順風高校封鬼委員会 T−B

 「ホルマリン漬けの復讐」

 

 さて――、話は突然の来訪者に新たな展開を見せそうな教室から、その教室を飛び出して行った亜由美へと戻る。

 今、彼女は自分の教室の前にいた。無意識のうちにそこに来てしまったらしい。亜由美は誰もいない事を祈りながら、そっと教室の中を覗く。

 「亜由美――?」

 しかし、教室の中には先客がいた。桐咲 遥が一人で残っていたのである。彼女は亜由美の気配に振り返って言う。

 「遥、まだ残ってたんだ?」

 「え、うん。・・・・亜由美、どうしたの?」

 「な、何でもないけど」

 亜由美はぶっきらぼうに答えた。

 と、遥は読んでいたぶ厚い雑誌を片付けると、前の席の椅子を自分の席に向け――、亜由美に向かっておもむろに口を開いた。

 「・・・・ね、亜由美。ここ座らない?」

 笑顔の遥は手招きする。

 「え? い、いいよ――」

 「いいから座って」

 なおも遥は言う。

 「ほら――」

 そうして、亜由美はしぶしぶ椅子に座る。彼女は教室を覗いた事を後悔し始めていた。

 遥はそんな亜由美の心境を知ってか知らいでか

 「目を反らさない」

 と、彼女に釘をさす。そして

 「何があったのか知らないけど、亜由美らしくないよ。私の知ってる亜由美はそんなんじゃないわ」

 と、遠慮せずにずばりと言い切った。これは以前の遥からは想像も突かない事である。

 しかし、思いもよらない遥の言葉に、亜由美の顔がみるみる崩れた。

 「泣きたい時は泣こうよ。我慢してちゃ心に毒だよ」

 遥は続ける。

 「自分の中だけで解決するのもいいけど、時々はいろんな溜まった物を吐き出さないと、亜由美が壊れちゃうよ」

 遥のその言葉は、乾いた亜由美の胸に響く。そして、彼女は感情を岬さえきれなくなって机に突っ伏す。

 「・・・・わ、分かんないの」

 「分からない・・・・?」

 遥の間い掛けに、亜由美はしばらく考えて答えた。

 「・・・・自分の気持ちが・・・・」

 「どう言う事?」 「ねえ遥、分かんないの・・・・。どうしてこんなに・・・・」

 亜由美は顔を上げる。

 「・・・・こんなに、何・・・・?」

 「こんなに――切ないの・・・・!?」

 「え?」

 「私・・・・いつもと同じだよ。朝起きて、学校来て、みんなと話して、家に帰って、京子と電話で話して・・・・! いつもといっしょなのにどうしてなの? どうしてこんなに苦しいの?」

 「亜由美――」

 遥はそこで言葉を切る。

 「――何、遥?」

 「好きな人、できたんだ」

 「まさか」

 亜由美は即答する。しかし、遥は首を振ってそれを否定する。

 「隠さなくったっていいよ。私には分かるんだから」

 「そ、そんな、違うよ! そんなんじゃないのっ」

 亜由美は慌てた。――その一方で、そうかもしれないと思っている自分もいた。

 「私も経験あるんだ。中学の時、ご飯も喉通らなくなってね・・・・。でも私、その頃いじめられてたから、告白しちゃうと、その子にも迷惑かけたのよ」

 遥は苦笑してみせた。そして、亜由美はつい聞いてしまう。

 「そ、それで、どうしたの?」

 「――がんばって、忘れた」

 そう言って、遥はにっこりと笑った。

 「え――!?」

 亜由美は絶句した。

 「そんな・・・・」

 その様子を見て、遥はまた続ける。

 「亜由美は、男の子好きになった事ある?」

 「・・・・あるよ、私だって」

 亜由美は答えた。しかし、熱のこもった口調で遥は言う。 「本当に、だよ。心の底から好きになるんだよ!?」

 そして、その言葉に答える程の自信は亜由美にはない。

 「だから、私の経験から言うと、今初めて、亜由美はホントの恋をしてる――!」

 「そ、そんな大きな声出さなくったって・・・・!」

 「ううん、亜由美がその事を認めるまでは何度でも言うんだから」

遥は息を吸うと大声で言う。

 「――亜由美はぁ・・・・」

 「わーっ! 遥!」

 亜由美は乗り出して遥の口を塞ぐ。

 「きゃっ! わ、分かったから――! もう言わないから止めて亜由美っ」

 「ご、ごめん」

 亜由美は席に着いた。遥は一息つくと、しみじみと言った。

 「・・・・そっかあ、好きな人できたんだ、亜由美」

 「・・・・」

 やっぱり――、そうなのだろうか? あの人の事、私は好きになってしまったのだろうか? 

 亜由美は無意識に下を見て考え込んでしまう。

 「で、誰?」

 遥がさり気なく聞いてきた(でも、顔が笑っている!)。

 「だ、誰って・・・・!」

 「瀬戸内くん? それとも芦田くん?」

 遥はクラスメートの名前を列挙し始めた。

 「クラスの男子じゃないの」

 そして、追い詰められないうちに、亜由美は正直に自分から言う事にした。遥なら言っても構わないだろうと思った。

 「え、違うの?」

 遥は何故か意外そうに言った。

 「委員会の――」

 亜由美は言う。やっぱり小声になってしまった。

 「え、委員会って、封鬼の?」

 「・・・・うん」

 小さくなって亜由美は肯いた。

 「じゃあ、まさかあの、川山先輩――!?」

 「山川だよっ!」

 遥の間違いに、亜由美はすかさず訂正した。

 「・・・・山川、大地だよ・・・・」

 「ご、ごめん。間違えて覚えてたみたい。・・・・あ、亜由美。座って、座って」

 「え・・・・、あ」

 いつの間にか立ち上がっていたらしい。

 「へえ〜、これは重度ねえ」

 真顔になって遥は息を吐くと

 「それで亜由美、どうするの?」

 と、聞いた。

 「どうするって?」

 「どうするって、亜由美ねえ、告白するのかどうかって聞いてるんじゃないの」

 呆れ顔で遥は言った。

 ――何だか遥、京子に似てきたな。

 多少余裕ができてきたのか、頭の片隅で余計な事を考えながら、亜由美は答える。

 「・・・・分かんない」

 「そう――。まぁじっくり考えてみることね」

 遥も肯いた。

 「うん」

 「それからでも遅くないよ」

 「うん、・・・・ありがとう。遥」

 亜由美は遥に礼を言う。まさか彼女にこんな風に相談に乗ってもらえるとは思ってもみなかった。人って、変われば変わるものなんだと、つくづくと思う。

 「いえいえ、どういたまして」

 遥はおどけて言った。

 「――もう、ここで『しんちゃん』するかなあ!」

 亜由美は膨れた。そして二人で弾けた。

 

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