「家庭凶師」         順風高校封鬼委員会シリーズT−A  by上山 環三

 

 教室に忘れ物を取りに戻っていた為に学校を出るのが遅れたのだが、まさかあんな雫に会うとは思ってもみなかった。

 亜由美はもう一度シューズロッカーの彼女を思い出す。

 正直言って、定期会議の時の雫は、かなり素っ気なかった。封鬼委員会に馴染みきれていないようにも見えた。

 雫は、かなり裏表の激しい性格なのであろう。当の亜由美の方が委員会の雰囲気になじんできた頃だったから、彼女の態度に少なからず不安を感じていたのだ――。

 しかし、シューズロッカーでの雫は、会議の時とはまるで違っていた。――自然体で、こっちの彼女の方が本当の姿なんだと、その時は思った。

 照れてる雫・・・・さん、かわいかったな。

 思い出すと顔がひとりでにほころぶ。雫は幸せ以外の何物でもなかった。

 が、しかし、シューズロッカーの彼女を見ているからこそ、亜由美は思う。

 初対面の時の、あの教室のたじろぐような陰気は何だったのだろう・・・・。

 その時

 「――!」

 不意に、得体の知れない『気』を感じて、亜由美は立ち止まった。 

 これは、何・・・・!?

 それは、隠そうとしているが、どうしても出てしまうのか妙に押し殺した鋭い感じになっている。

 ただの気ではない。それは・・・・、微かに亜由美がよく知っている気も漂わせていた。

 その気――、妖気の発信源は既に分かっていた。

 今、すれ違った男・・・・! 

 亜由美は振り返る。その視線の先の男から、それは感じられた。

 ――何者だろうか?

 見過ごすには、間近でその気を捕らえ過ぎていた。もちろん、妖気が全て亜由美の気を引くと言うわけではない。その男からは妖気に混じって、どす黒い悪意も感じられたのである・・・・!

 ともかく、亜由美はすぐに尾行する事を決めた。人を何人か挟んで、後を付ける。幸い、男は車道添いを真っすぐに歩いているので見失う心配はない。

 尾行を始めて十分、男はある家を訪ねた。完全に男が家の中に入るのを見届けて、亜由美はその家の表札を調べる為に物陰から出る。

 女性が出迎えていたが、あの男の自宅ではなさそうだった。

 その表札には大きく、『南雲 恭平』と書かれていた。

 「南雲・・・・?」

 聞いたばかりの名字を見付けて、亜由美は戸惑った。その横には香代子と書かれており、続けて恭介と言う名もある。

 「・・・・」

 あの、南雲 恭介の家に違いない・・・・。

 ――男はただ者じゃなかった。

 彼女は思う。

 この家で何をしているのだろう? 

 亜由美の脳裏に先程の雫の顔が浮かんだ。

 雫さんは、知っているのだろうか・・・・?

 亜由美はその場で、いろいろと考えてみたが、今の段階では何も分からなかった。結局四、五分も、思案していただろうか、彼女の視野の端に、記憶のある顔が現れた。

 南雲 恭介だ――!

 驚いた亜由美は急いで電柱の陰に隠れる。彼女は無意識に雫の事を気にしていた。いつもの亜由美なら、あの男の事を今すぐにでも恭介に尋ねている。

 調子よく帰ってきている恭介に、何も変わった様子はない。

 恭介はそのまま、家の中へ入って行ってしまった。それがあまりにいつもと同じようだったので(普段の恭介を知っているわけではないが)、亜由美は今までの事が夢ではなかったかと疑ったくらいだ。

 亜由美は考え込まざるをえなかった。

 南雲家からは特に何も感じられない。

 ――思い過しだったのだろうか? まさか、あんまり封鬼委員会が暇なものだから、事件を求めて神経が過剰に敏感になってるのかも・・・・。

 しかし、そんなわけがない事はよく分かっているつもりだ。そして、これ以上はまだ何もできない事も・・・・。

 肩の力を抜くと南雲家をもう一度見上げて、亜由美はそこから離れる事にした。

 その時――、亜由美がまだ行動を起こす気であれば、カーテンのかかった二階の窓から、外の様子を伺っていた者が素早く消えたのに、気が付いたはずだった。

 

 薗田 俊雄は南雲家に向かう途中から、自分の後を付けてくる人物がいる事に気が付いていた。

 南雲家の二階の窓から、外の様子を伺っていた薗田は、それが女子高校生である事も知った。

 彼女が慌てて電柱に隠れたと思うと恭介が帰ってきと言う事は、たぶん恭介の知り合いか何かだろう。しかし、あの驚きようでは、自分と恭介との関わりまでは知らなかったと見える。

 しかし、何故自分の後を・・・・?

 手を打つ必要がある。薗田はすぐに決心した。彼女は、薗田のいる二階を何気なく見上げると、諦めたのかいなくなった。

 薗田のいる部屋は恭介の部屋であった。

 そうこうしているうちに恭介が軽快に階段を上がってくる。

 「あ、先生、お待たせしました」

 恭介は頭をちょこっと下げて、母親が薗田に出していたクッキーを一枚、口の中に放りこんだ。

 薗田のこの家における評価は、恭介の成績に比例して上がってきていた。

 「よし、さっそく始めるか」

 薗田は恭介がクッキーをモシャモシャと食べ終わるのを待って言う。

 「――ふぁい」

 二枚目を口にした恭介が机の椅子についた。

 「今日は英語からだ」

 しばらくはこの家にやっかいになるつもりだった。不安要素は極力排除しなければならない。

薗田は教え子の横顔を見ながら冷たい笑いを浮かべた。

 

 

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