「家庭凶師」         順風高校封鬼委員会シリーズT−A  by上山 環三

 

 白い電灯の光に照らされた公園に、人影が三つあった。

 闇夜にそこだけが照らされ、戦いのステージを作り上げている。

 「お前――」

 そこで言葉を区切って、人影の一つ――、薗田は、雫を睨み付けた。

 「あの時俺の邪魔をした女だな・・・・? もう一人はどうした!? 怖じ気づいて逃げたかぁ・・・・!」

 彼はその視線の狂暴さを更に増す。「それにしても小賢しい事をしてくれるぜ。あの家に結界をはって、億を追い払おうとするとはなぁ! ――やはりただのガキではなかったわけだ」

 もう一つの人影――、雫は、それに負けずとも劣らない視線を無言のまま送る。そして

 「もういいでしょう。――私がいればそんなもの、どうにでもなるわ・・・・」

 と、薗田の体に寄り添うようにして立っている女が言った。

 「おばさん――!?」

 最後の人影の正体に、雫は目を疑った。

 そう、香代子である。彼女は薗田に抱かれている。予想しなかったわけでもないが、実際にそれを見るのは辛かった。

 「この女は俺の物になる・・・・!」

 薗田は薄笑いを浮かべた。「おまえも俺の物にしてやってもいいぜ」

 「ご遠慮願うわ」

 「へっ、そりゃ、どうも!」

 そう言うや否や、薗田は攻撃に転じてきた。

 アッと言う間に雫との間合いを詰める。右手が蛇の鎌首のように、彼女へ狙いを定める。手刀だ!

 「くっ!」

 雫は辛うじてその第一波を避けた。

 すぐに左手が来る――。

 「あっ!?」

 突然、背後から体を捕まえられて、彼女はもがいた。

 「おとなしくしてなさいよっ」

 いつに間にか、香代子が雫の後ろにいたのだ。その事に全く気が付いていなかった雫は、香代子に簡単に組押さえられてしまった。

 必死で抗いながら、薗田を睨む。来ると思った第二波は来ない。それもそのはずで、最初から彼は本気で攻撃などしてはいなかったのだ。

 そして彼は、雫の目の前に悠然と立ちはだかると――

 「フフフ・・・・。この女は俺のものだと言ったろう」

 と、優越感にあふれた笑みを浮かべて、彼女を見下ろした。

 「・・・・」

 無言の抵抗。こうなってはどうする事もできない・・・・。

 不意に、薗田が雫の顎を持った。彼女は顔を反らそうとしたが、薗田に力ずくで正面に向けられる。

 両腕は完全に香代子に押さえられている。その雫のすぐ目の前に、薗田の顔があった。彼は徐に口を開く。

 「お前・・・・、俺と同類だろう? 波動をビンビン感じるぜ・・・・!」

 薗田の視線が雫の体を蛇のように這い始める。「押え込む事なんかないぜ。もっと素直に自分を出してやればいいのさ」

 雫の顔が歪んだ。薗田の手が雫の体をまさぐり始めたのだ。

 「――!」

 顔を背け、抵抗する雫。

 「我慢するなよ。本当の自分に還えるんだからよ・・・・!」

 耳元で、香代子の声が妖しく響く――。

 「じきに良くなるわよぉ・・・・」

 彼女の息が、耳をくすぐる。「さぁ、雫ちゃん。彼に身も心も捧げていいのよ――」

 雫は歯を食い縛った。その眉根がきつく寄り上がっている。

 その時――!

 「止めろ――っ!!」

三人しかいなかったステージに一台の自転車が突っ込むように乱入してきた。物凄いスピードで、自転車は薗田に向かって滑り込んでくる。

 運転しているのはもちろん大地である!

