T-C

明     ―原案・秀―

 

 

 「あ、亜由美ちゃん・・・・!」

 背後から声をかけられて、神降 亜由美は振り返った。

 目の前には何やら分厚い辞書やファイルを山積みにして抱えている、誰かがいた。

 抱えている本の下からにゅうっと足が出ていて、それが人間――(当たり前だが)、男子生徒だと分かる(もっとも、声を聞いた時点で、それが人間であり男子生徒であると言う事は、推測できるのだが)。

 「入り口の戸、開けてくれないか・・・・?」

 「あっ、すいません」

 亜由美は今し方閉めたばかりのドアを、彼の為に開けた。

 そうして、彼女はその誰かが誰であるかを知り得る。

 「南雲先輩・・・・!」

 「やあ、久しぶり」

 南雲 恭介が陽気にそう答えようとした時――、山が動いた。

 「危ないっ!」

 亜由美がとっさに手を出したおかげで、山崩れは中腹程で収まった。いくつかの本がバタバタと喧しく廊下に落ちた。

 「あ、ありがとう――」

 恭介はそう言うが、本をまとめるのに必死である。亜由美は落ちた本を素早く拾い集めて、崩れそうな山の一部も整えてやる・・・・。

 二人はちょうど職員室の入り口の前にいた。いつまでも立往生はできない。やっと体勢を立て直した恭介を促して、亜由美は出たばかりの職員室に再び入る事になってしまった。

 ――一緒に資料を運び終えると

 「ありがとう、助かったよ」

 恭介が改まって礼を言った。

 「常磐先生にコレを頼まれちゃってね。いや、本当に助かったよ」

 職員室で油を売っていると、他の先生にまた用事を頼まれそうなので二人は職員室を出る。そして恭介は

 「最近、どう?」

 と、何とも抽象的な質問を亜由美にした。彼女が答えに詰まってあれこれ思案しているのを見てか見ないでか、恭介は呑気に続ける。

 「ほら、あれ――。ネズミとかの死骸が出てきたのって、悪霊の仕業だったんだろ?」

 「あ、はい」

 ――その事件は先月解決したばかりの事件(封鬼委員会シリーズ第三話『ホルマリン漬けの復讐』)だ。封印した悪霊が蘇り、復讐の為に引き起こした、凄惨な事件だった。

 ようやく生徒の口からも、その話が出てこなくなってきていたところである。

 あの幽霊犬――、クロノの事を、ふと、亜由美は思い出した・・・・。

 しかし、恭介の話題はまた彼女の感傷を無視してぶっ飛んだ。

 「あ、そうそう。亜由美ちゃん、エンジェル様って聞いたことあるかい?」

 どうも落ち着いて聞ちゃいられない。

 「え? 何です? それ・・・・」

 亜由美は怪訝そうに恭介の顔を見つめた。

 「いや、何だか占いらしいんだけどさぁ。最近流行ってるみたいで・・・・」

 恭介は頭を掻いて

 「あれって効くの?」

 と、至極真面目な顔で聞いた。

 ――占いに効くも効かないもない。

 「うーん、私は聞いた事ないですが」

 亜由美がそう答えれば

 「あ、やっぱり効かないんだ」

 と、恭介が残念そうに言う。

 あえて訂正せずに亜由美は進言した。

 「占いに頼ってても何も変わんないですよ」

 「そうだよなぁ」

 恭介はウンウンと、頷いた。――やっぱり軽い。 

 「あ、そうだ。――南雲先輩、雫さんに定期会議の事を伝えておいてもらえますか? 来週の火曜日なんですけど――」

 と、亜由美は言った。

 「・・・・いいけど、雫は最近また学校休んでるんだよ」

 恭介はさえない顔で答えた。

 「え、そうなんですか?」

 ・・・・また?

 「病気か、何か――?」

 心配そうに尋ねる亜由美とは裏腹に、恭介は笑顔さえ見せて答えた。彼女にはそれが何だか隠し事しているように思えてならない・・・・。

 「いや、たまにあるんだ。アイツが学校を続けて休むのって」

 「たまに、ですか?」

 どういう事だろう? と、亜由美は内心首をひねった。

 「おぁっと、こうしている場合じゃないや。今日は早く帰んなきゃいけないんだよ。なのに常磐の奴が・・・・!」

 と、恭介は思い出したように口を開いた。その言葉を遮って、亜由美は頭を下げた。

 「あ、それじゃあ雫さんによろしくお願いします」

 「ん、あぁ。伝えとくよ」

 恭介はそう言うと忙しそうに行ってしまった。

 ・・・・仲いいんだろうなぁ。雫さんと。

 亜由美は階段を駆け上がる後ろ姿を見上げて思った。

 そうそう、定期会議の事は伝えるも何も、雫は知っているのである。亜由美はそこで、雫さんまた会議に来ないのかなぁ、と今度は諦めにも似た感情を抱いた。――今に始まった事ではないから、いい加減慣れてしまったのかも知れない。

