「う、ん・・・・」
「おばさん――、大丈夫ですか?」 「ここは・・・・」 香代子が重そうに瞼を開いた。その口調に、疲労感が溜まっている。 「おばさんの家です」 雫は安心させるよう、ベッドに横たわっている彼女に告げる。 「母さん、もう大丈夫だよ」 恭介の明るい声に、香代子は顔を上げた。 「恭介・・・・、あなたは大丈夫だったの?」 「・・・・うん、何とかね。母さんは雫たちが助けてくれたんだよ」 「そう・・・・、ありがとう」 と、香代子は弱々しいが笑顔を見せる。彼女自身は気付いていないかもしれないが、薗田に狙われていたのは香代子だったのだ。 ――亜由美たちがその事に気が付いたのは、薗田から香代子を救い出した後の事である。吸精鬼である薗田は男――。その事から考えれば、気付いてもいい事ではあった。が、雫と恭介の関係に目を取られ、見過ごしていたのである・・・・。 「もう、薗田は姿を見せる事はないと思います」 と、大地が言う。次に彼が現れる時は封鬼委員会との直接対決になるだろう。 「・・・・よかった・・・・」 香代子の深いため息が、その心情を表している。 その時―― 「おい、いるのかぁ?」 と、聞き慣れない男の声が階下から聞こえてきた。 「あ、あなた・・・・!」 「父さん・・・・!」 南雲母子が顔を見合わせる。すぐに階段を上ってくる足音がして 「香代子――、いるんじゃないか! お前、何があったんだ・・・・?」 と、南雲 恭平は姿を現した。 「あなた、どうして――」 「どうしてって、お前、それは俺のセリフだろ!?」 恭介は苛立ちを押さえた口調で香代子に言う。「電話がつながらないから、心配になって帰ってきたんじゃないか・・・・!」 「ごめんなさい、あなた」 「大丈夫なのか? 顔色悪いぞ」 「えぇ・・・・」 「父さん、ごめん。話せば長くなるんだけど・・・・」 恭介が間に入る。彼は視線で雫たちの存在を訴えて 「後で詳しい話はするから――、ね」 と、手を合わす。 「・・・・そうか・・・・仕方ないな・・・・」 恭平はあごを擦って頷く。「しかし、何がどうなってるんだ・・・・?」 彼はぶつぶつ言いながらも今上がってきた階段を降りていく。 「雫・・・・、父さんには何て言ったらいいと思う?」 父親がいなくなると、困った表情で恭介は雫に訊ねる。 「・・・・夏風邪かなんかで倒れたって事にすれば? パパにいって診断書書いてもらってもいいわよ」 「サンキュー! 雫」
階下に降りた恭平は、居間で見知らぬ少女と鉢合わせする。 「ん? 君は恭介の友達かな?」 「あ、こんばんは。お邪魔してます――」 亜由美はそつなく挨拶を交わしながら、彼女はある紙切れを手の中で丸める。 「風邪薬・・・・、どこにあるか知りませんか?」 「薬? 香代子の奴は風邪で寝込んでるのか?」 「え、えぇ、まぁ・・・・」 困った奴だ、と言う恭平の表情に、亜由美は苦笑いする。 「それならこいつだ」 恭平は戸棚を開けると、茶色い小瓶を取り出した。 「あ、すいません」 それを受け取ると、亜由美はそそくさと居間を後にする。素早く拳の中の小さくなった紙切れをポケットに流し込んで、彼女は階段を駆け登った。 「やっぱりありました」 雫たちのいる部屋に入るや否や、亜由美はそう言って、クシャクシャになったポケットの紙切れを取り出した。 「これですよ――」 突き出すようにして、それ――、家庭教師の契約書を全員の目の前に広げる。 契約書からは呪術的なものを感じる。恐らく、身代わり護符の一種だろう。 つまりこの契約書は薗田の分身であり、彼にとっては契約書の持ち主は自らが餌になりますと、札を付けているようなものなのだ。そして、この契約書を南雲家にあらかじめ置いておく事で、彼は邪鬼払いの術を内側から無効にしたのである。 「じゃあ、破棄します」 亜由美はそう言って、その契約書に念を送る。と、同時に紙面の中心部から勢いよく炎が燃え上がった。 「・・・・心配いりません。――これで、この契約書はもう何の意味も持ちません」 契約書はしばらく亜由美の手の中で燃えると、すぐに黒い灰になってしまった。それを、彼女はごみ箱に捨てる。 こうして――、薗田の企みは完全に打ち砕かれた。 その中でただ一人、単身赴任からわざわざ帰ってきた恭平だけが、不可解な表情をしていた・・・・。 |
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