順風高校封鬼委員会 T−B

 「ホルマリン漬けの復讐」

 

 その墓地では戸田の言う通り戦いが始まっていた。

 「へっ、今度は肉弾戦かよ!」

 大地は相手を見上げた。「上等だ!」

 宿鬼の腕が大地を目掛けて降り下ろされる。彼はそれを受け止める。衝撃に、彼の足が地面にめり込んだ。

 宿鬼は巨大化していた。――頭部はあの標本の猫だが、他の部分は墓地に埋葬されていた動物が融合している!

 「ゾンビ野郎が――、これでも食らえっ!!」

 懐に入りこんでのアッパー。

 宿鬼の全身を構成している肉の間からはあちこちから鳥の羽やコウモリの翼、ネズミの毛等々が見える。腐りかけた肉から突き出た骨、その間を白い幼虫が這いまわっていた。

 宿鬼が動く度にそれらがボロボロと剥がれ落ちるのだ。 

 そして強烈な悪臭・・・・。

 「うっ!?」

 大地の反撃はその肉に吸い込まれた。――拳の周りに肉が集まってきて、彼の腕は万力のように強力な力で引き込まれる。

 しまった・・・・!

 焦って、片方の腕も宿鬼につけたのがいけなかった。グブグブと音をたてながら両腕が沈んでいく。

 「く、くそおっ!」

 このままでは大地の全身が宿鬼の体に取り込まれるのも時間の問題だった。

 「ワゥッ!」

 クロノが宿鬼の足に噛み付くも、逆に蹴り飛ばされてしまう。

 「これ・・・・で、どうだ――!」

 大地はめり込んだ拳の中で気を爆発させようとした。 

 「ギャハアァァーッ!」

 そうはさせまいと、その大地の体を宿鬼は抱え込んだ。さば折りのような体勢になって彼の体が宿鬼の肉に食われていく。

 「う、・・・・ぐっ!」

 「あぁっ、大地さん!」

 妙子がうろたえる。が、彼女にはどうする事もできない。

 「クロノ、何とかしてえっ!」

 「き、君は逃げろ! 逃げ・・・・」

 小動物の骨が大地の体に突き刺さる。

 大地は激痛に顔を歪めた。

 その時――、高速で飛んで来た護符が宿鬼に貼りついた。

 「妖斬符っ!」

 護符が炸裂する。

 「み、神降さんっ!」

 「ギャアアッ」

 妖斬符の直撃で宿鬼の体が崩れた。肉が弾け飛ぶ。

 「・・・・サッハラ・キャ・ウン!」

 同時に雫の詠唱が完了し

 「……鬼の力削ぎ落とし給え!」

 彼女の退魔術が宿鬼を捕らえる。

 「グググゥ・・・・ッ」

 しかし、全身の崩壊が始まっても、恐るべき執念で宿鬼は亜由美たちに襲いかかろうとした。

 宿鬼は崩れる肉塊ごと大地を放り投げる。しかし、雪崩のように崩れ去る己れの肉体をもはや制御不能と判断すると、宿鬼は本体である猫だけになって逃げようとした。 

 しかし――

 「ワンッ!」

 それも素早く回り込んだクロノが阻む。

 その間に、亜由美は大地の救出に向かっていた。

 「山川先輩!」

 と、ドロドロの肉塊の中から大地を引きずり出す。

 「・・・・サンキュ、亜由美くん・・・・」

 大地は血だらけの右手を伸ばして、妙子の持っている小さな包みを指差した。「これを・・・・」 

 「何ですか!?」

 亜由美は聞く。

 「またたびだ・・・・! それをあいつにお見舞いしてやってくれ!」

 ――またたび! 

 その植物の実の効用は、今更説明するまでもなかろう。

 「分かりました! 先輩、見てて下さい」

 亜由美は大きく頷いた。

 「・・・・頼むぜ、亜由美くん! 必ず、あいつを倒すんだ・・・・!」

 二人は視線を交わす。

 「あとは任した・・・・!」

 大地が亜由美の肩に手を置いて言うと

 「はい!」

 と、彼女は返事をして、憤然と立ち上がった。

 妙子からまたたびの漬物を受け取る。箱を開け、亜由美は袋を取り出した。

 宿鬼は雫と戸田の二人と向かい合っていた。逃げ道を塞がれて宿鬼は荒れ狂っている。

 「――くっ」

 雫は防戦一方。戸田も為す術がない。

 「雫さん!」

 亜由美は雫に向かって救援の護符を送った。

 「これを使って下さい!」

 しかし――

 ――えっ・・・・?

 放たれた護符を右手で受けようとして、雫はその手を引っ込めた。

 どうして――!?

 亜由美は思いもよらない彼女の行動に唖然とする。

 ――護符に触れるのを雫は拒否したのだろうか?

 「ご、ごめんなさい」

 うろたえた雫が謝ったその時

 「危ないっ!」

 宿鬼が油断した彼女に向かって真空波を放った。

 「雫さん――」

 亜由美が声を上げた。十文字の亀裂は容赦なく雫に迫る。

 戸田も間に合わない! 避けられないと悟った雫は、逆に頭を低く下げ両腕を交差して盾のように構えた。

 次の瞬間、空気の弾ける音がして、土煙が舞い上がった。 

 「雫さ――んっ!!」

 その亜由美の悲鳴とは反対に、宿鬼は歓声を上げた。

 憎き奴らへの復讐はまだまだ始まったばかりなのだ・・・・!

 亜由美は立ち込める土煙の中に入った。

 「返事をして下さい!」

 地面には真空波が直撃したと思われる亀裂が残っていた。そして少しずつ晴れていく土煙の中から、ゆらりと人影が立ち上がった。――雫だ。

 彼女は声を上げた。

 「私は大丈夫よ! それより、宿鬼を倒すなら今しかないわっ!!」

 その声はいつもの調子だった。亜由美はほっと息をつき

 「――はい!」

 と、力強く返事を返した。そして彼女はまたたびが入った袋に護符を貼りつけて、念を込めた。

 亜由美は宿鬼の前にその目を引くように飛び出る。

 「宿鬼!」

 目の前に現れた亜由美の声に、宿鬼は反応した。

 「――ギャウッ!!」

 亜由美はその宿鬼目掛けて、護符を貼った袋を力いっぱいに投げつけた。そして宿鬼の顔面で、漬物が入った袋は爆発する。

 亜由美の攻撃はまだ続く。

 「守護符散開!」

 宿鬼を中心に七枚の護符が輪を創る。

 「妖縛陣っ」

 またたびの漬物を全身に浴びて、宿鬼は結界の中に閉じ込められた。そして、その効果は数分と経たないうちに表れる。 

 「ニャ・・・・? ・・・・!?」

 結界の中で猫がふらつき始めた。――そして、そのまま地面に落ちて、宿鬼はもがき始める。

 依り代の猫の標本から、宿鬼が分離しようとしているのだ。

 亜由美はすかさず猫の周囲に護符を置き、今度は封魔陣を描いていく。

 「・・・・悪霊退散。封魔捕縛・・・・!」

 そして、完成された陣はまばゆい光を放ちながら、結界ごと宿鬼を摘らえる。

 「地獄にお帰り!」

 ――光は宿鬼を摘らえたまま収束していき、そうして消え去った・・・・。

 後にはもぬけの殻となった猫の標本だけが残っていた。

 「封魔陣閉鎖――。守護符回収・・・・!」

 こうして、過去から続いた長い戦いは封鬼委員会の勝利によって再びその幕を閉じたのであった。

 

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