 順風高校封鬼委員会の定期会議は、定期の前に『不』の宇が付く。ま、そんな事はどうでもいい(?)のだが、会議と言うからには雫にもちゃんと出席してもらいたいものである。

 しかし、そもそもどうして雫が会議に、いや、委員会にあまり顔を見せないのか、その理由を亜由美は知らなかった・・・・。

 ところで、ご存じ封鬼委員会とは、順風高校の生徒が毎日平和な学校生活を送れるようにと、学校と言う霊力の歪みやすい場に溜まる霊、鬼、悪を封じる為に設立された、裏の風紀委員会の事である。

 順風高校一年生の亜由美はその封鬼委員会のホープであり、恭介との会話で出てきた雫と言うのはフルネームを滝 雫と言い、彼女の一年先輩なのである(恭介はその雫の彼氏)。

 もちろんメンバーはその二人だけではない。

 封鬼委員会にはまだ三人の仲間がいる。

 次期委員長の山川 大地(彼に亜由美は恋をしている)と、受験勉強の真っ最中である三年生二人である。

 ――二学期に入って、実質的に三年生は引退していたが、一応まだ封鬼委員会委員長である東雲 麗子と、委員会のデータバンク的存在である寺子屋 文雄だ。

 実は生徒会執行部から新メンバーを勧誘すると言う話はあったのだが、上手く進展しなかったのでいまだに現役メンバーは三人なのである・・・・。

 「あ〜ぁ。どっかにいい人材はいないのかなぁ・・・・」

 恭介と別れて、亜由美はブツブツ言いながら廊下を歩いていた。

 ――一方、相手は本を読みながら歩いていたらしい。

 廊下の角を曲がった所で、前方不注意の二人は――もちろん幽霊なんかじゃないのでお互いすり抜けるはずもなく――みごとにぶつかった。

 「っと!」

 「きゃっ!」

 その拍子に、相手の読んでいた本が落ちた。――よく本の落ちる日だ。

 「あ、ごめんなさい・・・・!」

 相手は男子生徒だったが、亜由美が伸ばした手を払い除け、彼は慌てて落ちた本を拾い上げた。よほど大事な本らしい。しかし、亜由美はちらりと見えたそのタイトルを目にして眉をひそめた。

 『図解・古神道』・・・・?

