順風高校封鬼委員会 T−B

 「ホルマリン漬けの復讐」

 

 「今週から加賀先生の代わりにしばらく化学の授業を受け持つ事になった、戸田 吾郎です」

 水曜日の三時限日に、突然その講師は亜由美のクラスへやってきた。

 亜由美たちが化学教諭の加賀がハネムーンの延長中であると言う事を知ったのは、その戸田の口からであったが、しかし、その事実にクラス中が騒然となった。第一、加賀 美智子はまだかなり若かったし、常時白衣の彼女は化学一筋に生きてきたと言うか――、世の中の『理』全てを化学反応で片付けてしまうような、そんな人物だったのである。

 まだ大学出たてで若いうえに、眼鏡の美人教師とあって、男子生徒に絶大な人気はあったが――、授業に関して言えば、その進行についてまだまだ改良の余地があった。

 ともかく、加賀の結婚――しかもハネムーンから帰って来ない! ――と言う衝撃の事実に、鬼の霍乱はまだしも、化学反応ではなく恋愛反応の勝利だ(?)などと言った馬鹿らしいコメントが事情通の間で交わされたのであった・・・・。

 さて、背広をビシッと着こなした戸田は、何だか頼りなさそうな外見とは反対に、はきはきとした口調で挨拶をした。

 「えー、そう言うわけで本当は生物専攻なんですが、化学を教える事になります」

 そして彼は、その目鼻立ちのはっきりとしたどことなくマネキン人形のような顔で、ぎこちない笑顔を作った。

 「今日からよろしくお願いします」

 ――反対に、生徒たちはこいつで大丈夫なのか!? と、授業の存続を危倶したに違いない。

 戸田の笑顔はそんな(?)笑顔だった。

 そのまま、化学の授業は始められた。しかし、意外にもその授業は順調に、何の滞りもなく進んでしまった。

 その上、いつもよりよく分かったような気さえする!

 それは冗談の一つも出ない、静かな授業ではあったが、その分、今日のこの授業に賭けていると言う、戸田の想いが感じられるいい授業であった・・・・。

 「起立」

 学級委員の芦田 智樹が号令をかけ、皆キツネにつままれたような表情で立ち上がった。化学の授業の後にある、あのわけの分からない物と格闘したと言う疲労感がまるでない。チャイムが鳴って授業が終わる頃にはクラス全員が、戸田 吾郎と言う講師に呑まれてしまっていたのである。

――そして、この時はまだ、亜由美も戸田をただの講師と思っていたのだった。

 

【小説広場】 【T O P】 【B A C K】 【N E X T】