「開かれた開かずの間」     by 上山 環三

 

 次の日の放課後、亜由美はシューズロッカーの前で遥を捕まえた。担任の教師にちょっとした用事を頼まれて、帰ってきた時には彼女はもう教室にはいなかったのだ。

 「遥――、ちょっといい?」

 相変わらず亜由美を見ようとしない。気後れしている暇などなかった。ロッカーから靴を出して履きかえると、遥はソツなく亜由美の前を抜けて、外へ出る。

 「待って!」

 亜由美は上履きのまま遥を追った。「話を聞いて!」

 遥は止まらない。それどころか普通に歩いているはずの彼女との距離が開いている・・・・!?

 数十メートル走ったところで、亜由美はやっと遥に追いつく事ができた。息を切らしながらも、彼女の腕をつかむ。

 ――冷たい。

 「お、お願い、遥」

 遥の歩みが止まった。いや、亜由美が引き止めたのである。彼女は遥の前に回り込んで

 「話を聞いて! ね、遥・・・・!」

 と、その顔を覗き込んだ。

 「!?」

 ――一瞬、何が起きたのか分からなかった。視界がぶれたと思うと、青い空が見え、校舎が反転。そして次の瞬間にグラウンド。

 亜由美は遥の――、彼女に憑いている霊の冷えきった憎悪の眼差しをまともに浴びたのだ。

 背筋が凍る暇もなかった。亜由美は一メートルほどふっ飛んで、背中から落ちた。

 「・・・・ッ!!」

 地面で背中を思いっきり打って、亜由美は声も上げられずに悲鳴を上げた。

 「邪魔しないで」

 そんな言葉が聞こえた。そして、遥の姿はもうなかった。

 

 

 

 教室の前で、麗子が一人で待っていた。

 「あ、・・・・先輩・・・・すみません」

 「亜由美ちゃん! 大丈夫――!?」

 フラフラの亜由美を見て、麗子がすぐに駆け寄ってきた。彼女は自分の肩を貸す。

 「すみません・・・・」

 と、亜由美は顔をしかめた。すりむいた腕には所々赤い血が滲んでいる。

 「いいから――、ほら」

 そのまま麗子は亜由美を連れて教室に入る。亜由美を椅子に座らせ、保健室から借りてきた薬で手際よく傷の手当てをすると、麗子は

 「桐咲さんは・・・・?」

 と、口を切る。亜由美が一部始終話すと彼女の表情は曇った。

 「・・・・それはまずいわね」

 それは亜由美にも分かっていた。遥と憑依霊は、予想以上に結び付きが強いようだった。二人の間に何か共通の想いがあるのだ。その、共通項を除去しなければ、遥に憑いた霊は落とせない。

 「退魔術で強引に除霊する・・・・」

 麗子が、誰とはなしに言った。

 「だ、ダメですよ! そんな事したら遥が・・・・!」

 憑依霊の、無理な除霊は被憑依体に後遺症を与えかねない。

 「でも、亜由美ちゃん、他に方法がないわ! 私の、封魔術じゃ桐咲さんを術に巻き込みかねないし――」

 麗子は唇を噛む。どうすればいいのだろう・・・・!

 が、それを見て亜由美は徐に口を開いた。

 「私がやってみます」

 「え?」

 「・・・・東雲先輩、サポートしてくれますか?」

 でも――、と言う言葉を、麗子は無理矢理飲み込んだ。

 一体、この小さな体のどこにこんな闘志が潜んでいたのだろう! 

 麗子は目の前の少女をしげしげと見つめながらそう思った。そして、ある事に気が付いた時、彼女は確信した。

 「――ダメ、ですか・・・・?」

 麗子の様子を早合点して、亜由美はうな垂れた。

 「フフッ。どうせダメって言ってもやるんでしょう?」

 麗子は笑った。「分かってるわよ」

 お見通しである。

 「そんな――」

 そう言われて亜由美は反論しようとするが、すぐに言葉を無くしてバツの悪そうな顔を見せる羽目になってしまった。

 「で」

 たっぷりと澄ました視線を向けておいて、麗子は言う。

 「どぉするの?」

 「・・・・」

 亜由美は居心地の悪そうな顔を見せながら言う。「――憑依霊と話してみます。なんとか説得できるかもしれない・・・・」

 「なるほど」

 「・・・・あの、麗子先輩、もしかして・・・・」

 亜由美は上目遣いに麗子を見つめる。まさか、いいんですか? などとは聞けない。

 「いーのいーの。私たちできっかりサポートしてあげるから。しっかりやるのよぉ!」

 そう言われてはいよいよ何も言えなくなる。亜由美はそこまで出かかった質問を、また無理矢理しまい込んだ。そして――、もう余計な事は考えない! と、頬を叩かんばかりに気合いを入れ直す。

 一方、隣の席で麗子は、燃え上がる亜由美を横目で見ながら笑いをかみ殺していた。

 何だかそっくりじゃないのぉ・・・・! 

 亜由美の眼差しは三宅のそれとよく似た光を宿していた。

 間違いないだろう。目の前にいるこの少女が、三宅の言っていた神降家の跡取りなのだ。

 そして麗子は、三宅がその力を高く評価していた少女の実力を、この目で確かめようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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