 男子生徒は表紙の汚れを払うと、そこでやっと気が付いたように亜由美を見た。

 「あ――っ」

 と、その動きが止まる。「君は・・・・!」

 あんぐりと口を開け、指まで指されてしまって、亜由美は困惑した。

 「・・・・神降さん!」

 そう言って男子生徒はいささかオーバーに驚いた。三流役者のように見開かれた目が可笑しい。まぁ、いつまでも黙っているわけにもいかず、亜由美は口を開いた。

 「あなたは?」

 男子生徒は怪訝そうな亜由美の表情を見て取ったのか、やはりわざとらしく咳払いした。

 「あ、俺は一組の栗間 将。――君、神降さんだよね!?」

 彼は亜由美の手を取った。

 「君に会いたかったんだ!」

 亜由美は面食らった。

 「な、何!? ・・・・あなた、私の事を知ってるの?」

 しかしよく見ると、相手はなかなかどうして・・・・カッコイイ。亜由美は少々気後れしながら栗間の手を振り解いた。

 「将でいいよ」

 その上、スマートで背も高い。

 「で、何だっけ? 俺がどうして――」

 そこまで言いかけて、栗間の動きがまた止まった。何やら耳をすましていたと思うと、その表情がサッと真剣なものに変わる。

 「――やべ! 亜由美さん」

 栗間が今度は亜由美の腕をつかんだ。

 「ちょっ・・・・!」

 亜由美は声を上げた。一体全体、わけが分からない。

 しかし、栗間の力は予想以上に強く、抵抗する前に亜由美は階段の下の、物陰に引っ張り込まれてしまった。

 「何す――!!」

 「しっ!」

 栗間は亜由美の口を右手で塞いでおいて、左手の人差し指を立てた。

 その時――

 「将吉!? 将吉ったら――!」

 女子生徒の声が亜由美の耳に届いてきた。

 将吉? 不思議に思って栗間を睨むと、彼はバツの悪そうな笑顔を見せた

 「もう、どこ行ったのよぉ!」

 ――ガン。

 ゴミ箱か何かに八つ当りして、しばらくすると女子生徒は行ってしまった・・・・。

 「ふう」

 栗間は額の汗を拭う仕草を見せる。

 「危なかった・・・・!」

 「ちょっと」

 「あ・・・・」

 亜由美はその栗間を思いっきり睨んで毒突いた。

 「あなた、私に何か恨みでもあるの!? こんな所に引っ張りこんでどういうつもり!」

 「い、いや・・・・。悪かったよ、そんなつもりじゃ――」

 そこで、栗間は謝った。

 「あなた、一体何なの?」

 知らないだろうが、亜由美の冷ややかな目は他の誰のよりも恐い。まぁ、はっきり言ってしまえばガンを飛ばしているわけで――、しかし、栗間はそれを簡単に受け流すと口を開いた。

 「実は俺、封鬼委員会にはい・・・・」

 「将吉っ!!」

 「わぁっ!」

 栗間は跳び上がった。彼の背後に、腰に手をあてた女子生徒が、ニッコリと引きつった笑顔を見せて立っていた。

 どことなく勝ち気そうなその表情は、真っ直ぐに栗間に向けられている。

 「し、志乃舞――!」

 どうやら先程、八つ当りをしていった女子生徒らしい。

 「あんた練習さぼって何してんの!?」

 「え、これには深い理由が・・・・」

 そう言って栗間は亜由美に視線を移す。その視線が何かを訴えている。

 もちろん、亜由美はそれに気付かないふりをして

 「本当の名前、将吉って言うのね」

 と、言ってやった。それを聞いた女子生徒が呆れる。

 「将吉ったらまたその名前を言ったのね」

 「ふん。――俺は将吉なんて古くさい名前は認めてないの!」

 「・・・・もう。そのセリフは聞き飽きたわよ! とにかく早く来なさい! 部長がカンカンよ。発声練習だってとっくに終わってるのよ」

 発声練習と言う事は――放送部?

 「文化祭だってあるんだし、セリフ覚えてないのあんたくらいなんだから!」

 セリフ――って事は演劇部だ!

 「ほら、行った行った」

 「おい、ちょっと待てよ・・・・!」

 「待ちません」

 強引に腕をつかんで、女子生徒は栗間を引っ張っていく。栗間は何とか亜由美に助けを求めようしたが、当の彼女の方にさらさらその気がない。のし付けて贈ったっていいくらいである・・・・!

 諦めたのか、将吉は彼女に睨まれて行ってしまった。

 いい気味だ、と将吉を見送っていた亜由美は、突然

 「神降さん」

 と名前を呼ばれて顔を上げる。――どこか、敵意が込められた声、視線、態度・・・・?

 そこには、いなくなったと思っていた先程の彼女がいた。

 「私は栗間 志乃舞。――将吉が何を言ったかは知らないけど・・・・」

 志乃舞はそこで区切っておいて、亜由美を切れ長の目でキッと見据えた。

 「全部忘れて・・・・っ!」

 高飛車とはこう言う態度の事を言う――。そう宣言されて、亜由美は将吉が言いかけていた事を思い出した。

 封鬼委員会にはい・・・・。――『はい』、何・・・・?

 志乃舞はまだ続ける。その口調に毒があった。

 「悪いけど、私たちはあんたたちの茶番に付き合ってる暇はないの・・・・!」

 もしかして『入りたい』とか!?

 「ちょっと待ってよ!」

 そこで亜由美は辛うじて言い返した。「茶番、ですって・・・・!!」

 それは聞き捨てならない言葉だった。

 亜由美にそう言われて、志乃舞も言い過ぎに気付いたらしい。 

 「あ、ごめんなさいネ」

 彼女は取り繕うようにそう言うと、そそくさと立ち去ろうとした。

 が、志乃舞は行きかけて立ち止まると、また振り返った。

 何なのよ! 一体!?

 亜由美は睨み返そうとして顔を上げる。志乃舞はそれを見て今度は可笑しそうに言った。

 「神降さん、頭に蜘蛛の巣ついてるわよ」

 

 

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