「何だ、雫も水臭いな」
開口一番、大地はそう言った。 「悪かったわね。確証が持てなかったから黙ってたのよ」 雫も負けてはいない。どうやら二人の会話は全て言い合いになるらしい。 「山川先輩、力を――」 その事がまだいまいち分かっていない亜由美は、ハラハラしながら進言する。 「分かってるって。安心しな。かわいい後輩をいたぶってくれたんだ。そいつをぶちのめしてやるよ!」 大地は拳を鳴らした。「久しぶりに手強そうな相手に巡り合えたぜ」 その表情はどこか嬉しそうである。 「でもとりあえずは、私たちでやってみるわ。大地の出番はないかもよ」 「おいおい、頼んでおいてそれはないだろう!?」 ――南雲 恭介が学校に来なくなって、六日がたった。 欠席の理由ははっきりしていない。恭介の母親から学校に電話があったが、一方的に欠席を告げて切れたということである。 その間雫が毎日恭介の家を訪ねているが、母親の香代子がその度彼女を追い返している。 ――雫は薗田から妖気は感じなかったと言うから、亜由美の霊能力はやはり、相当なものなのだろう。 さて、雫と亜由美の二人は今晩、南雲家を尋ねて邪鬼払いの術を施す事にしている。薗田を南雲家に出入りさせなくするつもりである。 術は雫が担当し、亜由美がサポートに回る。大地がそれなら自分も、と言ったが、それは雫が断った。
南雲家は亜由美が初めてきた時とは全然雰囲気が変わっていた・・・・。 薗田が既に帰っている事は確認済みである。 亜由美と雫の二人は意を決すると、南雲家の玄関を開いた。――その瞬間、重い空気を浴びせかけられる。 「こんばんは・・・・」 二人は一応そう断ると、靴を脱いで容赦なく上がり込んだ。 家の中の空気は澱んでいた。これほどまでとは二人とも思っていなかったので、改めて気を引き締める。 一方、招かざる客の突然の訪問に、恭介の母親――、香代子が居間らしき部屋から跳び出てきた。 「な、何ですか! あなたたちは――」 香代子の顔色は異様に悪い。 これは重傷だ! 「おばさん、恭介に会わせてもらいます」 雫は香代子に言い放った。しかし彼女が言い終わらないうちに 「ダメよっ!!」 と、香代子が金切り声を上げた。当然の反応だろう。 しかし、いつまでも叫ばれているわけにもいかない。亜由美は護符を出すと、香代子の額に素早く貼った。 「しばらくおとなしくしていて下さい。悪いようにはしませんから」 香代子の体が崩れるのを支えて、二人でなんとか居間のソファーまで運ぶ。彼女には術が終わるまで眠っていてもらう。 「こっちよ、神降さん」 雫が階段から亜由美を呼んだ。「急いで」 と、亜由美は立ち止まって雫に言い難そうに口を開いた。 「あの、亜由美でいいですよ・・・・」 実は始めて呼ばれた時から気になっていた事であった。 「――そう?」 と、雫は目を瞬いて亜由美を一瞥する。「じゃあ、亜由美さん、階段を上がってすぐ左手に、恭介の部屋があるの。恭介も多分・・・・、操られているはずだから気を付けてね」 まず――、恭介と香代子の二人を取り押さえる必要があった。それから、南雲家の邪鬼払いに取り掛かる。その時に二人に邪魔をされるわけにはいかないのだ。 「恭介、入るわよ――」 ドアのノブを握ろうとした雫を 「待って!」 と、亜由美は止めた。 「雫さん、このノブ、術が施してあります・・・・!」 「え? ――本当・・・・?」 「でも大丈夫です。これならすぐ解けます」 亜由美はノブを慎重に調べる。しかし 「いいわ、私がやる」 と、雫は時間が惜しいと言わんばかりに亜由美を後ろへ追いやる。 「雫さん!」 「――大丈夫」 そしてそのまま、雫はノブを握った。 「あっ」 止める間もない。術――、つまりトラップが発動して白い火花がパッと散った。その衝撃で、ノブは壊れたようだ。雫はそれをゆっくりと引く・・・・。 ドアは、あっけなく開いた。 亜由美は言葉を失って、雫に無言で説明を求めた。しかし、彼女はそれに気付かずに 「恭介。私、雫よ」 と、さっさと部屋の中へ入って行ってしまった。 止む無く亜由美もその後を追う。 南雲 恭介は机に向かっていた。 「恭介――?」 雫が後ろから間い掛ける。が、反応はない。そして、思い余った彼女は恭介に駆け寄った。 「恭介、目を覚まして!」 早くも雫は冷静さを欠き始めている。 恭介の精神は外部と遮断されていた。