「家庭凶師」         順風高校封鬼委員会シリーズT−A  by上山 環三

 

 滝 雫は大地と同じく、封鬼委員会の二年生である。

 しかし、亜由美が委員会に入ってから何回かの定期会議があったが、雫は一度も現われた事がなかった。何も言及しない先輩に、亜由美もその事を訊ねるきっかけを作れずにいた。

 「あの、始めまして」

 気を取り直す。「一年の神降 亜由美です」

 「あなたが神降さんなの。大地から話は聞いてるわ。遅くなったけれどヨロシクね」

 そう言って雫は手を差し出した。亜由美は右手を出しかけて、彼女が左手を出しているのに気が付くと、慌てて左手を出してその手を握る。

 それにしても・・・・。

 亜由美はさっきまでとは教室の雰囲気がガラリと変わっている事に気が付いている。教室に入った直前の、あの――、床にヘドロのようにどっぷりと溜まったような陰気は、雫の浮かべた笑みの前に掻き消えてしまった。

 それはどこか、雫の雰囲気がそのまま滲み出たような気がしないでもなかったが、今目の前にいる彼女からは別段おかしな点は感じられない。

 亜由美は、妖気の類ならばかなりの感度で感じる事ができる。もちろん、皆が皆、気を曝け出しているわけでもないが、普段から隠し慣れているか、余程旨く隠すかしない限りそれは分かる者には分かってしまうものでもあった。

 こうして――、担当教師の都合で補習がなくなって久々に姿を見せた麗子と寺小屋も含めて、初めて封鬼委員全員がそろう事となったのである。

 「今日は校内の結界、封印の定期点検の報告をしてもらうわよ」

 とりあえず麗子のその一声で会議は始まった。

 それぞれ自分の持ち場に異常がない事を報告する。この様子だと当分は何も起きそうにないなぁと、亜由美は思う。

 二ヵ月前に起きた事件(『開かれた開かずの間』参照)は、悲しい事件だった。しかし、平和な今日この頃に感謝しつつも、心のどこかで事件を期待している彼女ではあった。

 「亜由美ちゃん」

 あってなきが如しの議題も消化し、ふと、麗子が亜由美に声をかけた。彼女は雫に視線を向けて、こう続ける。

 「雫は退魔術の使い手なの。あんまり顔を見せれないんだけど仲良くやってね」

 退魔術とは要するにお祓いの事である。憑依した霊を落とす術の事だ。大地の破魔拳、麗子の封魔術同様、封鬼委員会の仕事に欠かせない術である。

 麗子の言葉を受けて、亜由美も改めて雫を見つめる。

 「すごいですね、退魔術が使えるなんて・・・・」

 「――そんな事ないわよ。私が使うのは初歩の、簡単な術ばかりだから」

 雫が苦笑する。

 一体、大地や雫は誰から術を教わるのだろう? まさか独学とでも言うのだろうか・・・・? 一度、聞いてみよう、と、亜由美は内心思っている。

 「神降さんも知ってるんじゃないかしら?」

 「おいおい、学年トップが何をおっしゃいますやら・・・・」

 大地が皮肉ではなく軽口を叩いた。「その成績を三分の一でも分けて欲しいくらいだよ」

 「それは自分で少しでも勉強してから言ってよね」

 その言葉に大地は、確かに――、と、納得して頷いた。

 「――あの、麗子先輩、今日はもういいですか?」

 と、今度は雫が麗子に訊ねる。亜由美は、彼女から自分の事を聞かれるのではないかとも思っていたのだが、あいにく、彼女は教室を去ろうとしているようだった。

 「そうね。それじゃあ、今日はこれまで」

 麗子はそう言うと

 「お疲れ様」

 と、久々のフルメンバーによる定期会議を終わらせた。

 いつもは一番に教室を出ていく大地を抜いて(彼と亜由美の二人しかいないのでは? と言う説もあるが)、あたふたと飛び出て行った雫の後ろ姿が、亜由美には妙に新鮮だった・・・・。

 

 

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