by鉛 筆吉

  −異界からの侵略者−

 

 

 

 「ごめん。遅れちゃって」

 洪介は、頭をかきながらるり子の隣に腰を下ろした。

 「ねぇ、先輩。わたしの秘密、知ってます?」

 「秘密?」

 洪介は、るり子に尋ねられて思わず聞き返してしまった。そして、その秘密とやらを考え始めた。

 「ち、ちょっと押さないで」

 ここは、公園の茂みの中。るり子達二人が座っているベンチがちょうど正面に見える場所だ。そこで、誰かがこそこそと二人の様子を覗いている。るり子の友人二人であった。

 「わたくし見えませんわ。少し寄っていただければ……。あっ、るり様がいましたわ」

 彼女の声が大きくなる。とっさに、もう一人の友人が彼女の口を押さえた。

 「しっ。聞こえちゃうでしょ」

 「で……でも、いいんですの? こういうことして」

 二人は、ささやくような小さな声で会話をする。

 「いいの。どーせ暇なんだし」

 とその時、目の前のベンチで考え中の洪介が、口を開いた。

 「わかんないなぁ」

 洪介は、そう言って笑うと、何かと尋ねた。

 「えーと、実はわたし、女の子にモテるんです。ほら、ボーイッシュな顔してるから、中学校の時なんかバレンタインデーにチョコもらったこともあるんです」

 少し恥ずかしそうに下を向いて、るり子は答えた。洪介は、思わずなるほど、と感心してしまった。

 確かに顔立ちはもちろん、声もまた、どこか少年っぽいところがある。髪は肩まで伸ばしているのだが、ぱっと見ると男の子、しかも美少年、と間違われてしまうのもうなずける。

 「そ、そんなことより、今日は何の用事ですか?」

 るり子はつい勢いで自分の秘密を話してしまったのが恥ずかしくなり、話題をそらせた。洪介はその言葉を聞くと、頭をかいた。

 「実は、何でもないんだ。ただ、君に会いたかっただけで。宿題や文化祭の仕事がたんまりあってね。いろいろ忙しかったんだ。こうして会うのも二週間ぶりだろ」

 照れくさそうに笑う洪介を見て、るり子も笑みをこぼした。

 その時、甲高い悲鳴とともに、前方の茂みの中から人影が飛び出してきた。二人は驚いた様子でその人物を見る。

 「あーっ!」

 るり子は思わず叫んでしまった。

 飛び出してきた人物は、身を縮めながらるり子の後ろへまわり、隠れた。

 「る……るり様、ヘビがいたんです。退治して下さい」

 るり子の背中でそう言って、その人物は彼女にしがみついている。るり子がどう対処しようかと迷っていると、茂みの中からもう一人の人物が、手にヘビを持って現れた。

 「これは単なる紐よ。ヒ・モ。……全く魅智子はそそっかしいんだからぁ。ばれちゃったじゃない」

 そう言ってあきれている。茂みから出てきた二人は、るり子の友人だったのだ。ヘビがただの紐だと分かると、魅智子は安心したようにベンチに座った。

 「蕗子に、ミッちゃんじゃないの。どうしてここにいるのよ」

 「実は僕の所に訪ねて来たんだ。それで、今日るりちゃんとどこで会うのか、って聞かれてね。」

 彼女たちの代わりに洪介が答えた。

 「もぅ……」

 るり子はあきれたようにため息をもらすと、ベンチに腰を下ろした。

 「ごめんね。悪気はなかったの。ちょっと様子を見にね……」

 蕗子は、嬉しそうな顔で謝ると、魅智子の隣に座った。魅智子は、ニコニコ顔で、隣のるり子を見つめている。その幸せそうな笑顔を見ると、どうも怒る気も失せてしまう。るり子は苦笑した。

