「家庭凶師」         順風高校封鬼委員会シリーズT−A  by上山 環三

 

 こうして、亜由美と雫、二人の活躍により事件は解決された。

 恭介と香代子の衰弱は思ったより激しく、特に香代子の方は雫の家に入院する事となった。

 二人には薗田の記憶がはっきりと残っていなかった。その為に亜由美たちは起こった事をきちんと話し、理解を求める事から始めなければならなかった。

 その次の日――、亜由美は大地を連れ立って、香代子の見舞いに行く事にした。

 今日は期末テストの第一日目で学校は半日で終わりである。テストの出来は想像にお任せする事にして、二人は蝉時雨を聞きながら滝医院までの急な坂道を上がっていた。

 「吸精鬼、か・・・・」

 「はい」

 「そいつ、薗田だったっけ? これで大人しく引くと思うか・・・・?」

 大地は明らかに否定的な反応を求めるように亜由美に視線を送る。

 「それは・・・・、でも、南雲家にはもうちょっかいは出せませんよ!」

 しかし、亜由美の自信は揺らがない。あの時の雫のあとだけに、結構気合いを入れて術をひいたのである。

 「でも、奴の狙いは『家』じゃない。むしろ僕らが護らなければいけないのは南雲とその母親だろう?」

 「・・・・」

 亜由美はしばらく沈黙した後、

 「考えてみます。対処法を――」

 と、答えた。

 さて、滝医院に着いた二人は、受け付けで香代子の病室を訊ねる。

 どうやら、香代子は亜由美が治療を受けたのと同じ部屋にいるらしい。その病室は別格になっているとの事だった。

 「失礼します・・・・」

 そう言ってドアを開けると、病室には既に雫と恭介の二人がいた。

 座っていた恭介が顔を上げ、雫が出迎える。

 「あ、もう来たの・・・・」

 その口調に少しばかりの揶揄を感じるのは気の所為か――。亜由美は

 「自転車でしたから」

 と、笑顔で応える。

 「でも、あの坂きつかったでしょう? 丁度冷たいお茶があるから飲んで」

 「わ、いいんですか?」

 「気にしないで。さっき持ってきたの」

 「じゃあ頂きます」

 雫がお茶を注ぎ始めると、恭介がやってきた。

 「来てくれたんだね。ありがとう」

 「あの、お母さん、大丈夫ですか・・・・?」

 亜由美の言葉に、恭介は母親を振り返って応えた。

 「うん、何とかね。神降さんのお陰だよ」

 「いえ、そんな――雫さんがいてくれたから・・・・」

 「はは・・・・、じゃあ二人にありがとうだなぁ」

 と、恭介は屈託なく笑った。何言ってるのよ、と、雫が恭介の方をチラリと見る。

 「で――」

 そう言って会話に入って来たのは大地だった。

 「話は、どれくらい聞いてますか?」

 彼は亜由美の横に立って、恭介を見据える。

 「君が山川くんだよね? 敬語は必要ないよ」

 恭介は微笑んで「――まぁ、大体、全部かなぁ・・・・」

 と、結んだ。

 「そうか、じゃあ、話は早いよ。今日からここに住んでもらいたいんだけど」

 「え?」

 大地のいきなりの申し出に、恭介は目を丸くした。

 「大地――、何を言い出すのよ!?」

 「ダメなのか? 雫。奴はまた来るぜ。これくらいの事じゃ諦めるような奴じゃないだろ・・・・!」

 「どうしてそんな事が言えるのよ? 第一会った事もないでしょう!?」

 「会った事はないけど、話には聞いてるよ」

 大地は雫に向けていた視線を、少しの間宙にくゆらせ、恭介に定めた。

 「奴は亜由美くんを誘い出して襲ってる」

 それは、恭介も初耳だったようだ。「まさか・・・・」

 彼は問いただすような視線を亜由美に向けた。その為に彼女は

 「でも大丈夫です。雫さんに助けられたんです」

 と、恭介に分かるように肯かねばならなかった。

 そうして――、大地は意気高揚に既に彼の中で決定していた事項を発表する。

 「今日からこの部屋は僕が護る」

 

