「開かれた開かずの間」     by 上山 環三

 

 「ねえ京子。一体・・・・どう言う、状・・・・況だったわ・・・・け?」

 「――ヤだ、食べながらしゃべんないでよ・・・・!」

 のどかな昼伏み。暖かい春の日差しが心地よく体に降りかかっている。

 あの三人は、近くの病院へ運ばれた。当然校庭に救急車が来たので、ちょっとした騒ぎになった・・・・。

 藤棚がある中庭のべンチで、京子はお弁当を、亜由美は、食堂で買ってきた菓子パンを食べている。

 「そうねぇ・・・・、あの三人が、また桐咲さんをからかおうとしたの」

 と、京子は箸を置いて口を開いた。

 「やふはり」

 パンにかじりついたままで亜由美が相づちを打つ。

 「でも・・・・、遥は一体・・・・何をしたの?」

 それは大きな疑問だった。その口元とは反対に、真剣な眼差しを亜由美は京子にぶつけた。

 「うん・・・・。それなんだけど――」

 京子はその表情を曇らせた。「桐咲さんは何もしなっかたの」

 「え――!?」

 「朝、彼女は自分の席で本を読んでたでしょ?」

 「うん・・・・」

 亜由美はあの時の嫌な予感を思い出していた。

 あれはまるで・・・・。

 「三人に囲まれた時もそうだった。私、自分の席で英語の予習をやっててて――」

 「あっ! そう言えば宿題が!」

 亜由美はそう言って京子を指差す。その口から菓子パンがポロリと落ちる。もう! と、京子が顔をしかめた。

 「あ、後で見せてよ。京子」

 「分かってるわよ」

 京子は横目で応えておいて「――それでね、何か話してるみたいだったんだけど、その三人がいきなり苦しみだしたの」

 と、再び亜由美に向き直った。

 「そ、そんな事――」

 嫌な予感は当たった。亜由美は出てきかかった言葉を飲み込んで、京子から目を逸らした。

 と――、

 「あ。もうこんな時間! お弁当残っちゃったなぁ」

 京子はそう呟いて、仕方なく片付けを始めた。

 

 遥は担任に呼び出されて色々質間されたようだった。

しかし、彼女が何もしていない事は教室にいた生徒が証言していた。学校側としては、警察ざたにして問題を大きくするのも如何なものかと判断したようで、その事件はあやふやに収束していく事になった。

 放課後――、亜由美は遥から直接話を聞こうと考え、一緒に帰ろうと彼女を誘った。嫌な予感の後味と言うか、その所為で今日一日、遥の行動が気になって仕方ない。

 遥は少し考えた後で

 「私なんかと一緒に帰っても――」

 と、渋った。

 「いいからいいから。京子も先に帰っちゃて。一人で帰るのもあれだし・・・・」

 京子には先に帰ってもらった。しかし、亜由美の思惑はそううまく進まない。

 「――今朝の事、聞きたいんでしょう?」

 遥の低い声が聞こえた。それは彼女がすべてを見通している事を意味していた。

 「え、・・・・ま、まぁ・・・・。どうも気になっちゃって」

 亜由美はどう言っていいものか分からず、とりあえず友好的な笑みを浮かべてみる。が、やはり遥は亜由美を見ようとしない。

 「ねえ遥・・・・」

 業を煮やして、亜由美がそう言いかけた時

 「神降さん、ごめんなさい」

 と、遥がピシャリと彼女の言葉をさえぎった。いつもの遥の口調ではない。

 「約東してる友達がいるの。私もう行かなきゃ・・・・!」

 有無を言わせぬ口調でそう言うと、彼女は亜由美の脇をすり抜けた。

 「待って、遥」

 亜由美はギリギリのタイミングで遥の足を止めた。先程の遥のそれ以上に強い意志が宿った口調が、彼女の足を止めさせたのだ。

 教室の扉に手をかけて遥は振り返った。表情はない。

 一呼吸おいて、亜由美は口を開いた。

 「その友達はダメ。私たちと付き合っちゃダメなの・・・・」

 「・・・・」

 遥がゆっくりと背を向ける。

 いけないの、遥――! 

 焦る気持ちとは裏腹に、その言葉は彼女には届かない・・・・。

 「行っちゃダメ! 遥」

 「・・・・あなたにそんな事言われる筋合いはないわ。彼女は私を待ってい 

たのよ。私の友達なの!」

 「遥!」

 亜由美の呼びかけに、彼女は感情を絞り出すように言う。

 「私が応えなきゃ、誰が応えるっていうの・・・・!?」

 目が、遥の目が一瞬鈍くよどんだのを亜由美は見逃さなかった。

 「違う。それは――」

 あなたがそう思いたいだけ――!

 しかし、彼女は行ってしまった。亜由美の出した手は空をつかむ。本当ならば無理矢理にでも、止めるべきだった。でも、今はできなかった。

 ずっと一人だった彼女にできた始めての友人。

 それを自分は奪おうとしている。

 できるだろうか? と、亜由美は自問する。しかし、それは無意味なものだった。最初から彼女の心は決まっているのだ。冷徹でも何でもない。それが彼女が教えられた最善の答だったのだから――。

 取り返しの付かない事が起きる前に、遥を取り返さなければいけなかった。

 張り詰めていた気を抜いて、亜由美はストン、と側にあった椅子に座った。

 ――遥には何かが憑いている。それはどんな奴であれ、落とさなければならないと言う事だ。

 亜由美はふと、そこから見える校庭に目をやった。遥が『彼女』に話し掛けながら、一人で楽しそうに帰っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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