、頭をかきながら言った。

 「あの……噂の通り綺麗ですね」

 「先輩!」

 るり子が目配せをしながら小さくそう叫ぶが、彼の耳には届いていないようだった。

 「は……はぁ」

 彼のその言葉に女医は恥ずかしそうに曖昧な返事をした。

 「あ、わたし、夢占紗綾(ゆめうら・さや)といいます。あなた方は?」

 「わたしは常盤るり子。そしてこっちが鬼燈洪介です」

 同じ女性であるるり子も照れながら答えた。それを聞いて紗綾はキョトンと目を丸くしている。

 「失礼ですが、女性だったんですね……」

 この手の言葉にるり子はもう慣れっこだった。

 「ははは、よく言われます……」

 紗綾はるり子の少々うんざりしたような顔を見てすぐに謝った。そして再び用件を尋ねる。それに洪介が答えた。

 「僕たちは四人の救世主を探しているんだ」

 「救世主ですか?」

 「その四人のうちの一人がこちらの常盤さん。それで、残りの三人がこの世界のどこかにいるんだけど、もしかしたら夢占さんじゃないかと……」

 紗綾は小首をかしげて軽い口調で答えた。

 「そうみたいです」

 そして微笑む。その笑顔に洪介の心はぐらりと動かされそうになる。

 「あの夢の事ですよね。るり子さんがあの四人のうちの一人なら、わたしもその中の一人のような気がします」

 彼女も、るり子が見たあの悪夢を見ていたのだ。洪介はやったと指をパチンと鳴らした。

 「あの、いつ頃から不思議な力を持つようになったんですか?」

 るり子は興味ありげに尋ねた。

 「中三の夏ぐらいからだから……だいたい二年前ね。当時わたしは不治の病にかかっていたんです。原因不明の病気で、わたしの父も医者をやっていたんですけど、父さんにも分からなくて。毎日、高熱と吐血で苦しんでいました」

 「かわいそう……」

 るり子はぽつりとあいづちをうつ。紗綾は続けた。

 「でも、わたしは『生きたい』と思って、『いつかきっと治る』と信じてました。でも病状は悪化する一方でした。そんなある日、光を感じたんです。目で見るんじゃなくて頭の中で見るような……そんな感じを受けたんです。それ以来ウソのように病気が治り、不思議な力も身につけてしまって……。『奇跡』だとしばらく騒がれました」

 「そうか……。それで、不思議な力を自覚しはじめたのはいつ?」

 今度は洪介がそう尋ねる。るり子を伺うと、彼女も彼を見てうなずいた。

 「だいたい一年前くらい……かな? すごい頭痛がして、その拍子に病気だった時に感じた光を思い出してしまって。すると体から活力が湧いてきたんです」

 「わたしと同じです!」

 るり子は目を大きく開いて叫んだ。洪介も納得したように頭を振っている。

紗綾の不思議な力は物を直したり、傷や病気を治したりできるそうだ。

 「あ、今夜は泊まっていって下さい。わたしも明日一緒に行きますから」

 彼女はそう言って手を差し出す。洪介とるり子はそれに応えて握手を交わした。ちょうどその時玄関のチャイムが鳴り、紗綾は快い返事をして部屋を出ていった。

 「るりちゃん、今の感じた?」

 洪介は握手した手を眺めながら彼女の方へと尋ねた。るり子はこくりとうなずいた。

 「とっても温かい手でしたね」

 「そう、それになんだか心が安らぐ感じもしたよ」

 二人はお互いに笑顔を見せた。

 玄関では三十前後の男が立っていた。彼は紗綾の通っている学校の教師だった。

 「コホン。夢占くん。今日は暇かな?」

 妙に気取っている。

 「すみませんが、今日はお客様が来ていまして……」

 紗綾は断ろうとしたが、彼はそれを全て聞く前に後ろ手で隠し持っていた花束を差し出した。

 「僕の気持ちだけでも受け取ってくれ」

 「ま、素敵な花ですね」

 紗綾がそれを受け取ってお礼を言うと、教師は帰っていった。彼女はくすりと笑うと部屋に戻ろうと振り向いた。

 「あら? 見てたんですか」

 部屋の扉が開かれ、そこに二人が立っていたのだ。

 「今の人、誰ですか?」

 「わたしの学校の先生。最近、毎日のように来るんですよ」

 紗綾はあきれかえっている。

 と、その時。激しい地震とともに外から住民の悲鳴が飛び込んできた。

 「あいつだ!」

 洪介が叫ぶ。三人が表へ出ると、巨大な怪物が暴れているのがはっきりと見えた。そいつはまさしくキングコングそのものだった。

 紗綾の髪が赤茶けた色に変り、深い瞳を持つ。一瞬の出来事だった。さすがに年季が入っている。それに比べてるり子の方は、まだ目を閉じて集中しているところだ。

 暗闇の中からあの落雷の時の光を見出す。その瞬間、彼女も変化した。

 「慣れたらまばたきで力が出せるようになりますよ。さぁ行きましょう」

 紗綾は微笑んで言った。これから戦いに行くというのによく笑顔を見せられるものだ。洪介は驚きを隠せなかった。

 

 

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