あれから二日経った。
聖美は一日ぶりに登校してきた。 前日は何となく学校を休んでしまった。当然母親はあまりいい顔をしていなかったが、体調が悪いと聞いて何も言わなくなった。 「あ、おはよう。どうしたのよ、昨日は?」 教室に入ると、すぐに久美が駆け付けてきた。 「ちょっと体調崩しちゃって・・・・」 聖美はあいまいに微笑んだ。まさかクラス委員長がズル休みとは言えない。 「もう大丈夫なの?」 一足遅れてやってきた真澄が心配そうに聞いた。「変な事言ってたから心配してたのよ」 変な事か・・・・。 聖美はスッと顔を上げた。 「でも、心配しといて損はないよ。――私の人生は変わったんだから!」 「・・・・」 親友二人はやれやれ、と言った表情で顔を見合わせた。 「何馬鹿な事言ってんのよ」 聖美はヘヘっと、舌を出すと、立ち上がって 「汝、我を敬い崇めよっ、てね――」 と決めゼリフ。 しかし、彼女が冗談で言ったその言葉が教室に放たれた時、クラスメイトに異変が起きた。 くるりと皆がこちらを向く。その視線が鈍く光る・・・・。 「あれ・・・・、どうしたの?」 クラス中の生徒が聖美を見ていた。 「な、何? やだなぁ、みんな。冗談だってば・・・・!」 しかし、聖美の言葉とは裏腹に、真澄が一歩下がって頭を下げる。 「・・・・今まで軽口を叩いて申し訳ありませんでした。無礼な我々を平にご容赦下さいますよう、なにとぞご慈悲を・・・・」 その言葉に、聖美は慌てた。 「ちょっとどうしたのよ!?」 「そのお言葉は我々を許しがたし、と言う事なのでしょうか?」 「えっ?」 「あぁ、ご慈悲を頂けないのならばどのような罰をも辞しません・・・・」 久美が床の上にひざまずいた。それを見て聖美はしばらく考えると、何もない空間に向かって小声で訊ねる。 「ちょっとマモネル。あなた何かやった?」 ――と。マモネルは聖美にだけ答える。 「新たなる主のお言葉を実践したまでですが? 何か不都合でも・・・・?」 「やり過ぎじゃないの?」 「お言葉ですが、新たなる主よ。あなたはこの私めを守護に迎えておられるのです。なればこのくらいは至極当然かと・・・・」 マモネルは平然として告げた。そして今度はその様子を見ていた真澄が 「何をお話になっておられるのですか? ――はっ、まさか神と交信を取られていたのでは・・・・!」 と、頭を床に押し付ける。 「え? あぁ――、まぁ、それに近いものはあるかも知れないけど・・・・」 聖美は言葉を濁した。天使も神も似たようなものである。 「あぁやはり。この素晴らしき聖美様に祝福ありて、ぜひとも我々にもその恩恵を賜りたく存じ上げます」 真澄は泣き出しそうな程感動しているように見えた。 もっとも、聖美の方はあまりの事態の急変に対応し切れず、まだ困惑していた。もちろんクラスメイトが元に戻るような気配はない。彼女は仕方なく腹をくくって手を差し出し、いつかテレビで見たローマ法王の真似をしてみた。すると、クラスメイトはありがたがってその手に触れてくる・・・・。 そして、そんな事を繰り返しているうちに聖美もその気になってきてしまった。何だか教祖様にでもなったような気分である。 あぁ、最高・・・・! みんなが私を尊敬してる。こんなの生まれて始めて! ――もうしばらくこのままでいようかしら・・・・! 聖美がうっとりとしていると 「おい、何だあれは?」 と、声が上がった。 見ればクラスメイトの一人がグラウンドに面した窓を凝視している。 何なの――? せっかくいい気分だったのに。 聖美は恨めしげに外を眺めた。そして目を見張る。 何とグラウンドに、一条の光が差している。その中に――。 「あ、あの光の中に天使が見えるぞ!」 別の誰かが叫んだ。 まさかマモネルじゃないでしょうね? 少々不安になって聖美は守護者に呼び掛けた。 「マモネル、聞こえたら返事して」 「――お呼びでしょうか?」 しかし、いつの間にか光は消え去っていた。 「今の騒ぎは、ひょっとしてあなた?」 「ご明察恐れ入ります」 マモネルは恭しく言った。 「どういうつもりなの!?」 「我ら天使が独特に持つ、チャームの効果を広めただけですが?」 「だから――、何を考えてるのっ!?」 「新たなる主が『様』を付けて呼ばれる事に快感を覚えていらしたようですので、この学校と言う建物を利用する者たちを魅了して参りました」 それを聞いて、聖美は眉をひそめた。 「マモネル。勝手な事はしないで」 「新たなる主の為と思ってした事でございます。平にご容赦を」 「分かったから、何かしようとする時は必ず私の許可を取ってからにしてよ・・・・!」 刺のある口調で聖美がそう言うと、マモネルは 「かしこまりました。大天使メタトロンの名の元に誓いましょう」 と答えた。それを聞いて彼女も満足げに頷く。 その間にも、生徒たちは我も我もと聖美を取り囲む。とっくに一時間目のチャイムは鳴っていたが、もはや授業どころではない。気が付げば教師までもが生徒に交じって聖美を崇めているのだ。 そして、マモネルのチャームは更にその力を広げていた。 ――流れだした清流は全てを呑み込んで、濁流へとなりつつあったのである・・・・。 |