 「今日のるり様って女の子みたいですわ」

 魅智子がそのニコニコのまま、少しからかうように言う。

 「当たり前でしょ。わたしは女の子なんだから」

 るり子が少し強い口調で答えると、魅智子のつぶらな瞳にじわりと涙が浮かんできた。これでもかと、ぐすっと鼻をすする。

 「ひ……ひどいですわ。るり様がわたくしをいじめるぅ」

 魅智子が甘えたような声で嘆くと、るり子はきりりと眉を整えて

 「ごめん、僕が悪かったよ」

 と、男のように低い声を出した。そして、真摯なまなざしを魅智子へと向ける。この声の前にはいかなる女性も魅了されてしまうらしい。

 「ううん。いいんですの。わたくしが悪かったですわ」

 と、魅智子はすっかりしおらしくなってしまっている。

 『まぁた魅智子の悪い癖が始まった……』

 そんな二人のやりとりを横目で見ながら蕗子は肩をすくめた。

 「るり様ぁ……」

 魅智子は、そういって静かにるり子へと体をあずける。るり子も腕を回して彼女をそっと抱いた。

 「る、るりちゃん……。 ち、ちょっと……」

 洪介が、見てはいけないものを見てしまったような顔でぽかんと口を開けている。るり子は慌てて魅智子と離れた。

 「ミッちゃん、わたしにぞっこんなんです。よく甘えられちゃって」

 るり子は顔を赤らめて笑った。

 そうなのだ。魅智子は一目るり子を見たその時から、彼女の甘いマスクと、低音で艶やかに響く声のとりこになってしまったのである。

 今も、照れ隠しに笑っているるり子を、うっとりとした目で見つめている始末。

 「ま、なんだかんだ言って、るり子もまんざら悪い気もしていないみたいじゃない」

 蕗子が何やら意味ありげな口調で横やりを出すと、るり子はますます顔を真っ赤にして言った。

 「わたしたちは何でもないの! 蕗子ったら余計なこと言わないでよね」

 「あはは。冗談だってば」

 蕗子は嬉しそうに笑っている。

 「るりちゃんのすごい秘密を知ってしまったような気がするよ……」

 るり子の隣でまだ目をしばたたかせている洪介は、そう言って苦笑した。

 「あ、あまり深く考えないでくださいね。先輩……」

 るり子は洪介の真面目な態度に、心配の色を隠せないようで、この場の雰囲気を変えようと、明るく笑った。

 「さ・て・と。ばれちゃったら仕方ないわ。魅智子、帰るわよ」

 「ええ〜! そんなぁ……。せっかくるり様にお会いできましたのに……」

 「ホラ。だだこねないの。デートの邪魔になっちゃうでしょ」

 蕗子は、すっくと立ち上がると、るり子の腕にしがみついている魅智子をはがし、公園を後にした。

 「どうも、お騒がせしましたぁ。……るり子、明日詳しく聞かせてもらうからね」

 「ハイハイ……」

 るり子は、蕗子の最後の言葉に、呆れ顔で二つ返事をすると、バイバイと手を振った。

 「ふぅ……」

 るり子が疲れたようなため息をついたのを見て、洪介は笑った。

 「え? わたし、何かおかしいことしました?」

 「ははは……。いや、面白い友達だな、って思ってさ」

 るり子は、その言葉に、普段の素の自分の姿をさらけてしまったことに気がついた。突然、友人二人が現れたため、びっくりして思わずいつものるり子に戻ってしまったというわけだ。

 ――わたしってば、愛情よりも友情をとるのかなぁ?

 るり子は、頬を染めつつもそんなたわいもないことを考えてしまった。そして、恐る恐る洪介の様子を伺うように口を開いて尋ねた。

 「先輩……。わたしのこと、変な子だって思った?」

 「どうして?」

 「だって……」

 「軒下さんのこと?」

 「はい……」

 るり子は、真剣なまなざしで洪介を直視してその返事を待った。

 「別に、いいんじゃないかな。彼女もちゃんと分かっているみたいだし」

 「良かったぁ……。あの、このこと秘密にしてたわけじゃないんです。ただ、こんないきなりばれちゃうと……なんだか驚かせてしまったみたいだし」

 洪介は、照れくさそうに話するり子を見て、くすりと笑った。

 「正気かどうかは目を見ればだいたい分かるからね。確かにびっくりしたけど……」

 洪介は諭すような優しい口調でそう言い苦笑した。

 「じゃあ、ちょっと歩こうか……」

 「あ、はい……」

 るり子は洪介に憧れの眼差しを向けてうなずいた。

 

 

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