「開かれた開かずの間」     by 上山 環三

 

 麗子は、あれこれと考えていた。

 さてどうしたものか――、いつもと違っていい考えが浮かんでこない。

 基本的に霊を扱う方法は三通りある。

 その一つに封魔術と言う術が挙げられる。これは霊を力ずくであるモノ(場所)に封印する術である。そしてもう一つに、破魔拳と言う実体化(?)した霊を攻撃する為の拳法がある。

 今回の場合、封魔術で封印すべき霊がまだみつかっていない。

 ――面倒な事になってきたわ。

 その時、校庭のベンチでため息を吐いていた麗子は微弱な霊気を感じて頭を上げた。

 これは・・・・グラウンドから!? 

 言うが早いか、駆けだす。開かずの間と何か関係があるかもしれない。

すぐに麗子の視界にグラウントが入ってきた。

 一人の女子生徒が、校門をくぐろうとしていた。

 かなり離れてはいる所為か、その気は極々微量だった。麗子はそのまま止まらずにグラウンドへ下り立った。

 霊気はあの生徒が学校を出ると同時に消えた。

 麗子がそこで追いかけようとした時、

 「あの――」

 「きゃっ!」

 背後からいきなり声を掛けられて彼女は飛び上がった。

 「す、すみません」

 振り返った先に、小さな女子生徒が立っていた。恐縮して小さな体を更に縮めるようにしている。

 「あの・・・・」

 もう、何なのよ! と、麗子は内心苛立っていた。しかし、目の前の少女は彼女に何か言いたそうにしている・・・・。

 「えっと、確か生徒会長さんですよね・・・・?」

 その一言で、麗子は仕方なく追跡を諦める事にした。

 「えぇ。会長の、東雲だけど?」

 何か? と、麗子はできるだけ優しい表情を浮かべて訊ねる。今時自分の学校の生徒会長を知っている人間と言うのは珍しい。順風高校は生徒数もかなり多いので、こういう人間は貴重である。

 「私は一年の神降 亜由美と言います」

 目の前の一年生はペコリと頭を下げた。その動作に無駄がない。綺麗な、筋の通った礼だ。

 麗子は制服の組章で一年生である事を先に見抜いていた。更に、無意識にその彼女の見定めを始めている。彼女は、会った事もない全くの赤の他人だった。

 生徒会にでも勧誘しようかしら――と、思った時、彼女の自己紹介が耳に入った。

 「神降、さん?」

 神降ろし・・・・!? まさか――。

 一年生は一瞬、視線を自分の足元に落とした。それが麗子のわずかな変化を気付かなくさせた。それから迷いを断ち切るように彼女にその視線を真っすぐぶつけてきた。

 「遥を見てましたよね? ――何か知ってるんですか? 友達なんです。教えて下さい、お願いします」

 一年生は一気にまくしたてた。その視線が、下手な言訳が通じない事を麗子に予想させる。

 しばらく迷ってから、麗子は亜由美に全てを語る事にした。 

 

 

 麗子の話は、亜由美を感嘆させるには十分過ぎるものだった。

 裏風紀の事――。

 『開かずの間』の話。そして三宅 弘一の名前。それは、大学にいる、従兄の名前だった・・・・! しかし、三宅からは一度も封鬼委員会の話を聞いた事はない。まだ子供だからと、話してくれなかったのだろうか?

 そんな事を考えながら、代わりに亜由美は自分の教室で起こったあの事件を麗子に話す。

 「・・・・そう。その事件なら知ってるわ・・・・」

 麗子は頷いた。「でもあなた――」

 「亜由美でいいです」

 「亜由美、ちゃん、分かるの?」

 霊が――? と、言う意味である。

 「あ、はい。その・・・・」

 亜由美は言葉に詰まって下を向いた。

 実は、亜由美の祖母は現役の陰陽師と言う希有な存在である。神降家は代々払い師の家系なのだ。しかし、祖母の娘――、つまり亜由美の実母には、霊的な能力は開花しなかった。で、その反動(?)か、亜由美の能力は小さい時から人一倍強かったと言う。そして彼女は祖母から陰陽術、呪符の使い方等々を教わった。将来的に彼女はその祖母の後を継ぐ――かどうかは、まだ亜由美本人の口からはっきりと語られた事はないが――運命にあるらしい・・・・。

 ただ、陰陽師の事はあまり話さないようにしている。これは無用な災いを避ける為と、陰陽師と言う特殊な業務に携わっている所為もあってそうしているのである。そうして、亜由美はここでもただの霊感少女を押し通す事にした。

 「何となくなんですけど・・・・」

 逆に、封鬼委員会と言う組織の事が彼女には気になった。

 「あの、東雲先輩はこれからどうするつもりなんですか?」 

 「そうねえ、・・・・その、桐咲さんについている霊が『開かずの間』に封印されていた霊と同じモノとしても、学校中を覆っているこの邪気をすべてその所為にはできないわ」

 倉庫に封印されていたのは複数の雑霊だった。亜由美もその点を指摘した。

 「やっぱり、みつけたのから一つずつ封印していくしかないって考えてるんだけど」

 「はい。あの――、私にも何か手伝わせて下さい」

 と、亜由美は麗子の目を真っ直ぐに見た。その視線を真っ向から受け止めると、唇の両端をキュッと引いて笑顔を見せた。

 「もちろんよ。私の方からそれはお願いするわ!」

 「はい!」

 「それはそうと亜・由・美・ちゃん」

 返事を返した亜由美の肩をいきなりつかんで麗子はニッコリと笑う。

 「は、はい・・・・」

 別の意味で、嫌な予感がした。

 「あなた、封鬼委員会に入らない?」

 「え――」

 やっぱり〜! と、亜由美が思ったかどうかはともかく、麗子は勝手に話を進める。

 「亜由美ちゃんのような子を探してたのよ。霊感バリバリのかわいい一年生を・・・・!」

 と、ウインク。

 「わ、私が、ですか・・・・」

 「そう。当たってるんでしょ?」 麗子の満面の笑みが返ってきた。

 一瞬、亜由美は自分の正体(?)がばれているような錯覚を覚えた。とすると、原因は多分三宅だろう。確かめたい――と、思ったが、亜由美はとりあえず勧誘に対する返事を返す。

 「・・・・すみません。今は遥の事をだけを考えたいんです」

 「あ、ごめんなさい」

 「生意気言ってすみません」

 「全然。私の方がこんな時に、ごめんね」

 と、言う麗子の自然な態度に、亜由美は好感を持った。

 「じゃあ、さっそく明日にでも桐咲さんに会いたいんだけど・・・・、いいかしら?」

 「あ、はい。ええと・・・・」

 確かにそれは早い方がいいだろう。

 「放課後。私がそっちに行くわ」

 「はい」

 「じゃあ、よろしくね」

 そう言うと、麗子は校舎の方へ去っていった・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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