順風高校封鬼委員会 T−B

 「ホルマリン漬けの復讐」

 

 最初、その声を聞いたのは雫だった。

 「ねえ、犬の鳴き声がしない?」

 その問いに、大地も耳を澄ます。

 「――本当だ!」

 「微かな妖気も感じるわ・・・・! こっちよ」

 雫は早足で歩き始めた。彼女が感じているのはクロノの気である。

 「あ、あそこ! 犬の霊がいます」

 今度は戸田が声を上げた。彼の指差す先に、犬の――もちろんクロノである――霊が座っていた。

 「何なんでしょうか・・・・」

 「こっちへ来いって言ってるみたい」

 「行ってみよう。何か教えてくれようとしてるのかもしれない!」

 大地が前に進み出ると

 「待って下さい。罠かもしれない」

 と、それを戸田が止めた。

 「様子を見るべきです」

 しかし、大地はもう待ってはいられなかった。今まで散々待ってきたのである。

 今回の事件の犯人が見つかるのを――!

 「いや、行こう。・・・・それにさっきから嫌な予感がするんだ!」

 大地は有無を言わせない口調で言った。

 「戸田先生、私も行きます」

 雫も大地に賛同した。

 「・・・・分かりました。そう言うのでしたら行きましょう」

 戸田はため息をついて、二人の後を追う。

 クロノは三人が向かってくるのを確認するとくるりと向きを変え、振り向いた。

 「ワン!」

 どうやら急かしているらしい。

 走ろう! と言う、大地の一声で三人は走りだした。

 クロノは体育館に向かっているようだった。

 「一体、何があるって言うの!?」

 「あいつに聞いてくれっ」

 体育館の側を通り抜けて三人はその裏側に回った。クロノが、吠えながら駆け出して行く。

 これはただ事ではなさそうだ。が――、その先にある光景を見て、大地と雫は思わず息を呑んだ。

 そして二人は同時に叫んだ。

 「亜由美くん!!」

 「亜由美さん!?」

 その二人の声が聞こえたのか、顔を上げる亜由美が見えた。 

 ――先に猛然と駆け出していたのは大地だった。

 「はああぁぁぁっ!」

 大地の拳が唸りを上げて標本を狙う。

 突然の助っ人に標本が慌てた。その標本を大地の拳が捕らえた。

 「斬魔減殺っ――つ!」

 怒りの破魔拳が標本にインパクトする。

 そのまま標本は地面に叩きつけられた。

 「やったか!?」

 戸田が駆け付ける。標本のビンが粉々に砕け散った。 

 止めを刺さずに、大地はすぐさま亜由美のもとへ急いだ。

 「亜由美さん!」

 雫が亜由美に肩を貸して抱き起こしていた。――何とか無事のようだ。

 「せ、先輩、来てくれたんだ・・・・」

 「喋らないで。――出血がひどいわ。意識があるのが不思議なくらいよ」

 とりあえず安全な所へ移らなければ・・・・。

 「雫、亜由美くんを頼む」

 その時、クロノの吃り声が聞こえた。

 「油断しないで、まだあいつは生きてます!」

 妙子が叫んで、大地は標本と向き直った。しかし

 「シヤアアーッ!!」

 一瞬で数メートル跳躍した猫は、頭上から大地目掛けて真空波を放った。それは絶対の攻撃。

 「っ!?」

 大地は天を仰いだ。

 「せっ、先輩――!」

 亜由美は雫の制止を振り切って飛び出した。

 「避けて・・・・っ!!」

 「亜由美さん!」

 雫がその反動でよろけながら声を上げた。彼女の伸ばした手はわずかに亜由美に届かない。

 大地まで、ニメートルもない。

 届いて――! 亜由美は必死で跳んだ。

 お願い・・・・!!

 両手を千切れそうな程に伸ばして、亜由美は願った。

 その時――、誰かの怒鳴り声がして、亜由美の手は空を切り、彼女は絶叫した。

 「嫌ああぁぁ――!!」

 亜由美の体が地面に打ち付けられたのと、目の前の、その体が千切れ飛んだのとは同時だった。彼女は腹部を強打して、呼吸困難に陥る。

 「――っ!」

 それでも亜由美は喉を振り絞った。

 地面にはバラバラになった体が散在している。

 「と、戸田先生!」

 雫の金切り声が聞こえた。

 「くそおおっ――!」

 大地の怒鳴り声も聞こえた。

 「許さねぇ!」

 え・・・・? 亜由美は自分の耳を疑って顔を上げた。

 「せ、先輩・・・・!?」

 大地は無事だった。

 「うるあぁぁぁ!!」

 その大地の左のアッパーが風を切って猫をなぎ倒す。猫は回転しながら

 「フギャァ」

 と、隕石のように墜ちた。

 せ、先輩が無事なら、この死体は・・・・!

 「と、戸田先生――」

 バラバラになった戸田 吾郎がそこに転がっていた。

 「僕をかばって、戸田先生は・・・・!」

 大地は声を詰まらせた。

 ・・・・戸田先生・・・・!? でも、先輩は無事・・・・。

 「あ、亜由美くん!?」

 戸田には悪いが、それが亜由美の本心だった。安心したとたん、多量の出血もあいまって、彼女の意識は途絶えた。

 

【小説広場】 【T O P】 【B A C K】 【N E X T】