それは誰が見ても明らかであろう。 雫は、恭介の肩を持って揺り起こそうとする。 「・・・・やめろ」 恭介がゆっくりと立ち上がる。「――僕の邪魔をするな」 「危ないっ!」 「うああぁぁっ!!」 咄嗟に、亜由美は雫を恭介から引き離した。恭介の右手に握られたシャープペンシルが空を切る。 これ以上はダメだ。亜由美は護符を取り出した。 「僕はもっともっと勉強するんだ・・・・! その邪魔をする奴は――」 恭介は戦慄く。机の上にあったカッターナイフを鷲づかみにする。 チキチキチキ・・・・! 銀色の刃が二人の前に現れる。 「許さない!」 しかし、それより速く亜由美は攻撃に転じていた。 「――はっ!」 彼女はダミーの護符を放った。 「うわあぁぁっ!」 恭介が飛んでくる護符に向かってがむしゃらに両腕を振り回す。次に彼女が放った護符は、香代子に使った物である。 「うっ!?」 護符は恭介の胸に付く。 「静心制魂覇・・・・!」 亜由美はすぐさま念を送り恭介の精神を捕らえる。彼はビクッと震えると、カッターナイフをカーペットの上に落とした。 一瞬、遅れて恭介の体がバランスを失う。 「恭介・・・・っ」 雫が崩れる彼を危うい所で抱きかかえた。 「――ふう――」 ひとまず第一関門突破と言う所か。 カッターナイフを拾い上げ、亜由美は額の汗を拭った。 「恭・・・・介・・・・、どうしてこんな事に・・・・」 雫がやつれた恭介を抱き起こす。体重が軽い。恭介の頬を撫でる。「・・・・せない・・・・」 その時、背後でゾッとするほど急激な気の盛り上がりを、亜由美は感じた。 「しず・・・・っ!?」 丁度、雫は恭介を寝かし、ゆっくりと立ち上がるところだった。見た目には普段と全く変わりない彼女に、亜由美は一瞬気の出どころを錯覚しかける。 ちょ、ちょっと待って! 一体何を・・・・っ!? 思わず仰け反る亜由美を尻目に、雫は―― 「許せない! あいつだけは絶対に――っ」 絶叫。その勢いに亜由美はあとずさる。 「ガル・ガルーラ・オン・バッサラ・デ・ヴァル!!」 退魔呪文を、雫は一息に唱えた。 次の瞬間、彼女の体から黒い光が放出される。物凄い光量だ。たちまち部屋中を影が覆う。 この光は――! 「イ・アジェンタ・ウラ・シーン!」 雫のその声で、放出された光はビデオの巻き戻しのように彼女の体に吸い込まれていく――。と、同時に部屋全体を覆っていた濃い影が消える。 その一連の光景に、亜由美は言葉も出せずに立ち竦んでいた。 これは術じゃない・・・・! 膨張した気が、急速に収縮していく。それはさっきから同じ場所にいる雫へと返る――。 「雫さん! 一体何をっ!?」 我に返った亜由美もすぐに雫を問い詰める。 術でなかったら何なの・・・・!? 雫はそんな亜由美を疲れ切った表情で見つめ、弱々しく笑った。が、そこまでが限界だったようだ。彼女はそのまま崩れ落ちてしまった。 「雫さん!」 亜由美は彼女に駆け寄って、その体を抱き起こす。 雫は肩で息をしていた。「・・・・大丈夫よ。・・・・そ、それより・・・・亜由美さん、後はお願い・・・・ね・・・・!」 「え? ――あっ!」 雫のその一言で、亜由美は彼女が何を行ったのか理解した。 今まで――、南雲家にたち込めていた妖気が消え去っている・・・・! そう、彼女は退魔したのだ。南雲家全域の邪鬼払いを一気にやってのけたのである――! でも、この強引なやり方はまるで・・・・。 周囲の気を探って、亜由美は唾を飲み込む。 大方の予想は付いている。つまり、雫は自分の気をもってして、空気鉄砲のように、南雲家に溜まった陰気を押し出したのである。 しかし! これはまともな人間のやるような方法ではない・・・・! 険しい表情で亜由美は、呼吸を整える雫を盗み見る。 でも・・・・、この『力』は本物だわ・・・・! ともかく、雫の力で、南雲家から陰気は消え失せた。 あとは薗田が南雲家に二度と入れなくするべく、要所要所に退魔術を施していくだけである。亜由美は恭介の部屋に雫と彼の二人を残して、術に取り掛かる事にした。 「雫さん、南雲先輩に貼った護符、まだ剥がさないで下さいよ・・・・!」 そう言い残すと、彼女は術に取り掛かる為に部屋を出た。 |
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