 

 「でも、何でダメなんだ・・・・!?」

 滝医院からの帰り道、大地は独り愚痴ていた。

 病室の警護を担当するはずだった大地は、雫と恭介の二人から、程度の差はあれ反対され、亜由美と一緒に帰っている。

 「雫はともかく――、南雲まで大丈夫って・・・・、分かってんのか、あいつ」

 と、まぁ、先程からこんな調子である。

 「山川先輩、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。私が守護符か身代わり護符を明日にでも南雲先輩に渡しておきますよ」

 しかし、その判断は甘かったと言わざるをえない。

 解決したと思われた事件は、薗田の再登場によって佳境を迎える・・・・。

 それは、雫からの電話で始まった。

 「何かあったみたいだぞ・・・・!」

 神降 慶一郎は表情を硬くして、受話器を娘に手渡した。

 受話器を受け取るや否や

 「やられたわ!」

 と言う、雫の腹立たしそうな声が亜由美の耳に飛び込んできた。どうしたんですか? と、彼女が聞く間もなく、雫は言葉を吐き出す。

 「私と恭介がちょっと目を離したすきに、おばさんがいなくなったの・・・・!」

 「でも、どこか散歩にでも行ってるんじゃ――」

 今は真夜中である。

 「残念ながらそれはないの。病室のベッドの上に、薗田からの伝言があったから・・・・!」

 「――」

 亜由美は言葉を失って、しばし沈黙した。「私、病室の結界だってちゃんと・・・・!」

 大地の事もあったし、亜由美はあれから香代子のいる病室にも術をひいたのである。

 「ええ、分かってる。――でも、結界は破られてたわ!」

 「そんな・・・・!」

 「いい? とにかく伝言はこう。『女は預かった。返して欲しくば南第二公園へ来い。』――あいつ、私たちと決着をつける気よ」

 雫は語気を荒げる。どうやらまたオーバーヒートしそうな勢いである。いや、今回は恭介の部屋の時より激しい。

 「あの、雫さん――、もう向かうんですか!?」

 亜由美の問い掛けに雫は当然と言わんばかりに答える。

 「当たり前でしょう。大地にももう電話してるし、亜由美さんも早く来て!」

 そう言われても、南第二公園と言えば彼女の家からは随分と距離があった。ともかく

 「わかりました! でも先輩、一人で突っ込んだりしないで下さいっ!」

 と、亜由美はまくし立てると、乱暴に電話を切った。

 慶一郎にことわって、彼女は自転車に飛び乗って家を出る。南第二公園は恭介の家のすぐ近くにある。雫はあぁは言ったが、亜由美たちが着くまで待っていてくれる保証はない。少なくとも、大地が先に着く事を祈りながら、亜由美は必死で自転車をこいだ。

 そして――、薗田に邪鬼払いの術は効かない。入れないはずの南雲家に、彼が現れるのも時間の問題であった。

 一体どう言う事なのだろう。何か、自分の知らない切り札を薗田は持っているとでも言うのか・・・・!?

 と、その時――

 「亜由美くーん」

 後方から大地の声が聞こえてきた。彼は亜由美なりに猛スピードで走る自転車にあっさり追い付いて、横に並ぶと

 「雫から電話があったよ。いよいよだな!」

 と、意気込んだ。こちらはこちらで燃えているらしい。が、亜由美それどころではない。彼女は前を見たままで叫んだ。

 「雫さん、一人で薗田と戦うかもしれないんです! 山川先輩! 先に行って雫さんを援助してあげて下さいっ」

 「――分かったっ、任せとけ!」

 と、大地は亜由美の言葉に応えると、更にスピードを上げて彼女を抜き去っていった。その姿が見る見る小さくなる。

 雫さん、もう少し待ってて!

 その大地の後を追いながら、亜由美は思った。

 

 

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