「開かれた開かずの間」     by 上山 環三

 

 結局、麗子が学校に着いたのは、九時を三十分も過ぎての事であった。それまで十五分ほど、亜由美たちは麗子を待ったのである。

 現われた麗子は汗だくで、自転車を押しながら

 「後もう少しって所で、パンクしちゃって・・・・」

 と、息も切れ切れに言った。

 ちょうどいいところに缶ジュースを買いに行っていた大地が戻ってきて、麗子は彼が気を利かせて買ってきたジュースを一気に飲み干した。

 皆が麗子に注目していた。亜由美でさえも、これから彼女がこの事件についてどう切り出すのかを待っている。

 そして麗子は口を開く。彼女はまず亜由美から自分が来る前の出来事の一部始終を聞いた。

 「なるほどね・・・・」

 そう言って、四人を見回しす。「じゃあ、とりあえず自己紹介をしておきましょうか。――私が封鬼委員会委員長の東雲 麗子よ」

 それを聞いて驚く亜由美に麗子は微笑む。そして、大地がもう一度名前だけを名のった。次は亜由美たちの番だ。

 「えと、神降 亜由美です。それから・・・・友達の桐咲 遥です」

 「桐咲、です」

 「で・・・・こっちが友――」

 亜由美は『彼女』を指した。

 「佐川、友子さんね」

 麗子が先にその名を呼んだ。

 「え!?」

 「・・・・」

 沈黙する友子を前に、麗子は語り始めた。

 「――今から十三年前、あの倉庫で女子生徒の自殺があった。自殺の原因はいじめ」

 いじめ――。今回の事件の根底にはそのいじめに対する恨みが流れているのだろうか・・・・?

 「・・・・彼女の魂はこの世に恨みを残して留まった」

 亜由美は『彼女』――佐川 友子を盗み見た。その白い顔は無表情のようで、これ以上にないほど悲しそうでもあつた。

 「倉庫に残った彼女の魂に、その時の封鬼委員会は気付いたと思うわ。そして――、倉庫は封鎖され、時が流れた」

 麗子は『彼女』と呼ぶ事で、できるだけ事務的に話を進めていた。

 「そして――、そして、その倉庫を三宅先輩が『開けずの間』として使ったの・・・・!」

 「――あ」

 亜由美はショックを隠し切れず声を漏らしていた。

 「封印された悪霊は、そこに自殺した少女の霊がいる事にすぐに気が付いた。三宅先輩の封印は悪霊だけを封印するものだった。そこで彼女と悪霊は結託して・・・・」

 封印を破ったと言うのか?

 ――違う! 遥を守ろうとしていた『彼女』が、悪霊と結託なんかするはずがない・・・・!

 「違います!」

 ――口を開けたのは遥だった。「・・・・違うんです!」

 「でもね、これは事実なの」

 「先輩、私もそう思います」

 「あ、亜由美ちゃんまで――!?」

 予想外の反応に、麗子は言葉をなくして二人を見比べた。

 でも、これは文雄くんが・・・・!

 「何か押されてますよ、麗子さん」

 「あのね、アンタはどっちの見方なのよ・・・・!」

 麗子が大地に噛み付いた時、遥が言葉を続けた。

 「友子は現世を恨んだりして残ったんじゃないんです」 「遥・・・・」

 「彼女は私といっしょでした。いじめられ、友達は一人もいなかった。ただ――、暗い倉庫の中で彼女はずっと一人きりでいたんです」

 「でも、どうして――!?」

 その問いを発した麗子を、遥はキッと睨んだ。

 「一度でいいから友達を持ってみたかったからッ・・・・!」

 遥の声は震えていた。高まる感情を無理矢理押え込んでいるのがよく分かった。「だけど、だけど何も悪い事なんかしてないのに、いきなり倉庫に悪霊を押し込まれて・・・・!」

 「――!」

 「それから――、友子はまたアイツらにいじめられてきたんです! 死んでからも・・・・! そんな彼女の気持ちが分かりますかっ!!」

 最後は言葉にならなかった。

 「――遥、もういいの。やめて」

 「よくなんかないよ! 友子は――」

 駄々っ子の様に、遥は頭を振った。しかし、その彼女を諭すように友子は抱きしめる。

 「友子・・・・」

 「・・・・ありがとう。遥」

 ようやく、遥のボルテージは下がった。友子は亜由美たちの方に向き直ると徐に口を開いた。

 「あの悪霊は倉庫の中で私を弄んだんです・・・・。私は耐えました。でも、あいつらの嫌がらせは止む事無く続いた」

 「・・・・」

 「そしてあの日、耐えかねた私は外に助けを求めてしまったんです」

 亜由美は悪霊の嫌がらせを想像しようとして止めた。それは自分の想像を超えた、おぞましく、邪悪なものに思えた。

 「遥は今まで誰も応えてくれなかった私の声に応えてくれました。彼女は倉庫の扉を開け、封印を解き、私を解放してくれたんです。私はそれであの地獄から開放された・・・・」

 そこで、友子は言葉を切った。微かに唇を噛む。

 「でもそれは間違いだった・・・・! あいつらは、自由になってからも私の周りから離れず、それどころか私を仲間にしようとしてきたんです」

 「なんて奴らだ・・・・!」

 そう言う大地の言葉は怒りに染まっている。

 「もちろんそんな事はできませんでした。でもそうするとあいつらは、遥がどうなってもいいのかって・・・・!」

 いつしか、友子の拳はブルブルと震えていた。もう、誰も何も言わずに彼女の言葉を聞く。そして友子は

 「私はその言葉で、あいつ等と戦う決心をしました。なのに遥を巻き込んでしまった・・・・」

 と、うな垂れた。そして沈黙が訪れた。

 「そう、だったの・・・・」

 その沈黙を破ったのはやはり麗子である。「・・・・ごめんなさい。私たちのやった事がこんな結果を引き起こすなんて・・・・、いえ、言い訳はできないわ。友子さん、本当にごめんなさい」

 「そんな、いいんです」

 友子は苦笑した。「もういいんです」

 「――遥」

 と、友子は振り返った。「よかったね。遥は決して一人なんかじゃなかったのよ」

 「・・・・友子?」

 「あなたには頼れる人がいる」

 「ま、待って、友子!」

 友の異変を敏感に感じ取り遥は叫んだ。その言葉を聞き流して、友子は亜由美を真っすぐに見つめた。

 「亜由美さん、いろいろとありがとう。やっぱり、私がここにいるのっていけないのよね」

 「・・・・えぇ」

 亜由美は小さく、しかしはっきりと頷いた。

「――あいつらを封印した魔法陣、もらえるますか? 地獄にでも捨てきます」 

「・・・・分かったわ」

 亜由美は封印した紙切れを友子に手渡した。

 「――ありがとう。・・・・あと、遥の事をよろしくお願いします」

 「友子・・・・!!」

 と、遥は友子を抱きしめた。その目に涙が溢れる。

 「嫌だぁ・・・・! 行かないで――」

 「ゴメンね、遥」

 友子はその涙をそっと拭った。そうして、彼女は遥の腕から消えた。光の粒子が残り香のように煌いて、やがてそれも見えなくなった。

 友子がいなくなった後も、遥はずっと動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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