 薗田が雫から飛び退く。自転車は雫にぶつかる直前に九十度ターンして止まった。砂埃が闇夜に舞い上がる。

 香代子の注意が大地に注がれた瞬間、雫は薄身の力で羽交い締めから両腕を降りほどいた。

 「今度は新顔か?」

 薗田は身構えながら不敵な笑みを浮かべる。相手が男と言う事に気が付いたらしい。

 「お前だけは許さないぜ!」

 自転車を投げ倒して、大地は薗田に向かって吠えた。

 「ふん、何の事だ? 彼女を解放してやろうとしたまでだがっ・・・・!」

 「黙れ! それ以上言うな!!」

 「心配するな、おまえはすぐに殺してやるよっ!」

 一瞬、薗田の鋭い爪がキラリと光った。次の瞬間には、彼は大地に襲いかかっている。

 が、大地もまた地面を蹴っていた。

 二人の距離が一気に縮んだ。

 ――圧縮霊砲拳!

 大地の拳が青い光を放ちながらスパークする。

 「はああぁぁっ!」

 力と力、気と気がぶつかり合う。そして、一方が勢いよく弾き飛ばされた。

 「ぐううっ・・・・!」

 それは薗田である。

 倒れるところを地面に手を付き、辛うじて体制を保つ薗田。その右手はもはや攻撃には使えなくなっていた。

 「お、おのれっ」

 薗田は大地を睨み付けた。と、その瞳が深紅に輝く。

 「っ!?」

 突然、大地の体が自由を失った。「か、金縛りか・・・・!」

 「ふふふ・・・・。油断したな・・・・!」

 「ぐっ・・・・」

 大地はもがいた。

 「無駄だ。死ね――」

 「そうはさせないっ!」

 守護符よ! 悪しき戒めから彼の者を解き放て――!

 「何っ!?」

 薗田はその声の主を貫くような視線で見つめた。と、同時に自転車に乗ったままの亜由美が護符を放つ。

 「亜由美くん、ナイスタイミング!」

 金縛りが解けると、大地は間髪入れず反撃に移る。

 そして、会心の一撃が油断した薗田のボディーに決まった。

 「ぐはっ!」

 ふっ飛ぶ薗田。

 「ば、馬鹿な・・・・! この俺が・・・・っ」

 「とどめだ!」

 大地が追撃する。

 「くっ! ・・・・これまでかっ」

 その瞬間、薗田は跳んでいた。攻撃が空振りになった大地はその背に向かって怒鳴る。

 「待てっ! 薗田ぁ! 逃げる気か――」

 が、それは空しく響いただけだった。そしてもう一度。

 「薗田!」

 パキンッ!

 その声が合図になってか、公園の電灯がいきなり砕け散った。

 「しまった!」

 一瞬にして公園は暗闇に覆われる。

 「くそ・・・・!」

 追撃を渋々諦める。

 「・・・・逃げられたわね」

 と、雫が肩で息をしながら近寄ってきた。

 「ああ・・・・。雫、大丈夫か?」

 大地は彼女を一瞥した。彼の注意はまだ暗闇の方をさまよっていたが。

 「大丈夫よ。ありがとう」

 ベンチには香代子が倒れていた。雫が何とかしたらしい。

 ようやく、大地は肩の力を抜くと、雫にゆっくりと視線を向けた。「遅れて悪かったな」

 「気にしてないわ」

 と、その時、亜由美の甲高い声が暗闇を裂いた。

 「薗田です!」

 その声に、二人は瞬時に先頭体制を取る。そして、薗田の声が響き渡る。

 「――今回のところは退く。しかし、次は俺が勝つ! 必ず帰ってくるから心待ちにしていろ!!」

 「望むところだ!」

 その大地の言葉に、しかし、返事はない。

 「気が消えました・・・・」

 亜由美が呟いた。「もう、公園にはいないと思います・・・・」

 その彼女の肩に手を置いて、雫はいつもに増して柔らかい笑みを浮かべる。

 「みんな、ありがとう」

 「雫さん・・・・」

 亜由美が彼女の顔を見上げる。その視線を雫は笑顔で受け止め――

 「私たちの勝ちよ」

 と、宣言した。

 

 

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