順風高校封鬼委員会 T−B
「ホルマリン漬けの復讐」
職員室の前で、亜由美は妙子と対面した。
会うなり妙子は 「急に呼び出したりしてごめんなさい」 と、頭を下げた。そして頭を上げると、彼女はこう言った。 「それから、私の話を信じてくれてありがとう」 亜由美は笑みを浮かべると小さく頷いてそれに応えた。 「気にしないで。――それよりその悪霊はどこに?」 「体育館の裏。・・・・クロノの小屋がそこにあるの。その中に『あいつ』はいるわ」 妙子は毒々しげに言い 「侮しいけど私たちじゃどうする事もできなかった・・・・! それで、クロノがあなたの事を知っていて私――」 と、唇を噛む。 「――お願い! 絶対に『あいつ』をやっつけて欲しいの! あなたにはそれができるんでしょう!?」 「え、――えぇ。任しておいて」 妙子の剣幕に思わずそう答えて、亜由美は大地たちに連絡してこなかった事を少し後悔した。しかし、その返事を聞いて、妙子の行動は素早かった。 「じゃあ、案内するわ。ついて来て」 と、妙子は駆け出した。 校舎を抜け、廊下を横切って、体育館の裏へと向かう。 その体育館の裏には、今では使う者もいない錆びた鉄筋の階段がある。その階段の下に、目的の犬小屋はあった。 体育館の裏の、ちょうど犬小屋から死角になっている所で妙子は足を止めた。そして、彼女は飼い犬の名をそっと呼んだ。 「クロノー!」 すると、今まで小屋の入り口を塞ぐようにして座っていた、犬の霊が妙子の足元にスウッと飛んで来た。 ――スゴイ! 妙子の足元に擦り寄るクロノを見て、亜由美は素直に感嘆した。が、亜由美の視線はすぐに犬小屋へと向けられる事となった。何かが動く物音がした。 「神降さん、『あいつ』が出てきます!」 その声で、亜由美は気持ちを切り替えた。 小屋の入り口を凝視する。 ――妖気は感じられないが、何かがいる気配はする。 ゴトゴトと言う、硬い物がぶつかる音がした。 出てくる――! 亜由美の気構えとは裏腹に、それはのっそりと出てきた。 まさしく、猫の解剖標本が犬小屋から姿を現したのである。 「――妙子さんとクロノはこの結界の中にいて。出てきちゃ駄目よ」 妙子とクロノの為に、亜由美は七枚の護符で守護結界を作った。 「ワン!」 が、クロノはそう吠えると、結界の外へ飛び出てきた。そして亜由美の足元へ飛んでくると 「ワォン」 と一声鳴いた。どうやら、亜由美に加勢してくれるらしい。 その声に、ようし、いっちょやるか! と、亜由美も気合いを入れて、宿鬼の前に立ちはだかった。 「悪いけど今日は守護符じゃないのよ・・・・!」 薄い朱色の護符を亜由美は取り出し、それに念を込める。 「――目前の邪鬼を打ち減ぼしたまえ! 妖斬符!」 そう言うなり彼女は護符を放った。標本目掛けてそれは一直線に飛来していく。 「行っけえ!!」 妖斬符は標本に命中すると炸裂する! それはガラスビンごと、標本を打ち砕くはずだった。が、しかし――、標本どころか、そのビンにさえ傷一つ付いていない。 「――嘘っ・・・・」 亜由美は目を疑った。そんなはずはない。妖斬符が通じないとなると、アレはただのガラスビンではないと言う事なのか・・・・!? 「ヴーッ」 その時、ビンの縁に上半身を乗り出して猫はうなった。 「はっ!」 ブン――!と、音がして、空気の亀裂が亜由美のすぐ横を吹き抜ける。 「なっ!?」 足元の地面がえぐれていた。――真空波!? 「グルルルルー!」 その声で、土煙が舞い上がった。亜由美はとっさに結界を張る。シビアなタイミングだった。結界ができるかできないかの瀬戸際に、強い衝撃が彼女を――、結界を襲った。 「――っ!!」 宿鬼の放った真空波の方が結界に勝った。悲鳴と共に亜由美の体は吹き飛ばされると、そのまま地面に落ちる。 形勢逆転だった。 「神降さんっ!」 妙子の悲痛な声が響く。亜由美はよろよろと顔を上げた。 ・・・・あ、あのビンをどうにかしないと! 起き上がった亜由美は手持ちの護符を計算しながら、作戦を練る。 したたかに打った全身からは、ともすると力が抜けていく。もちろん、その間も真空波は休む間もなく亜由美に襲いかかっている。体のあちこちが切り裂かれた。 亜由美は守護符で応戦するが、どう見ても彼女の方が劣勢だった。 ビンに守られている限り宿鬼には半端な攻撃は通用しない。 焦る亜由美は、何か自分に有利なモノはないかと、目だけで周囲の様子を探る。 いつの間にかクロノの姿は消えていた。 ――逃げたの、あの犬!? そして、亜由美はじりじりと追い詰められていった・・・・。
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